氷の体温と、美形弟子たちによる甘美な看病
「冷たい……。本当に、このまま凍りついてしまうのではないか」
長弟子リュウガの、絞り出すような掠れた声が、静まり返った薫の寝室に響いた。
新月の夜、静心の石碑の洞窟で行われた「五行鎮魔の儀式」は無事に完了した。しかし、四人の愛弟子たちの荒れ狂う魔紋を「覚醒一分咲き」へと封印した代償は、あまりにも過酷だった。弟子たちの体から吸い取った魔気が薫の体内に蓄積し、急激な「魔気蓄積による一時的な発熱」を引き起こしたのだ。発熱とは名ばかりの、骨の髄まで凍りつかせるような極限の低体温。薫は意識を失ったまま、自室の布団の上で白磁の人形のように横たわっていた。
リュウガは、未だ上半身を露わにした逞しい肉体を強張らせ、薫の氷のように冷え切った細い手を、自らの熱い胸へと必死に押し当てていた。鍛え抜かれた鋼のような胸筋が、彼女を失う恐怖で激しく波打っている。
「退け、リュウガ。お前の無骨な体で師匠を揺さぶるな。まずは経絡の冷えを内側から和らげねば、気が完全に滞る」
二弟子シオンが、普段の柔和な「営業スマイル」を完全に消し去り、冷徹な暗殺組織の首領としての鋭い眼差しでリュウガを牽制した。シオンもまた上半身は裸のままであり、その白い肌には、薫に封印されたばかりの紫の魔紋が微かに名残を留めている。
シオンは、道場の調薬室から持ち込んだ『百草調薬譜・鎮痛の章』の古びた書物を傍らに広げ、手際よく薬を調合し始めていた。忘憂の泉から汲み上げた霊水を使い、静心草の粉末と、薫の冷えた体を温めるための特殊な温熱薬を調合していく。薬瓶を振るシオンの指先は、焦燥から微かに震えていた。
「俺が温める! 俺の体温は、お前らよりもずっと高い。俺が師匠を抱けば、すぐに温まるはずだ!」
赤茶色の髪を乱暴にかき乱しながら、三弟子のギガが叫んだ。野獣の血を引く彼の肉体は、生まれつき常人を超越した熱を帯びている。ギガはリュウガの制止を振り切り、薫の布団の足元へともぐり込んだ。そして、彼女の氷のように冷たくなった足を、自らの温かい両頬と、露わになった逞しい胸元に直接押し当てて温め始めた。
「う、あ……師匠、冷たいよ……。俺の熱を全部あげるから、早く目を覚まして……」
野獣の狂暴さを完全に失ったギガは、泣きそうな顔で薫の足に頬を擦り寄せ、必死に体温を分け与えている。
「……全員、下がって。師匠の枕元は、僕の場所」
影の中から這い出るように、四弟子のレンが薫の枕元に音もなく座り込んだ。彼の透き通るような白髪が、薫の漆黒の髪と美しく、しかし不気味に対比している。レンは懐から、白い和紙で作られた小さな『太郎の紙人形』を取り出し、薫の胸元へとそっと置いた。
「太郎、師匠の心拍を監視して。一拍でも乱れたら、僕の魂に直接知らせるように……」
紙人形はちょこちょこと動き回り、薫の胸元で静かに平伏した。それと同時に、レンは薫の寝室の周囲に極小の結界『執着の檻』を展開した。これは薫の寝室への不審な気配の侵入を防ぐと同時に、他の弟子たちが薫に対して過度に接触するのをレンの脳内で監視するための、ヤンデレ的な執念の結晶だった。
「薬ができた。リュウガ、師匠の体を支えろ」
シオンが琥珀色の温熱薬を満たした器を手に、ベッドの傍らに腰掛けた。リュウガは細心の注意を払いながら、壊れ物を扱うように薫の華奢な上半身を抱き起こし、自らの広い胸へと寄りかからせた。
「師匠、お薬です。ゆっくりと、飲み込んでくださいね……」
シオンはスプーンで温かい薬液をすくい、薫の閉ざされた薄い唇へと優しく当てた。だが、意識のない薫の唇からは、薬液が微かにこぼれ落ち、白磁の顎を伝っていく。それを見たシオンの瞳に、暗い情熱が揺らめいた。
「……口移しでなければ、飲み込めないようですね」
「待て、シオン! 不埒な真似は許さん!」
リュウガが低く唸るような殺気を放つが、シオンは冷たい笑みを浮かべたままだ。
「では、リュウガ兄様が代わりにやりますか? あなたのその無骨な唇で、師匠の清らかなお体を汚すおつもりですか? これは『治療』ですよ」
シオンが自らの唇に薬液を含み、薫の顔に近づけようとしたその瞬間、薫のまつ毛が微かに震えた。
「ん……、う、あ……」
熱っぽい、しかし氷のように冷たい吐息を漏らしながら、薫がゆっくりと瞳を開けた。かすむ視界の中で、上半身を露わにした四人の美しい弟子たちが、自らを狂おしいほどの焦燥と独占欲に満ちた目で見つめているのが見えた。
「みんな……、どうして、そんな顔を……しているの……?」
「師匠! 気がついたのか!?」
リュウガが歓喜に震える声で叫び、薫の細い肩を抱きしめた。ギガも布団の下から顔を出し、薫の太ももに縋り付くようにして彼女を見上げる。
「師匠、俺、怖かった……。師匠が死んじゃうかと思って……っ」
「馬鹿な子ね……。私は、少し、冷えただけよ……」
薫は弱々しく微笑み、震える手を伸ばして、枕元で青白い顔をしているレンの頬を優しく撫でた。レンは彼女の手の温もりに恍惚とした表情を浮かべ、その手を自らの両手で固く握りしめる。
「師匠、お体を温めるためには、直接的な体温の共有が最も効果的です。今夜は、私があなたをお抱きして、添い寝をいたします」
シオンが懃懃無礼に、しかし決定的な提案を口にした。その瞬間、寝室内の空気が一変し、激しい嫉妬の火花が散り始めた。
「ふざけるな、シオン! 師匠を温めるなら、俺の熱い肉体が最も適している!」
ギガが牙を剥いてシオンを睨みつける。
「却下だ。ギガ、お前は寝相が悪すぎる。師匠のお体を傷つける可能性がある。俺が部屋の前で警護をし、中に入って温める」
リュウガが厳粛に宣言するが、レンが冷たい声で遮った。
「……誰も、師匠の隣には寝かせない。僕の影の結界で、師匠を優しく包み込んで温めるから……」
弟子たちが、誰が薫の隣で「添い寝」をするかを巡って、静かだが極めて緊迫した魔力と殺気の牽制合いを始めた。薫は熱に浮かされながらも、呆れたように微かな溜息を漏らす。彼らの内に眠る魔王の血脈が、自分を失う恐怖によって、狂おしいほどの独占欲へと昇華しているのを肌で感じていた。
「みんな……静かに、並んで、寝なさい……」
薫は熱っぽい吐息の中で、優しく、しかし逆らうことを許さない絶対的な「師匠」としての声で囁いた。
「……え?」
弟子たちが同時に目を見開く中、薫は彼らの手を一人ずつ引き寄せ、自らの布団の四方へと導いた。
「お前たちの熱を、私に分けて……。だから、喧嘩をしないで、一緒に寝ましょう……」
その言葉は、弟子たちにとって、天界の神罰よりも抗いがたい極上の『命令』だった。四人の美形弟子たちは、顔を真っ赤に染めながらも、決死の覚悟で薫の布団を四方から囲むようにして滑り込んだ。
右側からはリュウガが彼女の細い肩を抱き寄せ、左側からはシオンが彼女の腰に優しく手を回す。足元からはギガが彼女の足を自らの体温で包み込み、枕元ではレンが彼女の漆黒の髪を愛おしそうに指で弄びながら、彼女の体温を共有する。
四人の頑強で温かい肉体に包まれ、薫の氷のような体温は、徐々に穏やかな温もりを取り戻していった。弟子たちの狂おしいほどの愛と執着に包まれながら、薫は深い、仮初の安眠へと落ちていく。
しかし――その温かい日常の裏で、暗雲は確実に忍び寄っていた。
道場の敷地外、鬱蒼と生い茂る東雲の竹林の入り口。夜霧が不気味に立ち込める中、道場の唯一の水源である井戸の前に、緑色の不気味な道士服を纏った影が、音もなく着地した。
青城派の卑劣な道士・毒蛇(ドクヘビ)――。
彼の不気味な緑色の瞳が、月光を反射して怪しく光る。その指先には、致死性の神経毒が塗られた極小の針が握られていた。毒蛇は不敵な冷笑を浮かべ、懐から怪しげな薬瓶を取り出すと、井戸の蓋を静かに開け、その中に紫色の液体をゆっくりと流し込み始めた。
それは、霊力を徐々に腐食させ、魔性の暴走を強制的に誘発する卑劣な遅効性の毒――『骨蝕みの毒』だった。
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