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新月の夜の封印、背中に触れる白銀の手の温もり

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新月の夜、東雲の竹林は完全な闇に包まれていた。空には星の光さえなく、ただ重なり合う黒い竹葉が、湿った夜風に揺れて不気味なざわめきを立てている。


 昼間に起きた華山派の若君・岳飛による襲撃事件は、道場に深い爪痕を残していた。薫(クオン)が素手で名剣を握り潰し、デコピン一撃で若君を吹き飛ばしたことで窮地は脱したものの、弟子たちの心に灯った火は消えていなかった。それどころか、「師匠を失うかもしれない」「自分たちのせいで師匠が汚されるかもしれない」という狂おしいほどの恐怖と焦燥が、彼らの魂の奥底に眠る「魔教の四大魔頭」の血脈を急激に呼び覚ましていたのだ。


「……くっ、あ……熱い……!」


 道場の静まり返った廊下で、三弟子のギガが胸を押さえて荒い息を吐き出していた。彼の琥珀色の瞳は不自然な赤光を放ち、肌の至る所に、鮮血のように赤い不気味な紋様――「四魔の封魔符」が浮かび上がり、生き物のように蠢いている。それはギガだけではなかった。長弟子のリュウガの全身からは漆黒の覇気が制御を失って漏れ出し、二弟子のシオンの微笑は冷たく引きつり、四弟子のレンの周囲では影触手が狂乱の蛇のようにのたうち回っている。


「みんな、そこまでよ。これ以上、己の闇に呑まれてはならないわ」


 暗闇の中から、凛とした、しかしどこか憂いを帯びた薫の声が響いた。白い道着を揺らし、木刀「静心」を帯びた薫が、静かに弟子たちの前に立つ。彼女の「天眼通」には、弟子たちの感情が狂気的な独占欲と恐怖のピンク色、そして暴走寸前の暗黒の魔気となって渦巻いているのがはっきりと見えていた。


「太極の調和台へ行きましょう。今夜は新月――五行鎮魔の儀式を執り行います」


 薫の言葉に、四人の弟子たちは一瞬にして静まり返った。彼らにとって、薫の命令は絶対の掟であり、同時にその「儀式」が意味する、師匠との狂おしいほどの身体的接触への期待が、彼らの荒い呼吸をさらに熱くさせた。


 露天風呂「忘憂の泉」のさらに奥に隠された、静心の石碑の洞窟。その中央に鎮座する石造りの円壇――「太極の調和台」は、大地の冷涼な霊気と、弟子たちの放つ濃厚な魔気が激しくぶつかり合い、紫色の微光を放っていた。


「衣を脱ぎなさい」


 調和台の中央に胡坐をかいた薫が、静かに命じる。


 弟子たちは無言のまま、自らの上半身を覆う衣を脱ぎ捨てた。それぞれの武器の柄や衣服の裏に結ばれた、薫の手作りの「約束の組紐」が、月光のない洞窟の中で微かに青く発光している。


 露わになった四人の肉体は、どれも息をのむほどに美しく、そして異様だった。リュウガの鍛え抜かれた強靭な鋼の肉体、シオンの白磁のように滑らかで優美な肢体、ギガの野生的な無数の傷跡が刻まれたしなやかな体躯、レンの小柄ながらも天性の魔力を秘めた退廃的な骨格。だが、彼らの背中には、蠢く鮮血のような赤黒い魔紋が、それぞれの経絡を侵食するように広がっていた。


「リュウガ、前から」


 薫が静かに呼ぶと、長弟子のリュウガが音もなく歩み寄り、薫の目の前に膝をついた。彼の黄金の瞳は、激しい情動によって赤く染まり、薫の顔を食い入るように見つめている。


「師匠……俺は、あなたを守るためなら、この身が裂けても構わない」


「馬鹿なことを言うものではありません。私の役目は、お前たちを健やかに育てること。お前たちが傷つくことこそ、私の敗北よ」


 薫は優しく微笑むと、白く柔らかな手のひらを、リュウガの熱い背中に直接押し当てた。その瞬間、リュウガの体がビクリと大きく跳ね上がった。


「――っ、あ……!」


 薫の手のひらから、極限まで清められた白銀の「清心の気」が、太極混元功の理に従ってリュウガの経絡へと直接注入される。氷のような冷涼さと、母親のような圧倒的な慈愛の温もりが、リュウガの体内で蠢く「覇王」の邪悪な魔紋を包み込んでいく。リュウガの五感は魂レベルで薫と繋がり、彼女の一定で力強い心拍と、甘い体温が彼の脳裏に直接響き渡った。


「師匠……師匠、あなたの温もりが、俺の髄まで染み込んでいく……。二度と、離したくない……っ」


 リュウガは拳を血がにじむほど強く握りしめ、薫の手の温もりに恍惚としながら耐えていた。前世の「覇王・劉峨」としての破壊衝動が、薫の愛の気によって、彼女への狂おしいほどの保護欲と従属へと完璧に変換されていく。


 続いて、二弟子のシオンが薫の前に跪いた。彼の背中には「冷血参謀」の狡猾な魔紋が広がっているが、薫の手がその背中に触れた瞬間、シオンは甘く切ない吐息を漏らし、自ら薫の手のひらに背中を押し付けるように身を寄せた。


「ああ……師匠、冷たくて、なんて心地よいのでしょう。あなたのこの白銀の手が、私の薄汚れた血をすべて洗い流してくれるようだ……。もっと、もっと深く注いでください……」


 シオンの切れ長の瞳は、普段の営業スマイルを完全に失い、一人の飢えた男としての独占欲に濡れていた。薫は彼の背中の魔紋を抑え込みながら、その熱い溜息に微かに頬を染めるが、師匠としての境界線を保つため、毅然とした気の運行を続ける。


 三番目はギガだった。彼の背中で蠢く「万獣魔皇」の獣の血は、薫の手の温もりを感知した瞬間、まるで主の帰りを待っていた猟犬のように歓喜の遠吠えを上げた。ギガは薫の手のひらに自らの頬を擦り寄せたい衝動に駆られながら、喉を低く鳴らして彼女の膝元に頭を預けた。


「師匠……俺、あなたの匂いがないと生きていけない。俺をあなたの鎖で、一生繋ぎ止めて……」


「良い子ね、ギガ。もう暴れなくていいわ。私がここにいるから」


 薫の優しい言葉と共に、ギガの背中の赤黒い魔紋は静かに鎮まり、彼の荒い呼吸は穏やかなものへと変わっていった。


 そして最後は、四弟子のレンだった。彼の背中にある「禁忌魔帝」の魔紋は、彼を実験体として虐待した実父の呪いと結びついており、最も不安定で狂暴だった。薫が彼の細い背中に手を当て、清心の気を流し込もうとしたその瞬間、レンのヤンデレ的な執着が爆発した。


「いやだ……! 触れるだけじゃ足りない、師匠! 僕をあなたの中に溶かして、あるいはあなたを僕の影の中に閉じ込めさせて……っ!」


 レンは突如として振り返り、薫の手首を骨が軋むほどの怪力で強く握りしめた。彼の漆黒の瞳には、底知れない狂気と、薫を失うことへの病的な恐怖が宿っていた。周囲の影触手が、薫の体を絡め取ろうと一斉に鎌首をもたげる。


「レン、めっ、でしょう?」


 薫は一切怯むことなく、レンの額に向けて、右手の人差し指を軽く弾いた。ぽん、と澄んだ鐘の音のような「清心弾」がレンの脳内に直接注入される。


「あ……っ、う……」


 レンの脳裏を支配していた狂気とトラウマが一瞬にして霧散し、彼は我に返った。薫は優しく彼の細い手を握り返し、そのまま彼を自らの胸元へと引き寄せて抱きしめた。


「大丈夫よ、レン。私はどこにも行かないわ。だから、自分を傷つけるような魔術を使ってはだめ」


「師匠……ごめんなさい……。僕は、ただ、あなたに愛されたくて……」


 レンは薫の豊かな胸元に顔を埋め、子供のように震えながら、彼女の白銀の衣を強く握りしめた。これで、四人の弟子たちの魔紋は一時的に「覚醒一分咲き」の安全な状態へと完璧に封印された。調和台の周囲に満ちていた荒れ狂う魔気は消え去り、静寂が洞窟を支配した。


 しかし――儀式が無事に終了した、まさにその瞬間だった。


「――っ、く……!?」


 薫は突如として激しい悪寒に襲われ、胸を押さえてその場に膝をついた。彼女の白磁の肌から一瞬にして血の気が引き、顔色は紙のように青白く染まっていく。


「師匠……っ!?」


 驚愕したリュウガがとっさに彼女の体を抱きとめた。だが、その腕に触れた瞬間、リュウガは息をのんだ。薫の体温が、まるで万年氷山の底にある氷塊のように、急激に冷え切っていたのだ。指先は凍りつき、彼女の唇からは、熱病のような熱い吐息と、白い冷気の霧が漏れ出している。


「冷たい……!? 師匠の体が、凍りついている……!」


 シオンが血相を変えて薫の手を握りしめるが、その冷たさは尋常ではなかった。弟子たちの魔性を自らの体内に吸い取って浄化するたびに、薫の体内に蓄積される少量の「魔気」――その限界値が、昼間の戦闘と今夜の過酷な四人連続の儀式によって、ついに限界を超えて蓄積し、「魔気蓄積による一時的な発熱」を引き起こしたのだ。


「あ……、みんな……、心配、しないで……。少し、冷えただけ……」


 薫は微かに瞳を開けようとするが、まぶたは重く、そのまま意識が急速に闇の彼方へと沈んでいく。彼女の白銀の衣が、冷たい汗と氷のような吐息で濡れていく中、四人の弟子たちの悲鳴のような絶叫が、暗い洞窟の中に響き渡るのだった。

HẾT CHƯƠNG

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