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田舎道場の女先生と、一撃で吹き飛ぶ金剛拳

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東雲の竹林に、清々しい朝の陽光が差し込んでいた。昨夜の「忘憂の泉」での騒がしくも甘い大騒動の余韻を残したまま、東雲薫は四人の愛弟子たちを連れて、ふもとにある小さな農村「木漏れ日の里」へと買い出しに向かっていた。


「師匠、今日の夕食は何にするの? 俺、昨日大きな猪を仕留め損ねたから、今日は村で美味しいお肉を買いたいな」


 赤茶色の髪を無邪気に揺らしながら、三弟子のギガが薫のすぐ隣を歩いていた。昨夜、温泉の霊水で魔性を鎮められた彼は、体温共有の余熱がまだ残っているのか、時折薫の白い道着の袖に鼻先を寄せては、嬉しそうに目を細めている。その様子は、獰猛な魔獣というよりも、ただの愛らしい忠犬そのものだった。


「ギガ、あまり師匠にベタベタくっつくな。歩きづらいだろう」


 後ろから、黒鉄の「破岩の大剣」を背負った長弟子のリュウガが、低く威厳のある声で注意を促す。その黄金の双眸には、長兄としての厳格さと、薫を独占されていることへの微かな嫉妬が混ざり合っていた。


「まあまあ、リュウガ兄様。ギガはただ、昨夜の温もりを忘れられないだけですよ。ねえ、師匠?」


 二弟子のシオンが、仕立ての良い薄手の長衣を揺らしながら、完璧な「営業スマイル」で割り込んできた。彼は家計簿がしっかりと収まった籠を小脇に抱え、優雅な足取りで薫の左側を確保する。その微笑みは無害そのものだが、袖口の奥にはいつでも敵の息の根を止める「影縫いの針」が仕込まれていることを、薫は「天眼通」のオーラでとうに察知していた。


「……師匠の隣は、僕の場所。みんな、邪魔……」


 薫の影に隠れるようにして歩く四弟子のレンが、漆黒の瞳を不気味に揺らしながら、ボソリと呟く。彼の指先からは、薫への病的とも言えるヤンデレ的な執着から生み出された「太郎の紙人形」が、薫の帯の隙間からちょこんと顔を覗かせていた。


「はいはい、みんな静かに歩きなさい。せっかくの気持ちの良い朝なのだから」


 薫はハーフアップに結った黒髪を揺らし、素朴な木刀「静心」を腰に帯びたまま、呆れたように微笑んだ。かつて「正道最強の剣聖」として武林を震撼させた彼女だが、今の姿はただの美しくもどこか怠け者な「田舎道場の女先生」に過ぎない。世俗の権力闘争に絶望し、この静かな竹林に隠居して数年。四人の魔王の生まれ変わりたちを、正しい愛と指導で導くことだけが、今の彼女の「道」だった。


 やがて、一行は「木漏れ日の里」へと到着した。人口百人ほどの素朴な農村は、豊かな緑と穏やかな風に包まれていた。


「おお、薫先生! よくぞおいでくだされた!」


 腰の曲がった白髪の老人、村長の作蔵が、鍬を置いて満面の笑みで駆け寄ってきた。かつて村が野盗に襲われた際、薫が指一本で野盗の首領を吹き飛ばして以来、作蔵をはじめとする村人たちは、薫を「生き仏」のように崇拝し、道場の存在を同盟の役人から命がけで隠し続けてくれている恩人たちだった。


「作蔵さん、お久しぶり。今日の収穫は良さそうね」


「はい、お陰様で! 薫先生にいただいた霊力のお地蔵様のおかげで、今年は豊作にございます。さあ、採れたての甘藷をどうぞ!」


 作蔵が温かい手で差し出した泥付きの野菜を、シオンが手際よく籠へと収めていく。その平穏な日常が、一瞬にして踏みにじられたのは、その直後のことだった。


 ドタドタと不快な馬蹄の音が響き、静かな村の入り口から、砂埃を巻き上げて不穏な集団が雪崩れ込んできた。その数、およそ二十人。彼らは武林同盟のエンブレムが刻まれた黒い軽甲冑を身に纏い、手には無骨な槍や剣を握っていた。


 先頭を走る巨大な馬から降り立ったのは、虎の皮のベストを羽織り、両手に金色の巨大なナックルを嵌めた、粗野で筋肉質の男だった。彼の顔には傲慢極まりない横暴な笑みが浮かんでおり、その全身からは、力任せの「剛金気功」の濁った殺気が漂っている。


 武林同盟・青葉宿支部の地方幹部、金剛拳の鉄馬(テツマ)だった。


「おい、老いぼれ! 今月の『みかじめ料』の支払いが滞っているぞ。同盟の庇護を受けておきながら、税を払わんとはどういうつもりだ!」


 鉄馬は怒鳴り散らしながら、作蔵の胸ぐらを強引につかみ上げた。作蔵の鍬が地面に転がり、乾いた音が響く。


「う、うぅ……鉄馬様、お待ちくだされ。先月もお伝えした通り、同盟の度重なる増税により、我ら貧しい農民にはもう支払う銀塊など残っておらぬのです……!」


「黙れ! 言い訳など聞く耳持たん! 払えんと言うなら、村の若い女か、家畜を代わりに差し出せ!」


 鉄馬の手下たちが下卑た笑い声を上げ、村の家々に押し入ろうとする。村人たちは恐怖に震え、子供を抱きしめて地面にひれ伏した。正義を掲げる「武林同盟」の、これが地方における生々しい腐敗の実態だった。


 その時、鉄馬の鋭い目が、作蔵の傍らに立つ薫へと向けられた。


「ほう……? こんな寂れた田舎村に、これほどの極上が隠れていたとはな」


 鉄馬は下品な視線で薫の白磁の肌と、道着の上からでも分かる美しい曲線を舐めるように見つめた。彼は作蔵を地面に放り出し、薫に向かって下卑た歩み寄りを始める。


「おい、女。お前、この山の上にある未登録の道場の主だな? 同盟の許可なく武芸を教える不法勢力め。だが、俺の側室になり、あの土地を同盟に明け渡すというなら、今月の村の税は免除してやってもいいぞ」


 鉄馬が金色のナックルをこれ見よがしに鳴らし、薫の顎に触れようと手を伸ばした。


 瞬間、周囲の空気が絶対零度よりも冷たく凍りついた。


 リュウガの背負う「破岩の大剣」から、前世の覇王劉峨の漆黒の覇気が津波のように噴出し、大気がビリビリと鳴動する。ギガの琥珀色の瞳は血のように赤く染まり、野獣の牙を剥き出しにして、今にも鉄馬の喉笛を噛みちぎらんばかりの殺気を放った。レンの影からは、無数の暗黒の触手が這い出そうとし、シオンの指先は、笑顔のまま鉄馬の経絡を一瞬で破壊する鋼糸をミリ単位で操り始めていた。


 四人の魔王たちの「 hắc hóa(黒化)」の予兆。それは、彼らの唯一の聖域である薫を汚されようとしたことに対する、狂気的なまでの独占欲と怒りの爆発だった。


 だが、薫は一歩も動かず、ただ静かに手を伸ばしてリュウガの剣の柄を押さえた。そして、弟子たち全員を優しく、しかし絶対的な威厳を持って見つめた。


「下がりなさい、お前たち。……私の前で、無駄な血を流してはダメよ」


 その白銀の霊気が微かに彼らを包み込むと、暴走しかけていた四人の殺気が、嘘のように静まり返った。彼らは不満そうに、しかし薫の命令には絶対服従の姿勢で、一歩後ろへと下がった。


 薫はため息をつき、腰の木刀「静心」を静かに引き抜いた。千年黒竹で作られたその木刀は、一見すると何の変哲もない、ただの素朴な棒にしか見えない。


「ははは! なんだそれは? 木刀だと? 女先生、そんなおもちゃでこの俺の金剛拳と戦うつもりか!」


 鉄馬は腹を抱えて爆笑した。彼は両手の金色のナックルを激しく打ち合わせ、自慢の「剛金気功」を全開にした。彼の肉体は鋼鉄のように硬化し、放たれる気の圧力で周囲の砂埃が激しく舞い上がる。


「女に何ができる! 身の程を教えてやる! 『金剛爆裂拳』!!」


 鉄馬は地響きを立てて突進し、大岩をも粉砕するという強烈なストレートを薫の顔面に向けて放った。金色のナックルから放たれる気の塊が、空気の壁を物理的に圧縮し、凄まじい衝撃波となって迫る。


 対する薫は、一歩も動かなかった。ただ静かに呼吸を整え、明鏡止水の境地――「東雲流・清心剣法」の構えを取る。


「清心剣・第一式――『雑念払い』」


 薫は優雅に、ただゴミを払うように、木刀「静心」を軽く一振りした。


 それは、武術の型というよりも、ただの美しい舞のようだった。しかし、木刀の先端が空気を切り裂いた瞬間、そこから放たれたのは、涼しげな淡い青色の清らかな衝撃波だった。


 ズドォォォォン!!!


 激突の瞬間、轟音が響き渡った。だが、予想された肉体の衝突音ではない。鉄馬の絶対の防御を誇る「剛金気功」の気が、薫の放った清らかな剣気の浸透によって、内側から完璧に崩壊させられたのだ。


「な……が、はぁっ!?」


 鉄馬が悲鳴を上げる間すらなかった。彼が自慢していた金色のナックルは、ガラス細工のように一瞬で粉々に砕け散り、彼の放った金剛爆裂拳の衝撃波ごと、薫の剣気に完全に押し戻された。


 青い衝撃波の奔流が、鉄馬と、その後ろに控えていた二十人の手下たちを一網打尽に包み込む。彼らの巨体は木の葉のように宙に舞い上がり、村の入り口を越え、遥か彼方の竹林の奥深くへと、一瞬で吹き飛んでいった。


 ドサドサと、遠くの竹林が折れる不気味な音が響き、やがて静寂が訪れた。鉄馬とその手下たちは、一本の竹に突き刺さるようにして全員が気絶し、二度と立ち上がることはなかった。


 薫は木刀「静心」を優雅に鞘へと収め、乱れた道着の裾を軽く整えた。彼女の額には汗一つ浮かんでおらず、息すら乱れていない。本来の力の10%未満の出力。それだけで、武林同盟の地方幹部を一撃で粉砕したのだ。


「……ふぅ。これで少しは静かになるかしら」


 薫が何事もなかったようにお茶の葉を拾い上げると、村人たちは一瞬の静寂の後、割れんばかりの歓声を上げた。


「おお……! 生き仏様だ! 薫先生万歳!」


 作蔵が涙を流して薫の足元に跪き、村人たちも次々とひれ伏して感謝を捧げる。その光景を、四人の弟子たちは、誇らしげな、そしてどこか陶酔を帯びた瞳で見つめていた。


「さすがは師匠。あの程度の雑魚、師匠の手を汚す価値すらありませんでしたね」


 リュウガが「破岩の大剣」を背負い直し、薫の強さに改めて惚れ直したように、黄金の瞳を熱く輝かせる。シオンは再び愛らしい笑顔を浮かべ、「これで今月の村の税も、物理的に免除されましたね」と囁いた。ギガは薫の腰に再び抱きつき、「やっぱり師匠は世界一強い! 俺、一生師匠の犬でいる!」と嬉しそうに吠え、レンは薫の道着の裾を握りしめ、静かに悦びに浸っていた。


 だが、村人たちの歓声と弟子たちの誇らしげな笑顔の裏で、薫の「天眼通」の視界には、遠くの竹林から這いずりながら逃げ出していく鉄馬の、怨念に満ちた赤黒いオーラがはっきりと映っていた。


 鉄馬は、自らの金剛拳を木刀一本で砕かれた屈辱に震えながら、懐の伝令魔石を強く握りしめていた。


(おのれ、あの女……ただの田舎道場の主ではない! あれは、魔教の邪術だ! あの道場は、滅ぼされたはずの魔教の隠れ家に違いない! 同盟本部に報告し、白衣衆を動かして、あの女ごとあの山を完全に消し去ってやる……!)


 敗走する小悪党の歪んだ執念が、東雲の竹林の平穏な隠居生活を終わらせる、暗い暗雲を呼び寄せようとしていた。薫は、迫り来る不穏な運命の予兆を肌で感じながらも、ただ弟子たちの頭を優しく撫で、静かに微笑み返すのだった。

HẾT CHƯƠNG

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