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炭焼きの窯と雪中に散る火花

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地吹雪が、半壊した鍛冶屋の板戸を激しく叩いていた。


 昨夜、激しい怒りと失望を叩きつけて吹雪の中へ飛び出していった長男・誠太郎は、夜半過ぎに青白い顔をして戻ってきた。唇を凍らせ、指先を血が滲むほど握りしめ、一言も発せずに隅の藁布団へ潜り込んだ。刃蔵は何も言わず、ただ左手だけで冷え切った彼の体を温かい毛布で包み込んだ。親子の間には、凍土よりも厚い沈黙が横たわっている。


 翌朝、鍛冶炉の火は消えかけていた。炉の底で、わずかな灰が赤く燻っているに過ぎない。小夜が必死にふいごを引くが、風が送られるたびに、灰が虚しく舞い上がるだけだった。日常を維持するための生命線である「雪中炭」が、底を突きかけていた。


「おじさん、炭が……」


 小夜が不安げな瞳で刃蔵を見上げる。その傍らでは、最年少の茂作が、刃蔵の削ってくれた「木彫りの観音お守り」を小さな手で握りしめ、寒さに震えていた。誠太郎は壁を睨みつけたまま、背を向けたままだ。


 そこへ、裏口の戸を叩く急な音。現れたのは、炭運びの老人・作蔵の弟子だった。少年は怯えた表情で、周囲を気にしながら囁いた。


「蔵三の旦那、申し訳ねえ……。極楽会からお触れが出たんだ。『蔵三に炭を売る者は、身内ごと雪原に生き埋めにする』って。親方も脅されて、どうしても炭を出せねえ……」


 極楽会の嫌がらせが本格化したのだ。刃蔵を鍛冶屋として干し殺し、その正体を焙り出そうとする狡猾な包囲網。炉の火が完全に消えれば、この宿場で「蔵三」として子供たちを隠し育てる生活は崩壊する。


「分かった。気にするな」


 刃蔵は左手だけで少年の肩を優しく叩き、立ち上がった。懐に隠した右腕は、白蛇の毒によって鉛のように重く、冷たい。だが、ここで屈するわけにはいかない。刃蔵は背負い籠を左肩にかけ、静かに言った。


「小夜、誠太郎。留守を頼む。山奥の源次の窯まで、直接炭を仕入れに行ってくる」


 誠太郎はピクリと肩を揺らしたが、振り返ろうとはしなかった。刃蔵は無言のまま、錆びついた処刑刀「山華」を包んだ袋を背負い、鍛冶屋を後にした。


 山道は、膝まで埋まるほどの猛烈な豪雪だった。風が視界を白く染め上げ、一歩進むごとに骨がきしむような冷気が野良着を貫く。刃蔵は「地走り」の歩法を応用し、雪の抵抗を最小限に抑えながら、黙々と斜面を登った。動かない右腕が、歩行の重心を狂わせる。左手一本でバランスを取りながら、彼は数時間かけて山奥の「炭焼き窯の広場」へと辿り着いた。


 もうもうと立ち上る黒煙の向こうで、大柄な炭焼き職人・源次が、巨大な斧を振るって薪を割っていた。その斧は、かつて刃蔵が「神鉄の破片」を練り込んで鍛え上げた、頑強極まりない「神鉄の斧」だった。


「蔵三じゃねえか! こんな吹雪の日にどうした」


 源次は顔を煤で汚しながら、豪快に笑った。刃蔵が事情を説明すると、源次の頑固な顔が引き締まった。彼は「神鉄の斧」を地面に突き立て、太い腕を組んだ。


「極楽会のヤクザどもが何だ。俺はこの斧でお前さんに命を救われた。この斧は、どれだけ硬い大木を叩いても絶対に折れねえ、俺の魂だ。恩人を裏切るくらいなら、雪の中で凍死した方がマシだ。雪中炭なら、窯の中に山ほどある。持っていけるだけ持っていけ!」


 源次の義理堅さが、刃蔵の凍てついた心を僅かに温めた。刃蔵は感謝の言葉を述べ、背負い籠に最高品質の「雪中炭」を限界まで詰め込んだ。ずっしりとした炭の重みが、左肩に重くのしかかる。しかし、これがあれば、また子供たちと温かい夜を過ごせるはずだった。


 だが、帰路の雪山は、静寂の皮を被った戦場へと変貌していた。


 地吹雪の音が、不自然に遮られたように感じられた。刃蔵の「殺気感知の極み」が、周囲の白闇から放たれる複数の「悪意」を敏感に捉える。雪を踏む微かな摩擦音。それは、明らかに訓練された者たちの足音ではなかった。力任せに武器を握り、獲物を狙う「ならず者・ヤクザ」の殺気。


「……待ち伏せか」


 刃蔵は足を止めた。背後の木々の影から、衣服を雪で白く染めた極楽会のヤクザ五人が、ドスや鉄槌を構えて音もなく現れた。彼らは刃蔵を半円状に包囲し、下卑た笑みを浮かべた。


「おい、片腕の鍛冶屋。大人しく炭を置いて、俺たちと一緒に組事務所まで来てもらおうか。お前が匿っているガキどものことで、組長がお呼びだ」


 刃蔵は無言のまま、背負い籠を静かに雪の上に下ろした。そして、左手で袋から「黒鉄の鞘」を取り出した。刀身は収められたままだ。抜刀はしない。人を殺せば、魂は完全に堕落する。それは「不殺の十戒」に誓った絶対の掟だ。


「ふん、片腕で木刀の鞘なんか構えて、何ができる!」


 一人のヤクザが、雪を蹴散らしながらドスを突き出して突進してきた。大振りで無駄の多い、素人の動き。刃蔵の瞳には、男の肩の筋肉の緊張から、ドスの軌道が完全に視えていた。


 刃蔵は「地走り」を起動した。上体を雪面とほぼ水平になるまで極端に低く落とし、氷の上を滑走するように敵の懐へと滑り込む。頭上を鋭いドスが空振りした一瞬の隙。刃蔵は左手に握った「黒鉄の鞘」を、敵の手首に向けて突き出した。


 ――「解剖学急所打突」。


 ゴキリ、と鈍い骨の音が響いた。鞘の先端が、手首の神経の通り道を正確に打ち抜いたのだ。男は悲鳴を上げる間もなくドスを落とし、手首を押さえて雪の上に転がった。


「この野郎!」


 残りの四人が、同時に襲いかかった。左右からドスが迫り、背後から鉄槌が振り下ろされる。刃蔵は雪を踏みしめ、半歩下がって攻撃をかわそうとした。だがその瞬間、右肩の奥深くから、焼けるような激痛が走った。白蛇の毒が、寒冷の気候によって急激に活性化したのだ。右半身が激しく痙攣し、刃蔵の完璧な重心移動が一瞬だけ乱れた。


「しまっ……!」


 突き出されたドスの刃が、刃蔵の煤けた野良着の袖を鋭く切り裂いた。冷たい風が肌を掠める。肉体的な減退という、冷酷な現実。だが、刃蔵の精神は「死人」のように静まり返っていた。彼は即座に左足の軸を入れ替え、滑る雪の摩擦を利用して体勢を復元した。


 雪に足を取られ、体勢を崩したヤクザたちに対し、刃蔵の「黒鉄の鞘」が電光石火の速さで翻った。滑る足場を完全に支配する「雪上特化歩法」。


 キィィン、と硬い金属音が響く。振り下ろされた鉄槌の側面を、刃蔵は鉄の鞘の湾曲部でミリ単位で受け流し、その破壊力をそのまま隣のヤクザの胸元へと逸らした。同士討ちを演じた二人が、雪の中に折り重なるようにして倒れ込む。


 残る二人が怯んだ瞬間、刃蔵は左手で鞘を鋭く突き出した。


 ――「不殺の必殺技(一の太刀)」。


 ドスッ、ドスッ、と重い打撃音が二度、静寂の雪山に響いた。鉄の鞘の底部が、二人の頸動脈を正確に強打したのだ。脳への血流を一瞬にして遮断されたヤクザたちは、白目を剥き、糸の切れた人形のように静かに雪の上に崩れ落ちた。


 五人のヤクザが、一人も命を落とすことなく、完全に昏倒して雪原に横たわっている。刃蔵は荒い呼吸を整えながら、激痛に震える右肩を左手で押さえた。野良着の袖は破れ、そこから覗く右腕の皮膚は、黒紫色の不気味な経絡が網の目のように浮き上がっていた。毒の侵食が、また一歩、深まっている。


 パチ、パチ、パチ、と。


 地吹雪の音に混ざって、不気味に乾いた拍手の音が響いた。


 刃蔵は鋭い眼光を霧の向こうへと向けた。雪のカーテンを割って現れたのは、片目に黒い眼帯を嵌め、着物の下に鎖帷子を着込んだ痩せ型の男――極楽会の知恵袋、鮫島だった。彼は冷酷な笑みを浮かべ、倒れた手下たちを見下ろした。


「さすがだな、元筆頭処刑人……。右腕が死んでいても、左手一本でこれほどとはな。金太の膝から出た神鉄の鉄屑を見た時から疑っていたが、確信に変わったよ、榊刃蔵」


 刃蔵は無言で「黒鉄の鞘」を構え直した。殺気は放たない。ただ、嵐の前の静けさのような威圧感が、彼の身体から立ち上る。


 しかし、鮫島は戦おうとはしなかった。彼は一歩後退し、さらに深く、冷酷な笑みをその薄い唇に刻んだ。


「だが、お前がこれほど強い男なら、なぜ最初からその牙を剥かなかった? ……ああ、そうか。『不殺の誓い』だな。人を殺せば、お前が匿うあの楠木辰徳の遺児たちに、自分が『父親の首を斬った仇』であることが知れてしまう。違うか?」


「……」


 刃蔵の心臓が、凍りつくような衝撃に跳ね上がった。敵は、すべてを握っている。


「お前は強い。だが、その優しさと罪悪感が、お前の最大の弱点だ」


 鮫島は雪を蹴り、不気味に囁いた。


「榊刃蔵。お前がこの雪山で、呑気に炭を仕入れている間……あの無防備な鍛冶屋には、誰が残されている? 今頃、俺たちの突撃隊長・猪狩が、楽しそうに大斧を振るっているはずだ。あの幼いガキどもの首を狙ってな」


 その言葉が響いた瞬間、刃蔵の脳裏に、鍛冶屋に残してきた小夜と茂作、そして誠太郎の姿が強烈にフラッシュバックした。極限の焦燥と不安が、彼の全身を支配する。鮫島は地吹雪の霧の中へと、嘲笑を残して消えていった。刃蔵は、砕け散りそうな胸の痛みを堪え、雪中炭を担ぎ直して、半壊した鍛冶屋へと向けて全力で疾走を開始するのだった。

HẾT CHƯƠNG

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