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神の目覚めと鉄錆の檻

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暗闇。ただ、底知れない無の深淵が広がっていた。時間も空間も、光すらも存在しない、完全なる虚無。かつて全宇宙の物理法則を超越し、絶対的な頂点に君臨していたはずの『神』の意識は、不意に訪れた強烈な『質量』の感覚によって引き裂かれた。


「うっ……、はぁ、がはっ……!」


肺が、汚濁した空気を吸い込んで激しく拒絶反応を起こした。鼻を突くのは、ひどく錆びついた金属の臭いと、安物の消毒液のツンとした刺激臭。そして、全身の血管に沸騰した鉛を流し込まれたかのような、凄絶な熱と激痛。


「冷(レイ)お兄ちゃん……!? 嘘、お兄ちゃん、目が覚めたの!?」


すぐ傍らから、震える少女の声が聞こえた。霞む視界を無理やり引き絞ると、青白い肌をした細い手足の少女――天城暦(アマギ・コヨミ)が、ボロボロの毛布に包まれながら、必死にこちらを覗き込んでいるのが見えた。その髪には、安価だが大切に磨かれたヘアピンが揺れている。


(この娘は……。いや、この肉体は――天城零か)


脳内に奔流となって流れ込んできたのは、肉体の前所有者である少年の、泥を這うような記憶だった。ここは巨大スラム都市『灰燼街』。ネオンの光も届かない地下の底辺。そして少年の胸に深く刻まれた傷跡。その内側で、心臓の代わりに移植された不適合炉心『アポカリプス・コア』が、まるで檻に閉じ込められた獣のように狂暴な軋み声を上げていた。


この炉心は、神たる己の『無限の虚無』を人為的に封印し、抑え込むための強固な『蓋』。しかし今の最弱の肉体にとっては、一秒ごとに寿命を削り、内側から肉体を焼き切ろうとする呪いの心臓に他ならなかった。


「お兄ちゃん、動いちゃダメ! まだ心臓の移植手術が終わったばかりで、クロム先生が――」


暦が言いかけた、その瞬間だった。


轟音。


診療所の分厚い錆びた鉄扉が、外部からの強烈な衝撃によって内側へと吹き飛んだ。鋭い金属片が床に飛び散り、有害な青い蒸気が室内に流れ込んでくる。その蒸気の向こうから、重々しい金属の足音が響いた。


「おいおい、本当に生きてやがるな。アエギス社から廃棄された『不適合炉心』を埋め込まれて、脳死しなかったバグ野郎が」


現れたのは、右半身を醜悪な重機サイボーグに改造した大柄な男たち――『ゴズ人身売買カルテル』の構成員たちだった。赤い光学センサーの瞳を不気味に明滅させ、手にした電磁ライフルを平然とこちらに向けている。


「ボスからの命令だ。死んでりゃ死体から炉心(コア)を抉り取るだけだったが、生きてるなら好都合だ。中層都市の研究所に『最高品質の生体サンプル』として生きたまま納品してやる。おい、そのガキもろとも回収しろ!」


「嫌……っ! お兄ちゃん!」


サイボーグ兵の一人が、巨大な金属義手を伸ばし、ベッドの上の暦を掴もうとした。


(私の……領域で、羽虫が囀るな)


絶対神としての超然たるプライドが、零の内で冷酷に命じた。しかし、立ち上がろうとした瞬間、胸のアポカリプス・コアが「キィィィン」と鼓膜を裂くような高周波の異音を立てて激しく拒絶反応を起こした。肺腑を焼くような激痛。口から黒い金属質の血が噴き出し、視界が一時的に完全な暗闇(ブラックアウト)へと沈んだ。


「がはっ……!」


「ハハッ! 無駄な抵抗すんじゃねえよ、ゴミ虫が!」


動きの止まった零の胸ぐらを、サイボーグ兵の金属の手が容赦なく掴み上げ、宙へと持ち上げた。首が絞まり、肉体が物理的な限界を迎えて悲鳴を上げる。


だが、その極限の死線において、零の瞳の奥で、光を吸い込むような漆黒の深淵が目覚めた。


(神の理(ことわり)を見せてやろう)


『生存時間の視覚化(クロノ・アイ)』――発動。


零の両瞳が完全な漆黒のブラックホールへと変質した。その瞬間、世界から色彩が失われ、超高速の演算領域へと移行する。零の視界に映るサイボーグ兵たちの頭上に、青白く輝くデジタル数字が浮かび上がった。


【3,456,120秒】

【1,209,400秒】


それは、彼らに残された『クロノ・クレジット』――すなわち生存時間そのものだった。同時に、彼らの体内を流れる粗悪なエーテルの流れが、光の回路となって零の網膜に完全に看破された。どこが最も脆弱で、どこを叩けば物理的に崩壊するか、そのすべてが瞬時に理解できる。


「……消え失せろ」


零は冷酷に囁いた。


「あァ? 何言って――」


サイボーグ兵がライフルの引き金に指をかけた瞬間、零は右手を突き出し、脳内で空間質量の数式を極大化させた。


『重力崩壊(グラビティ・バースト)』。


「ゴォォン――ッ!!!」


耳を劈くような不気味な重低音が響き渡り、サイボーグ兵の足元の床が、まるで目に見えない巨大な鉄槌に叩かれたかのように、同心円状に激しく陥没した。局所的な超重力――通常の数万倍に達する圧力が、サイボーグ兵の肉体に襲いかかる。


「な、何だ、この重さは……っ!? 身体が、動か――」


サイボーグ兵が放った電磁ライフルの銃弾。しかし、その弾丸は零の身体に届く遥か手前で、歪んだ重力の引力に捉えられ、軌道を強制的に真下へと曲げられて床へと叩き落とされた。


「ギチ、ギチギチギチッ!」


凄絶な金属疲労の悲鳴。超重力に押し潰されたサイボーグ兵の強固な金属義肢が、まるでおもちゃのアルミ缶のように無残にひしゃげ、圧潰していく。油圧ホースが破裂し、高圧のオイルと青い火花が四方に飛び散る。


「ギャアアアアアッ! 俺の腕が、足がァァッ!!」


もう一人の兵士も、自身の数千倍に膨れ上がった肉体の質量に耐えかねて地面に叩きつけられ、骨格が内側から砕ける鈍い音が響いた。床のコンクリートは深く陥没し、クレーターと化した中心で、彼らは身動き一つ取れずに血の泡を吹いている。


圧倒的な、神の威光の片鱗。


しかし、その対価はあまりにも苛烈だった。力を強引に使用した代償として、零の胸の不適合炉心が真っ赤に過熱し、衣服を透かして青白い火花が激しく吹き出した。胸の皮膚が内側から熱で焼け焦げ、炭化していく凄絶な激痛が零を襲う。


零自身の頭上に浮かぶクロノ・クレジットの数字が、凄まじい速度で減少を始めた。


【残り生存時間:25,200秒(7時間)】


「はぁ、はぁ、っ……!」


膝を突き、激しく喘ぐ零の前に、奥の診察室からむき出しの機械フレームを持つ男――クロムが、驚愕の表情で飛び出してきた。その人工心臓が怪しく明滅している。


「おい、今のは……重力歪曲だと!? アポカリプス・コアを移植して、なぜこんな能力が……。いや、それよりコアの温度が限界を超えている! このままじゃ数時間以内に、お前の肉体は内側から焼き切れて灰になるぞ!」


クロムの声が、焦燥に満ちて響いた。先遣隊を圧殺したものの、ゴズ・カルテルの本隊、そしてボスの脅威はまだ何も解決していない。そして、零の胸で軋む音を立てる心臓は、刻一刻と死へのカウントダウンを刻んでいた。

HẾT CHƯƠNG

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