Nhạc nềnPrairie

極寒の暗渠を往く

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

肺の奥が燃えるように熱い。酸欠と硫黄の毒煙が、崩落した「星堕ちの窪み」の底に立ち込めていた。奈落谷の最深部に穿たれたその閉鎖空間で、残された酸素は刻一刻と失われつつある。唯一の退路は、足元で不気味な瀑鳴をあげる地下水路――「冥府の川」の暗黒の吸い込み口だけであった。


「十兵衛さん……本当にあの中に飛び込む気かい……?」


 老炭鉱夫の源治が、煤に汚れた顔を青ざめさせ、激しくうねる黒い水面を見つめて震えていた。彼の持つ古びた鶴嘴は磁場で失われ、今はただ十兵衛の超人的な背中を縋るように見つめることしかできない。


「源治、ここに残れ。瓦礫の隙間に、微かに風が流れる空洞がある。そこなら半刻は息が保つ」


 十兵衛の声は、凍てつく水鳴りの音に掻き消されぬよう、低く、しかし強靭な響きを伴っていた。彼は左手だけを使い、解けた麻縄を口で咥えながら、背中の「血盟の錆び刀」を再び自身の肉体へと固く縛り付けた。右腕はすでに炭のように真っ黒に変色し、感覚を完全に失ってだらりと垂れ下がっている。磁場に抗って錆び刀を引き剥がした際、左手の指先は爪が剥がれて血に染まっていたが、その痛みに眉一つ動かさない。


「百足の源蔵は、一族の仇である剛田鬼十郎の懐刀だ。奴が抱えて落ちた『極硬隕鉄』の原石がなければ、俺の復讐の牙は完成しない」


 十兵衛は水路の淵に立ち、黒く冷たい水面を見つめた。山からの雪解け水が激しく流れ込むこの暗渠は、常人であれば数秒で心臓を停止させる「死の氷河」である。さらに、右脇腹の短刀傷からは今も鮮血が流れ、極限の疲労が全身を支配していた。


「……行くぞ」


 十兵衛は深く息を吸い込んだ。ただの深呼吸ではない。肺の空気を極限まで圧縮し、体内の気力を経絡の深部へと循環させる霧生一族秘伝の呼吸法――「氷河潜行の呼吸」である。この呼吸により、一時的に心拍数を極限まで低下させ、冷水の衝撃による心臓停止を防ぐ。同時に、酸素の消費を通常の五分の一にまで抑え込むのだ。


 ドブン、と重々しい水音が暗闇に響いた。十兵衛の身体は、冷たい暗渠の深淵へと吸い込まれていった。


 ――冷たい、などという生易しいものではなかった。


 水中に飛び込んだ瞬間、数万本の氷の針が全身の皮膚を同時に突き刺すような、激しい激痛が十兵衛を襲った。極寒の水流が、麻痺していたはずの右腕の呪毒を強烈に刺激する。黒い血管が不気味に蠢き、右肩から胸元にかけて、引き裂かれるような痙攣が走った。肺の中の空気が一瞬にして凍りつく感覚に、十兵衛は奥歯を噛み締め、脳内に響く一族の怨嗟の声を「無想静座」の境地で力ずくで押さえ込んだ。


 水中は完全な暗黒だった。光は一切届かず、ただ激しい水流の唸りだけが鼓膜を圧迫する。しかし、十兵衛の「心音感知」は、水中においてその真価をさらに研ぎ澄ましていた。


(水の中では、音の伝達速度は空気中の四倍になる……)


 十兵衛は眼を閉じ、肌に触れる水流の揺らぎと、耳に届く微細な音波に全神経を集中させた。ゴボゴボと湧き上がる気泡の音、水底の岩が擦れ合う重低音。そのノイズの奥から、不気味な「キィン」という高周波の金属音が聞こえてきた。


(これは……伊三の仕掛けたワイヤー罠か)


 罠の設計士・鉄蜘蛛の伊三が、侵入者を防ぐために地下水路の狭い岩間に張り巡らせた極細の鋼線「鉄蜘蛛網罠」。目に見えぬその死の網が、水流に揺られながら十兵衛の灰色の道着の裾に絡みついた。一歩動けば、強靭なワイヤーが肉を骨まで切り裂く。


 十兵衛は焦らなかった。左手で背中の錆び刀を鞘ごと掴み、ゆっくりと引き抜いた。刀を抜くことは一族の禁忌によって許されないが、青黒い木鞘そのものは、隕鉄の打撃に耐えうる頑強な盾であり武器である。十兵衛は水流の流れを肌で読み、ワイヤーが最も緊張する「結合部」の位置を音の振動から特定した。


 シュッ、と水中で左腕が鋭く閃いた。鞘の先端を正確にワイヤーの留め金に向けて突き出す「鉄針突き」の応用打撃。水圧を切り裂くその一撃が、ピンポイントで結合部のボルトを撃ち抜いた。パチィン、と水中で鈍い音が響き、絡みついていた鋼線が弾け飛んで十兵衛の身体は自由を取り戻した。


 さらに深く潜る。肺の酸素が徐々に熱を帯び、限界に近づきつつあるのを自覚する。右脇腹からの出血が、冷たい水の中でかすかな熱を帯びた赤い煙となって漂う。しかし、その時、十兵衛の心音感知が、水底の砂地に埋もれた「青黒い輝き」を捉えた。強力な磁場を放ち、周囲の微細な砂鉄を引き寄せている塊――「極硬隕鉄」の原石である。原石は、水底の岩盤に引っかかった源蔵の鉄板防具の隙間に、未だしっかりと挟まったままだった。


 十兵衛は水流に逆らいながら、左手一本で水底へと這い進んだ。剥がれた指の爪から再び血が流れ出すが、その感覚すらも氷の水の冷たさで麻痺している。彼は左手を伸ばし、青黒く輝く極硬隕鉄の重厚な輪郭をその指先で掴み取った。ずっしりとした、地球の骨のような重みが左腕に伝わる。回収は成った。


 肺の酸素が完全に尽きかけ、胸が締め付けられるような窒息感が襲う。十兵衛は水底を強く蹴り、浮上しようとした。


 その刹那――。


 水底の暗闇、瓦礫と砂鉄の山から、不気味な泥の手が音もなく伸びてきた。それは、右肩を粉砕され、完全に死んだと思われていた百足の源蔵の左手だった。源蔵の眼は血走り、肺から最後の気泡を吐き出しながら、凄まじい怨念を以て十兵衛の左足首を掴み取ったのだ。


 万事休す。水中で酸素が尽きかける極限の状況下、死に損ないの執念が、十兵衛を暗黒の水底へと引きずり戻そうと締め付ける。十兵衛は左手の隕鉄を抱えながら、最後の気力を振り絞って身体をねじった。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!