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検証(けんしょう)の鐘(かね)

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ゴォォォン――。


 白鷺城の朝霧を切り裂き、重々しい鋳鉄の音が響き渡った。それは、天剣宗の正統なる血統と武功を証明するための儀式、「公開武術検証」の開始を告げる鐘の音だった。


 城内中央に位置する広大な板張りの「剣術訓練場」。その周囲には、数百人もの門下生が息を潜めて立ち並び、上座の雛壇には筆頭長老・一ノ瀬源十郎をはじめとする長老衆が居並んでいる。中央の豪奢な椅子に座るのは、宗主・榊宗十郎。その冷酷な眼光は、まるで獲物の肉を切り裂く鷹のように鋭く、隣に座る静香夫人は、扇で口元を隠しながら氷のように冷たい笑みを浮かべていた。


 訓練場の中央、演武台の上に立つ新之助は、錆びついた鬼の鉄仮面の下で、静かに呼吸を整えていた。白絹の美しい剣士服を纏ってはいるが、その内側は地獄そのものだった。


 右腕は、深夜の特訓で黒澤の「逆境剣」を強引に放った代償により、前腕の骨が完全に砕け、肉の内側で骨の破片が軋み合っている。当て木はとうに弾け飛び、傷口から滲み出た血が白絹の袖の内側をじっとりと濡らしていた。さらに、左手の手の平は一ノ瀬新次郎の木刀を掴んだ際の深い裂傷が塞がっておらず、喉の経絡は声帯模写の過負荷で断裂し、息を吸うたびに鉄の味が口腔を満たしている。


(痛むな。経絡を締め上げろ。私は今、傲慢な若旦那、榊龍之介なのだ)


 新之助は「経絡緊縮法」を起動し、右腕の血流を強引にせき止めた。そして、左手だけで腰元にある天剣「白雷」の鞘を掴んだ。この白雷もまた、鉄平が極秘裏に叩き直したものの、刀身が不自然に湾曲し、重心が極端に狂った不完全な代物だ。右手での抜刀など到底不可能。新之助はあえて右手を使わず、白絹の袖の中にだらりと隠し、ただ傲然と顎を上げて対峙する男を睨みつけた。


 演武台の反対側には、金の刺繍が施された豪華な道着を纏った一ノ瀬新次郎が立っていた。その手には、一ノ瀬家の家宝である名剣「紫電丸」が握られている。新次郎は不遜な笑みを浮かべ、新之助の鉄仮面を指差した。


「若旦那様、ようやくその重苦しい仮面の下から這い出てこられましたな。一昨日、訓練場で私の木刀を奇妙な手で掴んだあの無礼、この真剣勝負でしっかりと洗わせていただきますぞ。お前のその鉄面ごと、すべてを叩き割ってやる!」


 新次郎が紫電丸を抜くと、刃から不気味な紫色の剣気が陽炎のように立ち上った。一ノ瀬家秘伝の「雷電心法」によって練り上げられた神速の気。訓練場の板床が、その剣気の圧力によってピチピチと微かな火花を散らし始める。周囲の門下生たちから、感嘆の吐息が漏れた。若手の中で圧倒的な速度を誇る新次郎の「紫電剣」は、伊達ではない。


「――始めよ!」


 審判の長老の声が響き渡った瞬間、新次郎の姿が掻き消えた。


 瞬歩。残像を残しながら、新次郎は一瞬にして新之助の間合いへと踏み込んできた。その手から放たれたのは、一瞬に五回の神速の突きを繰り出す一ノ瀬流の奥義「紫電一閃」だった。


 チィィン! 空気を切り裂く高周波の音が響き、五条の紫色の光条が新之助の喉元、胸元、そして仮面の間隙へと同時に襲いかかる。


 観衆の長老衆が「おお」と身を乗り出す。右腕の使えない新之助にとって、それは一撃で命を刈り取られかねない死の網だった。しかし、新之助の脳内は、異様なほどの静寂に包まれていた。


(――遅い)


 死の極限において、新之助の瞳の奥で「超感覚的観察『死線スロー』」が強制起動した。世界から色彩が失われ、新次郎の突進の軌道がねっとりとしたスローモーションへと変化する。新之助の網膜には、新次郎の右肩の筋肉が収縮する瞬間、足首の角度、そして紫電丸から放たれる剣気の流動が、光の線となって立体的に投影されていた。


 新之助は、腰元の白雷を抜かなかった。抜けば、右腕の骨折が露呈する。彼は左手で鞘を掴んだまま、天一剣法 第一式「白露一閃」の優雅なフットワークをなぞるフリをしながら、上半身をミリ単位で傾けた。


 シュッ、シュッ、と風を切る音が鉄仮面のすぐ脇を通り抜ける。紫電丸の鋭い切っ先は、新之助の鉄仮面の表面を、わずか一毛の差ですり抜けていった。新之助は、まるで新次郎の剣の軌道を知り尽くしているかのように、最小限の動きだけでそのすべての刺突を物理的に回避してみせたのだ。


「なっ……なぜ当たらない!?」


 新次郎の目に、明らかな焦燥と驚愕が浮かんだ。かつての臆病で鈍重だった龍之介なら、最初の突きの一撃で喉を貫かれていたはずだった。それが、剣すら抜かずに、ただ優雅に体を揺らすだけで、自身の神速の紫電剣をすべて紙一重でかわされたのだ。


「ちょこまかと逃げ回るな、臆病者め!」


 新次郎は激昂し、さらに内力を爆発させた。紫電丸の刃がさらに激しく紫の光を放ち、訓練場の板床に深い斬り傷を刻みながら、不規則な連撃へと移行する。新之助は「天息法」の呼吸循環を維持し、激痛で悲鳴を上げる肺をねじ伏せながら、ひたすら回避に専念した。傍目には、若旦那が余裕を持って相手の攻撃を受け流し、実力の差を見せつけているかのように見えた。雛壇の榊宗十郎が、僅かに眉を動かして新之助の足運びに視線を注ぐ。


 しかし、新之助の肉体はすでに限界を超えつつあった。喉の奥からせり上がる血の味が、鉄仮面の内側を濡らしていく。右腕の骨折箇所から流れる血が、ついに白絹の袖の先から一滴、板床へと滴り落ちそうになった。


(これ以上は、もたない。どこかで一撃を凌ぎ、間合いを離さねば……)


 その僅かな重心の乱れを、新次郎の鋭い直感が見逃さなかった。新次郎は新之助の右半身の動きが、わずかに硬直していることに気づいた。右腕がだらりと下がったまま、一度も動いていないことに。


「そこかァッ!」


 新次郎は勝利を確信した邪悪な笑みを浮かべ、突進の軌道を突如として変更した。突きではなく、全体重を乗せた重厚な横薙ぎ。その刃の軌道は、新之助の完全に破壊されている右腕の防具を、物理的に叩き潰す位置へと向けられていた。


 新之助は、右腕でそれを受け止めることはできなかった。右手で白雷を抜けば、その瞬間に骨折が全員に露わになる。彼は咄嗟に、左手に持っていた白雷の鞘を横に突き出し、新次郎の紫電丸の重い一撃を、強引に受け止めるしかなかった。


 ガキィィィン!!!


 訓練場全体に、鼓膜を震わせる凄まじい金属音が響き渡った。新次郎の紫電丸から放たれた重厚な剣気の衝撃が、白雷の鞘を通じて、新之助の全身へとダイレクトに伝達される。左手の平の裂傷が再び開き、鮮血が鞘を赤く染めた。


 そして、その物理的な破壊エネルギーの余波は、新之助の白絹の袖の中に隠されていた、骨折した右腕の防具へと無慈悲に突き抜けた。


 ミシミシ、ゴキリ――。


 防具の内部で、辛うじて繋ぎ止められていた右前腕の砕けた骨の破片が、互いに激しく擦れ合い、肉を引き裂きながら異常な音を立てて砕け散った。脳髄を直接白熱の稲妻で焼き切られるような、想像を絶する極限の激痛が新之助の全身を駆け抜けた。


「――っ、ぐ……ぅ、あ……!」


 仮面の下から、耐えかねた微音の呻きが、どす黒い血の泡と共に漏れ出した。その呻きは、訓練場の静寂のなかに、確かに響いた。上座で見届け人として睨みをきかせていた一ノ瀬源十郎が、不気味に目を細め、一歩前へと身を乗り出した。

HẾT CHƯƠNG

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