Nhạc nềnRetroRoman_Koharu

鉄面(てつめん)の誕生

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

冷たい鉄の匂いと、こびりついた古い血の臭気。それが、新之助(しんのすけ)という名の奴隷少年が、新たな地獄の深淵で最初に得た感覚だった。


 つい半刻前まで、彼は白鷺城(しらさぎじょう)の最下層にある、湿気と悪臭の立ち込める奴隷部屋で泥のように眠っていたはずだった。だが、容赦のない看守たちの太い腕によって引きずり出され、引き回された先は、きらびやかで冷酷な天剣宗(てんけんそう)の本山、その奥座敷だった。


「顔を上げろ、泥犬が」


 冷徹極まりない声が、頭上から降ってきた。新之助が泥と煤に汚れた顔を上げると、そこには天剣宗の現宗主、榊宗十郎(さかきそうじゅうろう)が立っていた。威厳に満ちた白髪交じりの壮年。豪奢な羽織をまとい、その鷹のような鋭い眼光は、新之助を人間としてではなく、ただの使い捨ての道具として値踏みしていた。


 宗十郎の傍らには、古参の老護衛である権蔵(ごんぞう)が、沈痛な面持ちで控えている。そしてその足元には、錆びついた鬼の形相をした、不気味な鉄仮面が転がっていた。内側を覗けば、細く鋭い鋼鉄の針が、幾本も内側に向けて牙を剥いているのが見える。


「お前の顔は、我が放蕩息子、龍之介(りゅうのすけ)に酷似している。それが、お前が今日生き延びるための唯一の価値だ」


 宗十郎の言葉は、氷のように冷たかった。本物の若旦那である榊龍之介は、天剣宗の宿敵である影魔門(えいまもん)の刺客との決闘を前に、恐れをなして敵前逃亡したのだという。名門の体面を守り、かつ刺客を迎え撃つための「身代わり(木人形)」が必要だった。


「この鉄仮面を嵌めろ。一度装着すれば、我が持つ特殊な鍵でなければ外せぬ。無理に外そうとすれば、内側の針が動き、遅効性の猛毒がお前の脳を溶かす。逃げても死、外しても死だ」


 新之助が拒絶する間もなく、屈強な看守たちに両腕を拘束された。背後から冷たい鉄の塊が顔面に押し当てられる。金属が噛み合う不気味なクリック音が室内に響いた。


「あ、が、っ……!」


 激痛が新之助の顔面を走った。仮面の内側に仕込まれた細い針が、耳の裏やこめかみの皮膚を深く貫き、経絡へと食い込んでいく。脳の奥が焼けるような熱感。遅効性の毒が、確実に自身の肉体へと注入されたことを、新之助は本能で理解した。視界は仮面の細いスリットによって通常の半分に制限され、息を吸うたびに錆びた鉄の味が喉を満たした。


「天剣宗の若旦那として死闘に勝てば、生き延びるための薬を与える。負ければ、お前の死体はそのまま谷底に捨てられるだけだ」


 宗十郎はそう言い捨てると、一本の美しく、しかし華奢な白銀の剣を投げ与えた。天剣宗の若旦那に代々受け継がれる宝剣、天剣「白雷(はくらい)」である。装飾過多で軽量なその剣は、毎日十二時間、鉱山で重い鶴嘴を振るってきた新之助の泥に汚れた手には、あまりにも軽すぎて重心が合わなかった。


「行け。断崖剣台(だんがいけんだい)がお前の戦場だ」


 背中を強く押され、新之助は白亜の城の崖から突き出た、不気味な円形の石舞台へと押し出された。周囲は底の見えない深い谷。激しい突風が常に吹き荒れ、足元を狂わせる。観衆席には、腕を組んで冷ややかに見下ろす宗十郎や長老衆が並んでいた。


 そして、対角線上に立つ男が、静かにその姿を現した。影魔門の若き刺客、影山小次郎(かげやまこじろう)。全身を闇に溶け込むような黒い軽装で包み、顔半分を布で覆ったその目は、飢えた野獣そのものだった。その手には、不気味に湾曲した、緑色の毒が塗られた刀が握られている。


「ふん、榊龍之介。決闘の恐怖で顔を隠したか? その錆びた鉄面は、己の涙を隠すためのものか」


 小次郎が、新之助を本物の若旦那と誤認して挑発の言葉を吐く。新之助は応える言葉を持たず、ただ仮面の下で荒い息を繰り返した。龍之介の声を模倣する余裕など、今の彼にはない。ただ、生き残らねばならないという「泥中生存の鉄則」だけが、彼の貧弱な精神を支えていた。


 手首が震える。名剣「白雷」を構えようとするが、内力(気の循環)を持たない奴隷の肉体では、天一剣法(てんいちけんぽう)の優雅な構えを再現することすらおぼつかない。剣先が小さく揺れ、それを見た小次郎の口元が、嘲りの形に歪んだ。


「無様な構えだな。天剣宗の天才が聞いて呆れる。死ね、榊家の血脈!」


 小次郎が突進した。その足運びは変則的で、大地の起伏を無視した高速の踏み込み。一瞬で間合いを詰めた小次郎の湾曲刀が、新之助の喉元を狙って鋭く突き出される。


「しまっ、――」


 新之助は反射的に白雷を持ち上げて防ごうとしたが、剣に気がこもっていないため、小次郎の刃の圧力に簡単に弾き飛ばされそうになった。手首に強烈な衝撃が走り、白雷の柄が手の平の中で滑る。


 切り裂く音が響いた。新之助の白絹の剣士服が破れ、右肩の肉が鋭く削り取られる。鮮血が白い布地を急速に赤く染めていく。激しい痛みが脳を突き刺したが、新之助は奴隷時代に培った生存本能で、声を上げる代わりに無様に後ろへと転がるようにバックステップを踏んだ。


「逃げ回るだけか、若旦那!」


 小次郎の追撃は容赦がない。二撃目の刃が風を切り裂き、新之助の胸元をかすめる。新之助は崖の端へと追い詰められていた。背後に一歩退けば、そこは底の見えない奈落の底。小石が足元から崩れ、遥か下の暗闇へと吸い込まれていく。


 右肩の傷口から血が流れ落ち、鉄仮面の締め付けによる激痛が、新之助の顔面からさらなる血を絞り出す。まともに戦えば、次の瞬間には首を撥ねられる。武功も、気の使い方も知らない。あるのは、這いつくばってでも生き延びるという、奴隷の執念だけだった。


 小次郎が、最後の一撃となるであろう第三撃の構えを取る。その湾曲刀の先端が、新之助の喉元へ向けて真っ直ぐに照準を合わせた。


 死が、眼前に迫っていた。その絶対的な死線の極限において、新之助の網膜の奥で、何かが静かに変異し始める。周囲の風の音が消え、小次郎の踏み出そうとする足首の角度、肩の筋肉の収縮、気の流動が、まるでスローモーションのように新之助の脳内に流れ込んできた。死線の中で、彼の「目」が、敵の動きを解剖し始めていた――。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!