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眼が盗む氷刃

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大演武場を支配する静寂は、皮膚を刺すような寒気によって、より一層張り詰めていた。数千人の天剣宗の弟子たちが息を呑み、固唾をのんで見守る中、新無赫(シン・ムカク)の前に立つ柳雪桜(リュウ・セツオウ)の姿が、一瞬にして揺らぎ、消えた。


「――飛雪剣法(ヒセツケンポウ)、『寒梅一閃』!」


 鋭い金属音が空気を引き裂くと同時に、雪桜の細剣『寒梅(カンバイ)』が、目にも留まらぬ速さで新無赫の喉元へと突き出された。その軌道は、風に舞う一片の雪のように不規則でありながら、寸分の狂いもなく急所を狙っている。彼女の体内から放たれた極寒の真気が、大理石の床に薄い霜の膜を広げていく。


 新無赫は動かなかった。いや、動けなかった。彼の顔面を覆う『黒鉄の仮面(コクテツノ・カメン)』の裏側で、冷や汗が傷口に染み込んで激しい激痛を呼び起こす。首元の起爆針が、彼の皮膚を冷たく威圧していた。一歩でも天剣宗の直系にふさわしくない「奴隷の泥臭い動き」を見せれば、あるいは仮面を外そうとすれば、針は一瞬にして彼の脳を破壊する。それが『鉄仮面回避規律(テッカメン・カイヒキリツ)』という、彼を縛る絶対の死の掟だった。


(避けるな。天剣宗の若家督として、優雅に、そして傲慢に受け流せ)


 新無赫は左手に握った『天剣の鞘(テンケンノ・サヤ)』を、静かに斜め前方へと掲げた。右手は、約束通り背後に回したままだ。剣を抜かず、片手と鞘のみで、柳家の天才少女が放つ必殺の氷刃を防ぐ――観客席で見つめる宗主・司馬烈(シバ・レツ)の冷酷な眼光が、新無赫の背中に突き刺さっていた。これは単なる決闘ではない。彼の正体を暴くための、冷酷な『柳雪桜の偽物鑑定戦(リュウ・セツオウノ・ニセモノカンテイセン)』なのだ。


 キィン!


 極寒の剣先が、黒鉄の鞘の側面に衝突した。激しい火花が散り、氷の真気が鞘を伝って新無赫の左腕へと侵入してくる。腕の筋肉が一瞬で凍りつき、感覚が麻痺しそうになる。雪桜の剣は止まらない。彼女は新無赫の防具(鞘)の隙間を縫うように、さらに鋭い突きを連射してきた。その動きは、まるで白い嵐のようだった。


「やはり、駿(シュン)様ではありませんね」雪桜の澄んだ声が、剣風の奥から響く。「以前のあなた様なら、最初の一撃で腰を抜かしていたはず。その無駄のない身のこなし、どこで盗み見られたのですか?」


 新無赫は答えず、ただ仮面のスリットの奥で瞳孔を極限まで見開いた。彼の脳髄が、極限の死線において異能を覚醒させる。


(万象眼(バンショウガン)、起動――)


 その瞬間、世界が静止した。周囲の時間の流れが十倍遅く引き伸ばされた知覚世界の中で、新無赫の視界は一変した。雪桜の白い武服が透き通り、彼女の肩から手首にかけての筋肉の収縮、呼吸の深さ、そして経絡(ケイラク)を流れる青白い『極寒清心功(ゴッカンセイシンコウ)』の真気の流れが、鮮やかな光の路線図となって完全に「視覚化」されたのだ。


 彼女が次に剣を引くタイミング、そして次に突きを放つためにどの筋肉を収縮させるかが、コンマ数秒前に新無赫の脳内へと直接流れ込んでくる。風を切り裂く剣の「死角」が、青白い真気の淀みとして不気味に浮かび上がっていた。


(見える。彼女の真気の巡り、呼吸の間隔、すべてが私の眼の中に流れている)


 しかし、見るだけでは防ぎきれない。彼女の剣はあまりにも速く、そして自身の肉体は、昨夜の修行による内傷でボロボロだった。新無赫は、丹田(タンデン)の底で静かに眠る『無名呼吸法(ムメイ・コキウホウ)』の温かい真気を強引に引き出した。そして、自身の経絡のルートを強引に変形させ始めた。他派の技を、自身の肉体で即座に再構成する自傷性の技術――『鉄面流・百家模倣(テツメンリュウ・ヒャッカモホウ)』の発動だった。


 ミシ、ミシ、と新無赫の体内で、経絡が引き裂かれるような不気味な音が響いた。異なる性質の冷たい真気を強引に流したことで、彼の『経絡開通限界(ケイラク・カイツウ・ゲンカイ)』は一瞬にして限界を超え、全身の血管が沸騰するような激痛が襲う。仮面の下の顔面が歪み、喉元までせり上がってくる血を、彼は歯を食いしばって飲み込んだ。


(模倣適合率(モホウ・テキゴウ・リツ)――三十パーセント、五十パーセント、七十パーセント……!)


 新無赫の左腕を流れる真気が、天剣宗の青白い光から、雪桜と同じ極寒の青い光へと変化していく。彼は、彼女が次に放つ『飛雪千斬(ヒセツセンザン)』の軌道上に、先回りして黒鉄の鞘を置いた。


 ガガガガガン!


 演武場の中央で、目にも留まらぬ激しい衝突音が連続して響き渡った。雪桜が放った数十発の突きが、すべて新無赫の持つ『天剣の鞘』の一点によって正確に弾き落とされていく。彼女の剣が空気を切り裂くたびに、新無赫はその剣の「風の流れ」を模倣し、最小限の動きで彼女の刃を滑らせて受け流した。


「なっ……!?」


 雪桜の澄んだ瞳が、驚愕に見開かれた。彼女の必殺の連撃が、ただの「鞘」によって、しかも彼女自身の剣技の呼吸に完全に同調(シンクロ)する形で無効化されたのだ。新無赫は、彼女の呼吸の「引き際」を万象眼で完全に先読みしていた。


 雪桜が最後の一撃を放つため、大きく剣を引いた瞬間。新無赫の体内で、模倣した極寒の真気と、彼自身の『無名呼吸法』の真気が融合した。彼は、彼女自身の技の「風の流れ」を模倣した突きを、鞘の先端から放った。


 キィィィン!


 凄まじい衝撃波が演武場に吹き荒れ、雪桜の『寒梅剣』が大きく弾き飛ばされた。彼女の美しい肉体は、三歩後退し、大理石の床の上で辛うじて踏みとどまった。彼女の手首は小刻みに震え、その瞳には、目の前の「偽物」に対する底知れぬ恐怖と、武人としての深い驚愕が宿っていた。


 周囲の観客席から、地鳴りのようなざわめきが沸き起こる。宗主・司馬烈が、玉座から半身を乗り出し、その鋭い眼光を新無赫へと向けていた。


 新無赫は、片手を背後に回したまま、静かに鞘を腰に収めた。その佇まいは、非の打ち所がないほど傲慢な天剣宗の若家督そのものだった。しかし、その瞬間、彼の体内で、強引に変形させた異なる経絡の流れが、怒濤となって激しく衝突した。


(ぐっ……経絡が、裂ける……!)


 走火入魔(ソウカニュウマ)の一歩手前の衝撃が、彼の内臓を直撃した。新無赫は、喉元まで一気にせり上がってきた大量の血を抑え込もうとしたが、その限界を超えた肉体は耐えきれなかった。


 ポタ、ポタ……。


 黒鉄の仮面の下、顎の鋭い隙間から、一筋の不気味な黒い血が流れ落ち、白い大理石の床の上へと静かに滴り落ちていった。

HẾT CHƯƠNG

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