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牙を剥く鉄血の奇襲

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頭上から降り注ぐ矢の雨は、黒木林の鬱蒼とした梢を切り裂き、鋭い風鳴りを上げて襲いかかってきた。葉を散らし、湿った泥を穿つ無数の矢。その猛威のただ中で、新無赫の視界は、時間の流れが極限まで引き伸ばされた『万象眼』の青白い光に支配されていた。


 一矢、また一矢。放たれた矢が描く軌道が、青白い真気の残滓となって虚空に浮かび上がる。新無赫は丹田の底に残る微弱な真気を『仮面偽装』へと回し、自身の気配を完全に周囲の湿った闇へと同化させた。彼は天剣宗の正統な剣技で矢を払うような愚行は犯さなかった。活血散の反動で経絡に深刻な亀裂が入っている今の肉体で、無駄な内力を消費すれば、その瞬間に気脈が破裂する。


 彼はただ、最も近くにある巨大な黒い大木の幹の影へと、滑り込むように身体を投げ出した。一切の無駄を省いた、生存のためだけの泥臭い身のこなし。直後、彼が先ほどまで立っていた地面に、三本の極毒の矢が深く突き刺さり、湿った腐葉土がじゅっと黒く焦げた。


「若家督、危ない!」


 張平の叫び声が響いたが、新無赫はすでに大木の影で息を潜めていた。その時、すぐ近くで名剣『寒梅』を構えていた柳雪桜の双眸が、鋭く新無赫を射抜いた。彼女の『極寒清心功』の澄んだ真気が、驚愕によって一瞬だけ不規則に揺らぐ。


(……今の動きは何? 華麗な天剣宗の歩法ではない。まるで泥を這いずり回る野良犬のような、だが極限まで最適化された生存の身のこなし……)


 雪桜の心に、目の前の「司馬駿」が偽物であるという確信が、冷たい楔のように深く打ち込まれた。しかし、その疑惑を追及する猶予を、黒木林の死線は与えなかった。


「天剣宗の腑抜けどもが! 逃げ惑う姿はまるで家畜だな!」


 崖の上から、地響きのような哄笑が轟いた。狼の毛皮を肩に羽織り、顔に大きな十字傷を持つ精悍な男――鉄血門の先遣隊長、牙狼が、崖上から猛然と跳躍してきた。大柄な体躯が、重力を無視したような不気味な加速を伴って、新無赫たちの目の前へと着地する。泥水が激しく跳ね上がり、周囲の大木が彼の放つ狂暴な殺気に震えた。


 牙狼の右手には、刃が鋸のように不規則に波打つ赤錆びた大刀『狼牙』が握られていた。その刃先から立ち上るのは、陽炎のように空気を歪める熱い真気――鉄血門特有の『赤陽経気』の熱風だった。


「若家督の首を獲り、天白鉄の鉱山を我が鉄血門のものとする! 死ねぃ!」


 牙狼の身体が、一瞬にして獣のように前傾した。次の瞬間、彼の放った『狼牙連斬』が、新無赫の退路を断つように、不規則かつ猛烈な軌道で襲いかかってきた。鋸刃が空気を引き裂くたびに、熱い風が新無赫の鉄仮面の表面を焼き焦がすように吹き抜ける。


 新無赫は、司馬駿の華美な細剣を引き抜き、天剣宗の正統な突き技『天剣九式』を演じながらこれを受けようとした。細剣を突き出し、牙狼の喉元を狙う。だが、牙狼は「野獣の呼吸」と呼ばれる急激な上半身の反らしによって、新無赫の突きを紙一重で回避した。それどころか、牙狼は避けると同時に大刀を斜め下から振り上げ、新無赫の細剣の側面を強打した。


 キンッ! と、耳を劈く硬質な金属音が響く。刃の強度の圧倒的な差。天白鉄の細剣は、牙狼の放つ熱い真気の衝撃に耐えかね、その刃先に微細な、だが致命的な刃こぼれが生じた。衝突の衝撃が新無赫の右腕の経絡を駆け抜け、ただでさえ亀裂の入っていた気脈が悲鳴を上げる。仮面の下で、新無赫は喉元までせり上がってきた熱い血を、奥歯を噛み締めて強引に飲み下した。


(くっ……まともに打ち合えば、この剣も私の肉体も持たない。だが、この男の真気……)


 新無赫は退きながら、仮面のスリットの奥で『万象眼』を極限まで見開いた。視界が青白く反転し、牙狼の分厚い胸板が透き通る。その内部を流れる、炎のように赤く太い真気の循環ルート。特に、彼が呼吸を吸い込むたびに、胸骨が大きく広がり、肺の周囲の経絡が急速に熱エネルギーを練り上げていくプロセスが、新無赫の脳裏に完璧な「路線図」として描き出されていく。


(これが鉄血門の……『赤陽経気・基礎呼吸』。吸う息を短く、胸の奥で真気を激しく摩擦させ、体内で熱を爆発させる。見える、その気脈の通り道がすべて……!)


 新無赫は自身の経絡を、その赤い気流の波長へと強引に適合させようと試み始めた。肺の奥が、まるで熱い炭を飲み込んだようにじりじりと焼け付く。自傷を伴う模倣の激痛が彼を襲うが、彼はその呼吸のタイミングを、自身の肉体に一寸の狂いもなく記憶させていった。


 その時、戦況が急変した。牙狼の放った『狼牙連斬』の余波が、新無赫の隣で戦っていた柳雪桜を襲ったのだ。彼女は『極寒清心功』の冷たい真気で防壁を張っていたが、牙狼の野獣のような圧倒的な真気の質量と、隘路という狭い地形の不利が、彼女の美しい身のこなしを制限していた。


 牙狼の大刀が、強烈な熱風を伴って雪桜の『寒梅』を叩きつけた。硬質な衝突音と共に、雪桜の白い武服の袖が熱気で焦げ、彼女の防御姿勢が完全に崩される。寒梅剣が大きく弾かれ、雪桜の無防備な胸元に向けて、牙狼の鋸刃が容赦なく振り下ろされた。


「これで終わりだ、柳家の小娘!」


 雪桜の澄んだ瞳が、迫り来る死の刃を前にして、絶望に微かに揺れた。誰もが彼女の死を確信した、その一瞬。


 新無赫の肉体が、自身の経絡の痛みを完全に無視して動いた。彼は手にした細剣を、ためらうことなく牙狼の刃の軌道上へと投げ打つように突き出した。自身の細剣を盾にし、雪桜の身体を左腕で強引に背後へと引き込む。


 直後、牙狼の重い鋸刃『狼牙』が、新無赫の突き出した細剣の刃を真っ向から捉えた。


 凄まじい金属の破壊音が、黒木林の暗闇に響き渡る。司馬駿の象徴であった、あの華美な天剣宗の細剣は、牙狼の圧倒的な質量と赤陽の熱い真気の前に、耐えきることなく真っ二つに叩き折られた。飛び散る刃の破片が、新無赫の鉄仮面の冷たい表面を激しく叩き、激しい火花がスリットの奥で散った。


「若家督!」張平の悲鳴のような叫び声が響く。


 新無赫は武器を完全に失い、右腕には熱風による軽度の火傷と、刃の破片による裂傷を負っていた。だが、彼は一歩も退かなかった。折れた剣の柄を捨てた新無赫は、仮面のスリットの奥で、不気味なほど青白く光る瞳を、牙狼の十字傷の顔へと真っ直ぐに向けた。

HẾT CHƯƠNG

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