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大アンカー計画、不屈の鍛錬

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「特許魔導回路複製禁止則違反――すなわち、帝国に対する国家反逆罪だ」


マルクス・フィッシャーの冷酷な宣告が、カウフマン・ジャンク商会の薄暗い店内に重々しく響き渡った。ハルト・ウェルナーは、特許無効化デバイスの放つ『特許縛鎖魔導』の青い波動に右足をロックされ、床に片膝をついたまま、冷や汗を流していた。断端の熱傷が床に擦れて激しく疼き、左手の甲に現れた極微小な真鍮結晶がチリチリと熱を帯びている。


だが、ハルトの煤けた防塵ゴーグルの奥にある瞳は、冷徹な計算を止めていなかった。彼の『重力共鳴(チクタク・センス)』は、マルクスが手にするデバイスのジャミング周波数を正確に捉えていた。帝国の標準規格である『三相魔導ループ』――それは魔力の循環を阻害するが、物理的な調和を止めることはできない。


「無駄な抵抗はやめなさい、ハルト」マルクスが冷ややかに笑い、作業台の上の『アイゼン・ボルト』の設計図へ手を伸ばす。「この未認可の設計図は没収する」


「……特許法第十二条、魔導回路の定義を忘れたか、監査官」


ハルトは低く、しかし明瞭な声で言い放った。マルクスの手が止まる。


「何だと?」


「その設計図に描かれているのは、魔力を循環させる回路じゃない。純粋な物理的ギヤ比率による『素数調和』の機構だ。お前のその高価な玩具が感知しているのは、ジャンクの山から出る磁気ノイズに過ぎない。このアンカーは特許法の定義する『魔導回路』には該当しない。ただの真鍮の楔だ。お前にそれを没収する法的権限はない」


ハルトは言葉を紡ぎながら、義足の内部で古代の調律パターンを物理的にバイパスさせ、ロックを強制解除するための同調を進めていた。カチ、チク、タク……。脳内で同期完了の秒針音が響く。


「屁理屈を……! 捕らえろ!」


マルクスが激昂し、査察兵たちに突撃を命じた。その瞬間、ハルトはカウンターの影にいるジャンク屋の主、ユーリ・カウフマンへ鋭い視線を送った。


「ユーリ、今だ!」


「ちくしょう、乗ったぜ!」


ユーリがカウンターの下の隠しレバーを力任せに引く。天井に設置されていた廃棄機械回収用の大型蒸気クレーンが、けたたましい金属音を立てて暴走した。アームが旋回し、山積みにされていた鉄屑や巨大な真鍮ギヤが、突入してきた査察兵たちの頭上へと崩れ落ちる。


「うわああ!」


「何事だ!」


混乱の隙を突き、ハルトはロックの解除された義足を踏み込み、エルザ・クラウスの手を引いて店外へと飛び出した。背後でマルクスが「追え! 逃がすな!」と叫ぶ声が聞こえたが、ハルトたちは闇市場の迷路のような廃坑道へと滑り込み、追跡の網を完全に振り切った。揉み合いの際、設計図の右端が破れ、マルクスの手元に残ってしまったが、核心的なギヤ比率はハルトの脳内に刻まれている。



深夜、事故発生から約八時間が経過しようとする頃。ハルトとエルザが、意識を失ったままのエリィを連れて身を寄せたのは、下層の炭鉱夫たちが共同生活を送る無骨な鉄筋コンクリート製の宿舎『黒鉄荘』だった。


建物の壁がメリメリと不気味な音を立てて軋んでいる。アイゼンシュタットの地盤沈下はさらに進行し、東側居住区の一部が今にも「虚無の谷(アビス)」へと崩落しようとしていた。窓の外では、不規則な重力変動によって瓦礫が空へと吸い上げられ、あるいは奈落へと滑り落ちていく絶望的な光景が広がっている。


「街の寿命はもう数時間もねえ」ロルフ・アイヒャーが、黒鉄荘の広間で太い拳を握りしめ、悔しげに床を叩いた。「帝国管理局の奴らは、俺たちをバラスト(重し)としか思ってねえ。このまま全員、虚無へ落ちるのを待つだけなのか」


「いや、方法はある」


ハルトは、破れた設計図の残りをテーブルの上に広げた。集まった炭鉱夫たちと、街の老鍛冶職人オットー・マイヤーが、その図面を凝視する。


「これが『大アンカー計画』だ。クロードが遺した初期型重力アンカーをベースに、この街の地盤を繋ぎ止めるための簡易重力アンカー『アイゼン・ボルト』を急造する。これを街の最も強固な岩盤に打ち込み、地底の古代遺跡のエネルギーと直接同期させるんだ。帝国の特許法なんて知ったことか。街を救うには、これしかない」


オットーが無骨な手で白髭をなで、赤い火の粉が散るような鋭い目をハルトに向けた。


「ジレ・ブラスのインゴットなら、ユーリが裏ルートで俺の鍛冶場に届けてくれた。だがハルト、この規模のアンカーを鍛え上げるには、ただの火じゃ足りねえ。金属に重力波を記憶させるには、極限の同調が必要だぞ」


「俺がやる」ハルトは自身の真鍮の義足を見つめた。「俺の義足の出力を、オットーの鍛錬に同期させる。どんな重力ノイズが来ようと、俺が分子レベルで調律してみせる」


「……よし、乗った。下層の鍛冶屋の意地、帝国のエリートどもに見せてやる!」


オットーの力強い宣言とともに、職人たちは深夜の鍛冶場へと移動した。



オットーの鍛冶場は、巨大な炉が吐き出す真っ赤な熱気と、石炭の煙で満ちていた。坩堝の中では、粗製重力石の粉末を混ぜ込んだ特殊真鍮合金『ジレ・ブラス』が、ドロドロと黄金色のマグマのように融解している。ハルトは炉の前に立ち、義足を固定して深く呼吸した。


しかし、作業が始まった直後、突如として周囲の空気が急速に冷え込み、気圧が低下した。街の地盤沈下による重力異常が、熱の対流すらも歪め始めたのだ。坩堝の中の融解金属の温度が急激に下がり、表面が灰色に凝固し始める。


「温度が下がりやがる! このままじゃ鋳造が失敗し、ただの真鍮屑になっちまう!」オットーが焦りの声を上げた。


「させるか……!」


ハルトは義足『バラスト・プロトタイプ』の側面にあるバルブを締め、内部の圧力を臨界まで高めた。そして、義足のメインボイラーから噴き出す超高圧の排気熱を、炉の給気口へと直接流し込む『過負荷制御プロセス』を強行した。


「シューーーー!」と激しい蒸気音が響き、炉の温度が一気に跳ね上がる。だが、その熱と反動は、ハルトの右足断端を容赦なく焼き、激痛が脳を揺さぶった。


「叩け、オットー!」


「おおおお!」


オットーが巨大なハンマーを振り下ろす。その打撃が金属に触れる一瞬の刹那、ハルトは自身の『真鍮の調律ハンマー』を重ねるように叩きつけた。金属分子の周波数を微調整する『質量相殺鍛錬法』の起動。打撃のたびに、青い光の粒子が火花とともに美しく舞い散り、金属自体が金敷の上でわずかに浮遊する。


しかし、自然の重力異常はさらに激しさを増した。空間の歪みが鍛冶場を襲い、不協和音の重力波が融解金属へと干渉する。金属がハルトの調律を拒絶するように激しく振動し、オットーが使っていた予備の鉄ハンマーが、その共鳴反動によって粉々に砕け散った。


「くっ、魔力が……足りない……!」


ハルトの体内のエーテルが底を突きかけ、彼の左足の爪先が「チチチ」と軋み始めた。皮膚が冷たい真鍮の結晶へと急速に変色していく。重力病中期の兆候――全身を貫くような結晶化の激痛に、ハルトの膝が折れそうになる。


「ハルト、一人で背負うな!」


ロルフが叫んだ。彼の合図とともに、黒鉄荘から駆けつけた屈強な炭鉱夫たちが一斉に炉の前に並んだ。彼らは交代で、高圧石炭(コークス)を炉へと全力で投げ入れ、自らの汗と肉体から生み出される「人力の熱量」で炉の火力を物理的に維持し始めた。人の絆が、自然の歪みを力ずくで補う。


「叩け、オットー! 仲間が繋いでくれた火だ!」


ハルトは結晶化していく左足を踏み締め、歯を食いしばって調律ハンマーを振り下ろし続けた。金属の鼓動を聴き、オットーのハンマーの軌道を自身の義足の質量可変で補正する。カチ、チク、タク、カチ、チク、タク――。


そして、深夜の闇を切り裂くような最後の一撃が放たれた。


金敷の上で、まばゆい青い光を放つ、巨大で無骨な真鍮の楔がその姿を現した。物理的な強度と、完璧な重力伝導率を記憶した、簡易重力アンカー『アイゼン・ボルト』の完成だった。職人たちの間に、泥まみれの歓声が沸き起こる。


しかし、ハルトが安堵の息を吐き、崩れ落ちるように膝をついたその瞬間だった。


ゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!


地底の底から、これまでの地鳴りとは明らかに異なる、不気味な超高周波の振動がアイゼンシュタット全体を襲った。ハルトの『重力共鳴』に、鼓膜を突き破るような巨大な秒針音が「チクタクチクタク」と超高速で響き渡る。


「この振動……まさか、中央重力塔か!?」ロルフが窓の外を見つめ、目を見開いた。


「ゲルハルトの野郎、マザー・コアの最終引き抜きを開始しやがった……!」ハルトは、結晶化した左足の激痛に耐えながら、崩壊を始めた天井を見上げた。東側居住区の完全崩落まで、もう三十分も残されていない。

HẾT CHƯƠNG

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