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廃寺の決戦、鉄槌を砕く一閃

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死の風が、廃寺の煤けた天井を吹き飛ばさんばかりに荒れ狂っていた。


「無内力のゴミめ、その頭蓋を叩き潰してやる!」


 黒岩剛造の咆哮は、本堂の薄暗い空間を物理的に震わせるほどの威圧感を孕んでいた。振り下ろされる「鬼狩りの大鉄槌」は、内力による肉体硬化「金剛鉄骨功」の青銅色の輝きを放ち、空気を圧縮して凄まじい暴風の壁を作り出している。その一撃の直撃を受ければ、生身の肉体など一瞬で挽肉と化すだろう。


 同時に、氷刃の斎藤が放った「氷河剣・凍てつく刃」の極寒の剣気が、床板を白く凍らせ、蓮の足元を完全に奪っていた。内力を持たない蓮にとって、滑る氷の上で姿勢を制御することは極めて困難であり、通常の「無声歩法」による死角への踏み込みは封じられている。剛造はまさに、蓮が回避行動を取れないことを見越して、必殺の鉄槌を最短距離で振り下ろしてきたのだ。


 絶体絶命の絶壁の淵で、御子神蓮の思考は驚異的な速度で研ぎ澄まされていた。


(滑る氷の上で避けることはできん。ならば――避けるのをやめるだけだ)


 蓮は左手で、腰に下げた「鉄心の頑丈な鞘」を強く握り締めた。寒鉄鉱が極限まで配合されたその鞘は、内力の一滴すら練り上げられない蓮の腰に、千斤もの重石のような凄まじい物理的負荷を強いていた。一歩動くだけで、体幹の骨格が悲鳴を上げる。しかし、それと同時に、鞘から染み出す極低温の冷気が、陣内との死闘で広範囲に断裂した右腕の筋肉の激痛を、麻痺という名の慈悲で一時的に覆い隠していた。


 蓮は、かつて慧海から授けられた身体操作「骨脈通気」の感覚を呼び覚ます。自身の意識を経絡から完全に排し、全身の「骨格」へと集中させた。右肩甲骨を背中の中心へと限界まで引き寄せ、骨盤を微かに前傾させ、膝関節を強固な鋼のバネのように噛み合わせる。全身の骨を一本の鎖のように連動させ、大地の反発力を左足から体幹、そして右肩へと一気に伝導させる。内力という目に見える光の力はない。だが、自身の肉体を極限まで収縮させたバネそのものへと変貌させる、泥臭くも圧倒的な物理的エネルギーがそこにあった。


 剛造の巨大な鉄槌が、蓮の額のわずか数寸上にまで迫る。剛造の瞳には、すでに蓮の頭蓋が砕け散る光景を幻視したかのような、下卑た悦楽の笑みが浮かんでいた。彼は蓮を「内力のない罪人」と侮り、自慢の硬気功に頼り切って、防御を一切考慮せずに力任せに振り下ろしている。


 ――その瞬間こそが、最も防御の薄い、唯一の死角だった。


「……引け」


 蓮の鉄仮面の奥から、絶対的な「死」の静寂を孕んだ呟きが漏れた。血のように赤く染まった左目が、鉄槌の描く直線的な軌道を正確に捉える。


 蓮の左手が、特製の鞘の中で摩擦熱を限界まで高めていた折れた蒼天剣の柄を、逆手で一気に引き抜いた。


 ――キィィィィィンッ!


 鼓膜を突き破るような、極めて鋭く高い金属摩擦音が本堂に響き渡った。寒鉄鉱を配合した鉄心の鞘の内部で、錆びついた折れ剣の刃が超高速で擦れ合い、音速を超える摩擦熱が発生する。鞘の口から、微かな白い煙と青白い火花が爆発的に吹き出した。内力を一切使わず、骨格の軋みと筋肉の瞬間的な爆発力だけで放たれる、技術的極致――「抜刀無内力」。


 その初速は、鉄心の鞘の摩擦吸収力によって通常の二倍へと加速されていた。剛造が蓮の気の動きを感知して防御壁を展開するよりも早く、光すら置き去りにする一筋の残光が、空間を横一文字に切り裂いた。


 ギィィ、と鈍い音が響く。次の瞬間、剛造が振り下ろしていた「鬼狩りの大鉄槌」の極太の柄が、蓮の頭上で綺麗に両断されていた。両断された巨大な鉄槌の頭部が、蓮の鼻先をかすめて床に落下し、ドォォォンと廃寺全体を揺らす凄まじい地鳴りを立てて本堂の床板を粉砕した。


「な、にっ……!?」


 剛造の笑みが凍りついた。彼の手元に残されたのは、虚しく切り裂かれた柄の残骸だけだった。しかし、蓮の「瞬刻・抜刀斬り」は、それだけでは終わらなかった。音速を超えた錆びた刃は、鉄槌の柄を両断した勢いのまま、剛造の右腕へと吸い込まれていく。


 剛造は本能的に「金剛鉄骨功」の気を右腕に集中させ、皮膚を青銅のように硬化させて刃を受け止めようとした。だが、蓮が放ったのは、内力を持たないがゆえに気の障壁に干渉されない、純粋な「質量と速度の物理的衝撃」だった。硬気功による気の盾は、蓮の刃の軌道を一瞬たりとも遅らせることはできなかった。


 ピシィッ、と硬いガラスが割れるような音が剛造の右腕から響いた。錆びた折れ剣の刃が、硬化した皮膚を強引に切り裂き、その奥にある太い骨を激しく軋ませる。


「が、あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」


 剛造が凄絶な悲鳴を上げて後退した。彼の極太の右腕からは、どす黒い鮮血が噴き出し、本堂の溶けた氷の水を赤く染めていく。鉄槌を失い、右腕に深い傷を負った剛造の巨体が、信じられないものを見るかのように大きく揺らいだ。


「剛造!」


 後方で静観していた氷刃の斎藤の顔から、余裕の笑みが完全に消え失せた。彼は「氷晶の細剣」を構え直し、鋭い眼光で蓮の動きを観察し始める。蓮が内力を持たないまま、長老級の剛腕を誇る剛造の武器を破壊し、その肉体を傷つけたという事実は、彼らにとって理解を超えた怪異そのものだった。


 しかし、勝利の代償は蓮の肉体に即座に支払われていた。


「うっ……がはっ!」


 蓮は激しく膝をつき、口から大量の血を吐き出した。特製の鞘の摩擦に耐え抜いたものの、内力なしでの超高速抜刀の凄まじい反動が、彼の右腕の筋肉を再び微細に断裂させ、右肩の骨にピキリと不気味なヒビを入れるような激痛を伴って襲いかかっていた。右腕は完全に感覚を失い、だらりと垂れ下がっている。鉄心の鞘の重さが、鉛のように彼の腰にのしかかり、息をするだけで肺の粘膜が焼けるように痛んだ。


「蓮……!」


 背後で、般若心経功の過剰使用により激しく吐血した慧海が、かすれた声で蓮の名を呼んだ。老僧の生命力はすでに限界に達しており、彼を今すぐこの場から避難させなければならないことは明白だった。しかし、廃寺を包囲する執法弟子たちの足音は、さらにその包囲網を縮めつつある。


 剛造は右腕を抑え、苦痛に顔を歪めながらも、血走った瞳で蓮を睨みつけた。


「おのれ、大逆人のゴミめが……! よくも俺の右腕を……! 斎藤、遊んでいる暇はない! 奴を今すぐ八つ裂きにしろ!」


 斎藤は無言で頷き、細剣の先を蓮へと向けた。彼の周囲の空気が、再び極低温へと低下し始める。蓮は動かない右腕を抱え、左手だけで折れた蒼天剣を握り直したが、全身の骨格が軋み、次の抜刀を放つ余力はほとんど残されていなかった。


 その時だった。


 バリバリと、廃寺の古い本堂の崩壊しかけていた壁が、不気味な音を立てて内側から完全に粉砕された。


 舞い散る木片と土煙の向こうから、一人の男がゆっくりと姿を現した。その男は、ギザギザとした鋸状の異形の太刀「骨喰いの鋸太刀」を肩に担ぎ、全身から血生臭い匂いと、底知れぬ禍々しい殺気を放っていた。


「――おいおい、剛造。長老級の面汚しが、たかが無内力の小僧一人に武器を壊されて泣き言を言っているのか?」


 男の不敵な笑い声が、崩壊した本堂に響き渡る。その姿を見た瞬間、慧海の澄んだ瞳に、かつてない激しい動揺の光が走った。


「……骨喰いの、十兵衛……」


 慧海が血を吐きながら呟いたその名は、雷蔵直属の非情なる暗殺隊長であり、敵の骨を砕くことを至上の喜びとする狂気の処刑人のものだった。十兵衛が担いだ鋸太刀から放たれる、肉を削ぎ骨を砕く凄絶な殺気が、満身創痍の蓮と、無防備な慧海の行く手を完全に塞ぐようにして迫り来るのだった。

HẾT CHƯƠNG

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