Nhạc nềnLaid_Back3

完璧な少女の、泥だらけの裏の顔

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

暮れなずむ県立南高校の放課後は、どこか寂寞とした空気に満ちている。新校舎から響く吹奏楽部の不揃いな音階が、冷たい秋風に乗って旧校舎のひび割れた窓ガラスを震わせていた。校内の大半の生徒が下校の途につき、人影の途絶えた旧校舎の渡り廊下を、二つの影が静かに進んでいく。


「洗川先輩……本当に、ここにあるんでしょうか」


 佐藤陸が、寒さに身を縮めながら囁いた。その胸元には、昨日完璧に洗い上げられた真っ白な体操服が大事そうに抱えられている。新雪のような白さとほのかな石鹸の香りは、彼が手に入れた小さな自信の証でもあった。


「ポストのメモには、そう書いてあった。旧校舎二階、東側ベランダの最奥」


 洗川惣介は無表情のまま、猫背の背中を少し丸めて歩く。制服のポケットに突っ込まれた彼の両手は、連日の冷水仕事と強アルカリ性のセスキ炭酸ソーダの脱脂作用によって、痛々しいほど赤くひび割れていた。時折、皮膚の裂け目から微かににじむ血が、ズボンの布地に擦れて小さな痛みを訴える。だが、惣介はその痛みを無視し、ただ前方に視線を固定していた。


 東側ベランダは、老朽化による手すりの腐食を理由に、普段は立ち入り禁止となっているエリアだ。錆びついた南京錠がかけられた鉄扉の前に着くと、惣介はポケットから、顧問の霧島先生から「失くしたことにしている」として渡された予備の鍵束を取り出した。小さな真鍮の鍵を鍵穴に差し込み、静かに回す。カチャリ、と重い金属音が響き、扉がゆっくりと開いた。


 ベランダへ一歩踏み出すと、湿ったコンクリートの匂いと、吹き抜ける強風が二人を襲った。足元には雨水が溜まり、どんよりとした雲が夕日を覆い隠そうとしている。


「……あ、先輩。あそこです」


 陸が指差した先、ベランダの最も暗い隅、錆びた配水管の影に、雨水を含んでふやけた茶色い紙袋がひっそりと置かれていた。まるで、誰の目にも触れたくないと願うように、深く泥の跳ね返りを浴びて佇んでいる。


 惣介は無言で近づき、膝をついた。ふやけた紙袋の持ち手は、持ち上げるだけで千切れてしまいそうだった。彼は両手で袋の底を支えるようにして静かに抱え上げた。ずっしりとした重みと、ウール特有の湿った獣臭、そして鼻を突くドブのような泥の匂いが、ふやけた紙の隙間から漏れ出してくる。


「回収した。戻るぞ」


「はい……」


 二人は足早にベランダを後にし、鍵を締め直すと、夕闇が迫る家庭科準備室へと滑り込んだ。鍵をかけ、遮光カーテンを引いて、室内に一灯だけの裸電球を灯す。部室の最奥に鎮座する業務用洗濯機「ブルー・スワン号」が、言葉を持たない五人目のメンバーのように、静かに二人を迎えた。


 惣介は作業台の上にふやけた紙袋を置き、慎重にその口を開いた。中から引きずり出されたのは、仕立ての良い、濃紺の南高校指定セーラー服だった。


「これ、は……」


 陸が息を呑んだ。胸元に縫い付けられた校章入りの名札。そこには、流麗な刺繍で『立花麻衣』と刻まれていた。全校生徒が憧れ、教師たちからも絶大な信頼を寄せられる、非の打ち所がない完璧な生徒会長。その彼女の制服が、今、惣介の荒れた両手の中にあった。


 だが、その制服の惨状は、見る者の言葉を失わせるのに十分だった。セーラー服の背中全体、そして両袖の袖口にかけて、生々しい黒泥がべっとりと付着している。それだけではない。生地の表面には、何か硬いものに強く擦り付けられたような、ウール特有の毛羽立ちと、繊維が引きちぎれかけた摩擦痕が深く刻まれていた。


「……ひどい汚れだ」


 惣介は目を細め、制服の襟元に顔を近づけた。彼の指先が、セーラーの生地の端を「スッ」と滑らせる。タッチ・プロファイリング――指先の皮膚を通して、繊維の呼吸を読み取る技術。ウール八5%、ポリエステル一5%の上質な混紡。だが、生地は水分を吸って異常に重くなり、繊維の奥深くまで泥の微細な粒子が侵入している。


「校庭の泥じゃない」


 惣介は呟き、泥の色調と匂いを確認した。シミ・リーディング――汚れの色、硬さ、匂いから、その『履歴書』を読み解く能力。


「この泥は、鉄分が少なくて腐葉土の匂いが強い。学校のグラウンドの黒土ではなく、商店街の外れにある、あの薄暗い『児童公園』の粘土質の泥だ。付着してから約四十八時間が経過している。泥水が繊維の奥で乾燥し、ウールの油脂成分と結合して固化し始めている」


「児童公園……? なんで生徒会長が、そんなところに……」


 陸の疑問に答えるように、惣介の指先がセーラーの胸元、そして襟の裏側へと移動した。そこには、泥汚れとは異なる、不自然な白い輪郭(リング)が点在していた。水分が蒸発し、繊維の表面に微細な結晶となって残された、小さな円形のシミ。


「……これは、涙だ」


 惣介の声が、準備室の静寂に低く響いた。


「涙……ですか?」


「ああ。涙に含まれる塩分と脂質が、ウールの繊維に染み込み、乾燥してリング状のシミになっている。この位置と、背中全体の泥の付き方……。彼女は夜、誰もいない公園のブランコに座り、限界まで強く漕いでいた。自暴自棄になって、暗闇の中で泥水を浴びながら、一人で泣いていたんだ」


 陸はセーラー服を見つめたまま、言葉を失った。完璧な優等生、誰もが平伏する生徒会長の、泥だらけの裏の顔。彼女の制服に刻まれていたのは、誰にも見せることのできない、精神的崩壊の生々しい叫びだった。父親である地方議員・立花健一郎からの、異常なまでの完璧主義の強要。その重圧という名の檻の中で、彼女の心はとっくに溺れていたのだ。


「普通にクリーニング店に出せばいいのに……なんで、わざわざ僕たちのポストに……」


 陸がぽつりと言った。惣介は、赤くひび割れた指先で、セーラーの襟元を優しく撫でた。


「生徒会長が、泥だらけで涙の染みついた制服をクリーニング店に持っていけば、それだけで噂が広がる。完璧という仮面が剥がれれば、彼女の居場所は学校にも、あの厳格な家庭にもなくなる。だから、彼女は匿名で、誰にも見られずに洗ってくれる『不法占拠の洗濯屋』に、最後のSOSを託したんだ」


 惣介は内ポケットから麻衣のメモを取り出し、もう一度その文字を見つめた。守秘義務の遵守。それが、この依頼を引き受けるための、絶対的な倫理だった。


「洗おう、佐藤」


「はい! でも……先輩、ウール混紡ですよね? これ、普通に水洗いしたら……」


 陸の言葉に、惣介の表情が一段と険しくなった。彼の職人としての脳細胞が、急速に警告を発し始める。


 ウールは極めてデリケートな天然繊維だ。繊維の表面は「スケール」と呼ばれるうろこ状の表皮で覆われており、水分を含んだ状態で摩擦や熱を加えると、このうろこ同士が互いに噛み合い、二度と離れなくなってしまう。これがいわゆる「フェルト化」と呼ばれる現象だ。一度フェルト化したウールは、一瞬にして子供服サイズに縮み、ゴワゴワに硬化して、二度と元の形状には戻らない。


「水洗いは厳禁だ。だが、この泥と涙の複合汚れは、ドライクリーニング用の石油系溶剤だけでは絶対に落ちない。水溶性の汚れを落とすには、どうしても『水』を使う必要がある」


 学校の限られた設備、そして家庭科室の古い設備だけで、水に極端に弱い高級ウールを、縮ませずに完璧に洗い上げる。それは、プロのクリーニング師でも一瞬の油断が破滅を招く、極限の技術的難題だった。


「一℃の温度変化、一滴の水量、僅かな手の摩擦が、この制服を完全に破壊する。佐藤、ここからは一秒の油断も許されないぞ」


 惣介はそう言うと、作業台の上のタライに手を伸ばした。ひび割れた彼の指先が、冷たい秋の空気に微かに震えていた。完璧な少女の誇りを取り戻すための、同好会存続をかけた極限の挑戦が、今、静かに幕を開けようとしていた。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!