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自滅する剛拳

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「なぜだ……なぜお前の骨は砕けない!?」


 鉄檻街の最下層、血生臭い熱気に満ちた『血溜まりの檻』の中に、雷門の血を吐くような絶叫が響き渡った。剛拳の使い手として数々の奴隷武者を屠ってきた彼の両拳は、今や自らの放った『雷鳴一撃拳』の凄まじい反動によって、皮膚が裂け、真っ赤な鮮血に染まっている。殴りつけた相手は、一切の武器を持たず、構えすら解いた無防備な少年であるはずだった。しかし、雷門の拳が捉えたその肉体は、あたかも大地の底に根を張る金剛石の如く、微動だにしなかった。


 武己の首筋から顔にかけて、銀色の不気味な鏡脈が、生き物のようにドクドクと不気味に浮き出ている。それは体内に蓄積された膨大な打撃エネルギーが、逆流する経絡の中で臨界点に達しつつある証だった。


「嘘だ……こんな廃物が、俺の拳に耐えられるはずがない!」


 雷門は数歩後退し、己の震える拳を見つめて歯を剥き出しにした。彼の誇り高き『雷震功』の真気は、武己の頑強な骨格に吸い込まれ、完全にせき止められていた。骨の微細な隙間に衝撃を圧縮して留める『骨蓄積』――武己が命がけで完成させつつあるその極意が、雷門の暴力を体内に完璧にホールドしていたのだ。


 観客席の喧騒が、一瞬だけ奇妙な静寂に包まれる。賭け狂いたちが息を呑む中、貴賓席の隅から、再び冷たく乾いた一音の旋律が響いた。


 ――ベン。


 お琴の操る桐製の三味線が、檻の鉄柵を越えて武己の耳元へと鋭く届く。脳震盪によって白く濁りかけていた武己の意識が、その音の振動によって強引に繋ぎ止められた。首にかけた無名の形見である『覚雲の古びた数珠』から、清涼な白檀の香りが立ち上り、沸騰しかけていた経絡の熱を内側から静かに冷却していく。武己は『痛覚遮断・初門』の精神境界を維持し、激痛を脳から遮断したまま、静かに呼吸を整えた。吐く息と共に、体内の銀色の鏡脈が、より一層鮮やかに脈動する。


「泥人形め……小細工を!」


 雷門の瞳に、武者としてのプライドを完全にへし折られた者の、狂気的な焦燥が宿った。彼は懐に手を入れると、闘技場の不殺不退の掟を無視し、隠し持っていた禁忌の武器を取り出した。それは、極厚の寒鉄で鋳造された、無数の鋭い突起を持つ重厚な『鉄帯グローブ』だった。拳を保護すると同時に、打撃の質量を極限まで高めるための、血塗られた破壊兵器。


 観客席からどよめきが沸き起こる。しかし、檻を統括する総監の剛右衛門は動かない。それどころか、最上階のテラスから冷酷な眼光で見下ろす五虎会会長・趙金虎も、無言でそれを黙認していた。彼らにとって、武己はこれ以上生かしておくべきではない、不気味な障害物になりつつあったのだ。


「これでお前の頭部を、骨ごと粉々に叩き潰してやる!」


 雷門が叫び、全身の真気を暴走させるように練り上げた。鉄帯グローブが不気味な黒光りを放ち、周囲の空気が『雷震功』の超高速振動によって「キリキリ」と悲鳴を上げる。雷門の巨躯が、大地の岩盤を蹴って上空高くへと跳躍した。重力と、自らの百数十斤の質量、そして剛拳の全エネルギーを一点に集中させた、絶対必殺の垂直落下。標的は、武己の脳頭頂部。直撃すれば、いかなる金剛不壊の肉体であっても、脳を揺らされて即死する一撃だった。


 武己の銀色の瞳が、上空から迫る鉄の塊を静かに見つめた。胸骨の古い亀裂は軋み、口の奥には未だ血の味が残っている。避ける軽功は、この『廃物逆脈』の肉体には存在しない。そして、頭部への物理的な直撃は、脳を直接揺さぶり、意識を失わせる。意識を失えば、痛覚遮断も調息もすべてが崩壊し、死が訪れる。


(頭部への衝撃を、脳に伝達させる前に相殺せねばならない……)


 武己は目を瞑り、かつて伝次の大槌による過酷な修行の最中、無名の残した言葉を脳裏に蘇らせた。


『首の後ろの経穴、風府を膨張させよ。首を一本の強靭なバネにするのだ。衝撃が脳に届く前に、脊椎を通じてすべて大地へと逃がせ』


 武己は『頸椎クッション呼吸法』を意識し、顎を微かに引き、首の後ろの経絡に一気に真気を送り込んだ。首全体の骨と筋肉が、不自然なほどの弾性を帯びて膨張していく。両足は肩幅に開き、重心を地面の下数メートルに置く『大地摩擦防御姿勢』を完璧に固定した。


「死ねい、泥人形!」


 雷門が咆哮し、落下速度を加えた鉄帯グローブを、武己の額へと垂直に叩き込んだ。


 ドォン!!!


 檻の鉄柵が激しく震動し、凄まじい衝撃波が闘技場全体を吹き抜けた。武己の額と雷門の鉄帯グローブが激突した瞬間、耳を劈くような金属音が響き渡る。武己の首が、バネのように「カクン」と柔らかく沈み込み、衝撃の波動が脳に伝わる前に、首の後ろの経穴から脊椎へと一瞬で流し込まれた。衝撃は背骨を駆け抜け、骨盤を通り、両足の湧泉穴から床へと一気に逃げていく。


 ズズズ、とすまじい地響きと共に、武己の足元の強固な石畳が、半径数メートルにわたってクモの巣状に粉々に砕け散った。大地の摩擦が、雷門の放った重量衝撃を物理的に受け止めていた。


 しかし、その凄まじい衝撃の余波は、武己の額を深く切り裂いた。真っ赤な鮮血が額から噴き出し、武己の左目を赤く染めながら頬を伝い落ちる。激しい脳震盪の衝撃が脳を襲い、一瞬、世界が完全に闇に包まれかけた。


(……消えるな。まだ、ホールドしている……!)


 武己は白檀の香りと、お琴の三味線の不気味な余韻だけを精神の錨とし、薄れゆく意識の糸を必死に手繰り寄せた。額から流れる血の向こうで、雷門は自らの鉄帯グローブが武己の額にめり込んだまま、一歩も動かない少年の姿を見て、信じられないものを見るかのように目を見開いていた。


「なぜ……なぜ脳天を割られて、立っていられる……!?」


 雷門の喉が、恐怖で引き攣った。その瞬間、武己の体内で、これまでに受け止めたすべての打撃エネルギー、そして今、雷門が放った垂直落下の全破壊力が、逆流する経絡の推進力を得て限界まで膨張した。


 武己の首筋から顔にかけて浮き出ていた銀色の『鏡脈形成』された回路が、眩い閃光を放ち始める。閉じたエネルギー回路が、体内で高速循環し、そのベクトルが完璧に180度反転した。


 ――『衝撃反転』。


 武己は、雷門の鉄帯グローブが自らの額に接触しているまさにその「接触点」に向けて、体内の気の流れを急激に逆回転させた。骨の隙間に溜め込まれていた二倍の衝撃波が、一瞬で爆発的に解放される。


 ――『鏡歩・弾』!


 キィィィン!!!


 耳を劈くような高周波の金属音が、檻の中に響き渡った。それは、武己の肉体という「鏡」が、雷門の暴力をそのまま二倍にして叩き返した音だった。目に見える銀色の衝撃波が、接触点である額から、雷門の鉄帯グローブへと逆噴射される。


「あ、が……っ!?」


 雷門の目が、驚愕と絶望に染まった。自らの放った万物を粉砕する『雷鳴一撃拳』の威力と、それを二倍に増幅した武己の反射エネルギーが、逃げ場を失って自らの両腕へと一気に逆流してきたのだ。


 バキバキバキ!!!


 凄まじい骨折音が連続して響いた。雷門の両手に嵌められていた極厚の寒鉄製『鉄帯グローブ』が、内側からの超高速振動に耐えきれず、一瞬にして爆発するように粉々に砕け散った。鉄の破片が四方に飛び散る中、逆流した衝撃波は雷門の手首、前腕、そして肩の関節へと容赦なく骨を伝って駆け抜けていく。骨の隙間から、砕けた白い骨片が皮膚を突き破って外へと飛び出し、鮮血の霧が檻の中に舞い散った。


「ぎゃああああああああっ!!!」


 雷門は天を仰ぎ、人間のものとは思えない絶叫を上げた。彼の両腕は、まるで内部から爆薬を炸裂させたかのように、不自然な角度にねじ曲がり、肉と骨の残骸となってだらりと垂れ下がっている。自らの放った暴力が、自らの肉体を完全に破壊し尽くしたのだ。


 雷門は膝から崩れ落ち、そのまま床の血溜まりの中に突っ伏した。ピクリとも動かない彼の両腕からは、未だに微かな真気の振動が砂煙となって立ち上っていた。


 しんと、静まり返る闘技場。


 観客たちは、砕け散った雷門の腕と、額から血を流しながらも一歩も動かずに直立し続ける武己の姿を見つめ、言葉を完全に失っていた。誰もがその「無打の勝利」の不気味さに、背筋が凍りつくような恐怖を抱いていた。自分から一度も拳を突き出さず、ただ立っているだけで、絶対的な強者を自滅させたのだ。


 武己は、喉の奥から込み上げてくる熱い血を、静かに床へと吐き出した。反射の凄まじい反動により、内臓は激しく損傷し、喀血が止まらない。しかし、彼の銀色の瞳は、未だに冷徹な光を失っていなかった。


 貴賓席の最上階。趙金虎が、冷酷極まりない目で武己をじっと睨みつけていた。彼の養子である虎徹もまた、その不気味な能力に初めて微かな動揺を見せている。


 静寂が檻を支配する中、趙金虎はゆっくりと立ち上がり、冷たい音を響かせて指を鳴らした。


 ――パチン。


 その一音が、新たなる、そしてさらに卑劣な死線の始まりを告げていた。

HẾT CHƯƠNG

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