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殴られ続ける廃物

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鉄と血、そして排泄物の臭いが混ざり合う暗闇。そこが無法都市「螺旋宿」の最下層、地下闘技場「鉄檻街」だった。地上から届く光など一筋もなく、ただ天井から吊るされた松明の煤けた赤い炎だけが、湿った石壁を不気味に照らし出している。


「おい、立て。死に損ないの案山子め」


 鉄格子の向こうから、冷酷な声が響いた。五虎会の牢番長であり、この鉄檻街の絶対的な支配者の一人、剛右衛門だ。黒い革鎧に赤いマントを羽織ったその巨躯から放たれる威圧感は、並の奴隷なら立っていることすらできないほどだった。彼の腰には、肉を裂き骨を砕くための極厚の鉄鞭がぶら下がっている。


 泥の中にうつ伏せに倒れていた少年――武己は、無言で身を起こした。今年で十七歳。痩せ型ではあるが、全身の皮膚は不自然なほど分厚いタコと筋肉に覆われ、まるで灰色の泥人形のようだった。手首には、打撃の衝撃をわずかに和らげるための粗末な麻縄が、幾重にもきつく巻き付けられている。


「まだ息があるな。さすがは『廃物逆脈』の体質だ。打たれるためだけに生まれてきた泥人形め」


 剛右衛門は鼻で笑った。武己の体質は、武術界において「廃物」と呼ばれる最底辺のものだった。通常の武者は、経絡を通じて真気を体外へと放出し、敵を穿つ。しかし武己の経絡は、すべての気の流れが完全に逆流していた。自ら真気を練って拳を突き出そうとすれば、そのエネルギーは内側へ向かい、自らの五臓六腑を破裂させる。つまり、彼は「絶対に他者を攻撃できない」肉体を持っていた。


 父である武鉄が五虎会に撲殺されたあの日から、武己の運命は決まっていた。父の遺した「決して屈するな」という言葉だけを胸に、彼はこの地獄で殴られ続けるだけの「肉案山子」として生き延びてきたのだ。


「今日の賭け試合も、お前のおかげで大盛況だったぞ。何十発殴られても倒れん泥人形。客どもは大喜びで金を賭け、そしてお前が血を吐いて倒れるのを見て熱狂した」


 剛右衛門が鉄格子の鍵を開け、独房へと足を踏み入れた。その手に握られた鉄鞭が、不気味な金属音を立ててしなる。武己は逃げようともせず、ただ「肉案山子の構え」を取った。両足を肩幅に開き、重心を極限まで下げて大地の摩擦を味方にする。それ以外に、彼が身を守る術はなかった。


「だが、今日のファイトマネーの分け前を要求するとは、生意気な真似をしてくれたな。奴隷が主人に口を挟むな」


 剛右衛門の腕が動き、鉄鞭が唸りを上げて振り下ろされた。激しい風切り音と共に、鞭の刃が武己の胸元を直撃する。凄まじい物理衝撃が皮膚を引き裂き、骨を軋ませた。武己の頭の中で、かつて父が趙金虎の剛拳によって殴り殺された凄惨な光景がフラッシュバックする。


「ぐっ……!」


 武己は痛覚を麻痺させる自己催眠で激痛を脳から遮断しようとしたが、完全に防ぎきることはできない。内臓が激しく揺れ、喉の奥から熱い血が込み上げてくる。自ら真気を練って抵抗しようとした瞬間、逆脈の性質によって体内の気が暴走し、激しく喀血して床に膝をついた。


「ハハハ! そうだ、それでこそ泥人形だ! 打てるものなら打ってみよ、お前の拳は自分を殺すだけだ!」


 剛右衛門が狂暴な笑みを浮かべ、再び鉄鞭を振り上げる。一方的な暴力が武己の肉体を切り刻んでいく。どれほど殴られても、武己の瞳からは静かなる怒りの光が消えなかった。しかし、肉体は確実に限界を迎えていた。


「……おい、小僧。無駄に気を通そうとするな。それでは自滅するだけだ」


 その時、隣の暗い檻から、低くかすれた声が響いた。そこには、全身を重い錆びた鎖で縛られ、骨と皮ばかりに痩せ細った老剣客――無名が繋がれていた。その乱れた髪の隙間から覗く眼光だけが、暗闇の中で不気味に光っている。


「息を吸うな。打撃が当たる瞬間に、肺の空気をすべて吐き出せ。体を空っぽの『器』にするのだ。衝撃を吸気として経絡の隙間に逃がせ」


 無名の言葉は、武己の耳に不思議な明瞭さで届いた。剛右衛門の次の鉄鞭が、武己の横腹を狙ってしなり落ちる。武己は無名の言葉に従い、衝撃が接触するコンマ一秒前、肺の中の空気を「ハッ」と一気に吐き出した。胸骨の力を完全に抜き、脱力する。


 ――接触した瞬間、奇妙なことが起こった。


 鞭の凄まじい衝撃が、武己の皮膚に当たった瞬間に「波」のように体内の奥深くへと吸い込まれて消え去ったのだ。肉が裂ける音も、骨が砕ける音もしない。ただ、不気味な静寂だけが独房に満ちた。


「……なに?」


 剛右衛門の動きが止まった。自分の鉄鞭が、まるで水を叩いたかのように手応えを失ったのだ。倒れるはずの少年は、血まみれのまま、一歩も退かずに直立している。その表情には、痛みすら浮かんでいない。


「不気味なガキめ……。どんな小細工を使いおった」


 剛右衛門は言い知れぬ不安に襲われ、それ以上鞭を振るうのを躊躇った。彼は舌打ちをすると、武己から視線を外し、隣の檻の無名へと鋭い目を向けた。


「余計な知恵を授けおって、老いぼれめ。趙金虎会長からの命令だ。お前の命も今日までだ。明日、お前を公開処刑にする」


 剛右衛門が冷酷に言い放ち、処刑用の重い鉄鎖を無名の首にかけようと近づく。無名は逃げようともせず、ただ静かに笑っていた。そして、鉄格子の隙間から細い手を伸ばし、武己の血まみれの胸元にそっと触れた。


「お前の体は、鏡だ……。曇らせるなよ」


 無名が不敵に笑いながらそう告げた瞬間、剛右衛門の冷酷な処刑命令の怒号が、暗い地下牢に響き渡った。

HẾT CHƯƠNG

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