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聖域の構築:不可視の変電所

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「ギルベルト……! 目を開けなさい、死ぬことは許さない!」


 私の叫びが、氷結し始めた錆びたスラムの暗闇に虚しく響いた。


 床に崩れ落ちた金髪の天才魔導士は、浅い呼吸を繰り返しながら、苦痛に眉をひそめている。唇の端から滴る暗い血が、彼の冷え切った肌をさらに白く際立たせていた。下層の汚染されたエーテルによって引き起こされた魔力逆流は、彼の内側を確実に焼き焦がしている。


 私の右首筋に刻まれた「生命誓約」のタトゥーが、心臓の不規則な動悸と同期するように、ドクドクと熱い脈動を上げていた。同調率が15%に跳ね上がった代償だ。彼が受けている精神的・肉体的苦痛が、見えない神経回路を通じて、私の心臓を物理的に締め付けている。


(くっ……心拍数が安定しない。脳の過熱も限界に近い。このまま彼が死ねば、私たちは全員、一瞬で心臓を破裂させられて死ぬ……!)


 無駄な感傷に浸る時間は一秒たりともない。私は鼻血を乱暴に袖で拭い、隣に立つ黒い重装甲の騎士を見上げた。


「レイヴン、彼を担いで。私の指示する方向へ走って!」


「……指図するな、小娘」


 レイヴンは氷のように冷たい碧眼で私を睨みつけた。しかし、彼の首元に巻かれた黒い電子チョーカーが、警告を告げるように赤く点滅している。少女の死が自身の死に直結するという不条理なルールを、彼の強靭な肉体はすでに理解していた。レイヴンは舌打ちをすると、無言で大剣「壊鉄」を背負い、気絶したギルベルトを軽々と肩に担ぎ上げた。


「おい、ネズミの調教師。どこへ逃げるつもりだ? ここらの空気は、公社の排気と錆の臭いで吐き気がするぞ」


 金色の獣耳を不快そうに伏せたカイザルが、周囲の暗闇を警戒しながら、私のすぐ後ろにピタリと張り付いた。彼の鼻腔がピクピクと動き、私の首筋の電子火傷から漂う血の匂いに、獣としての奇妙な執着を示し始めている。


「近くに、祖父が遺した未登録の変電所跡があるの。そこなら公社の監視網の死角になっているはずよ」


 私は「黒の万能ハッキング端末」のホログラム画面を操作し、ジャンクヤード・スラムのノイズまみれのマップ上に点滅する、極小のバックドア信号を指し示した。かつて迷宮の主任設計士だった祖父・黒崎宗介が、万が一の避難所として極秘に構築した場所――「セーフハウス・ゼロ」。


 私たちは、錆びた鉄板と明滅するホログラムが不気味に交錯するスラムの路地を駆け抜けた。ジンの気配はすでに周囲の影と同化しており、姿は見えないが、彼の放つ冷徹な殺気だけが、私たちの背後を音もなく護衛しているのがわかった。


 たどり着いたのは、崩落したコンクリートの瓦礫に半分埋もれた、赤錆びた鉄の扉だった。私は零士のマルチプライヤーの先端を物理ポートにねじ込み、強引に電子ロックを解除して、滑り込むように内部へと侵入した。


 埃とオゾン、そして長い間放置された機械オイルの臭いが立ち込める薄暗い空間。変電所の巨大な歯車や配管が、まるで眠れる巨獣の骨のように静まり返っている。


「ここにギルベルトを寝かせて。急いで拠点を偽装しなければ、すぐに追っ手が来るわ」


 私が指示を出すと同時に、遠くの通路から、高周波の駆動音が響いてきた。公社の治安維持部隊が放った、広帯域熱源スキャナーを搭載した監視ドローンだ。赤いスキャンレーザーが、変電所の錆びた外壁の隙間から、不気味に内部を照らし始める。


「スキャナーが迫っている。彼らのセンサーは、生体反応と熱源をミリ単位で追跡しているわ。見つかれば、一瞬で包囲される」


 私の脳裏に、極限の緊張感が走る。脳の温度が急速に上昇し、視界の端が白くかすみ始めた。しかし、ここでハッキングを諦めれば、待っているのは確実な死だ。


 私は端末の有線アタッチメント「クロー」を、変電所の壁面に設置された巨大な配電盤の露出した端子へと直結した。


「『逆コンパイル・ハック』……開始!」


 私の金色の瞳が、空間に展開された無数のグリーンのソースコードを立体的に捉えた。祖父が仕込んだ古い配電プログラムの脆弱性が、赤く明滅して視覚化される。私は、この変電所の残留電力を強制的に乗っ取り、外部からの探知を完全に遮断する「不可視の結界」を構築するコードを書き込み始めた。


 しかし、システムにアクセスした瞬間、配電盤のコンデンサが不気味な青いスパークを散らし始めた。残留電力が異常な高圧アーク放電となって暴走し、回路全体がメルトダウンを起こしかけている。


「システムが過負荷を起こしているわ! このままだと、変電所ごと爆発する……!」


 キーボードを叩く私の指先が、高電圧の静電気でジリジリと痺れる。コンソールから放たれた強力な青い放電が、私の華奢な肉体を焼き尽くさんと牙を剥いた。


「下がれ、小娘!」


 激しい金属音と共に、レイヴンの黒い巨体が私の前に割り込んだ。彼は大剣「壊鉄」をシールドのように構え、その強靭な肉体で、私に向かって放たれた高圧アーク放電を物理的に遮断した。


 ジジ、と彼の装甲の一部が電磁焼けを起こし、焦げた臭いが立ち込める。しかし、レイヴンは眉一つ動かさず、大剣を支え続けた。


「私の心臓を止めさせないと言ったはずだ。早くその汚い機械を黙らせろ!」


「言われなくても……やってるわ!」


 私は「コード視覚化」の極限演算の中で、暴走するアーク放電のエネルギーを、熱電変換プログラムへと強制的に迂回(バイパス)させるダミーコードを注入した。過負荷エネルギーが、結界発生装置の動力源へと変換されていく。


 私は腰のホルダーから「迷宮エネルギーセル(低出力)」を一本抜き取り、端末の拡張スロットへと叩き込んだ。カチャリ、と重厚なロック音が響き、セルの金色のインジケーターが一瞬でゼロへと吸い尽くされる。


「結界起動……『セーフハウス・ゼロ』、展開!」


 私がエンターキーを強く押し下げた瞬間、変電所の四方の壁から、目に見えないホログラムの波動が円状に広がった。変電所全体の熱源サインと生体反応が、システム上「完全に死んだインフラのノイズ」として偽装される。


 直後、変電所の外壁をなぞっていた監視ドローンの赤いレーザーが、何事もなかったかのように通り過ぎ、遠ざかっていった。ハッキングは成功したのだ。


「ハァ、ハァ……、消えた……」


 私は安堵のあまり膝をつき、錆びた床に両手を突いた。端末の画面には『結界稼働中:安全度A』の文字が緑色に光っている。脳の熱を逃がすように激しく呼吸する私の首筋で、誓約のタトゥーがようやく静かな金色へと落ち着き始めた。


 しかし、危機が去った室内に、今度は別の不穏な空気が満ちていくのを感じた。


「……おい」


 低く、地を這うようなカイザルの声が響いた。彼はゆっくりと私に近づき、その大きな体躯で私の視界を遮るように立ちはだかった。彼の金色の獣耳が小刻みに震え、瞳が怪しく濡れている。


「お前の心臓が跳ね上がるたびに、俺の首輪が喉を締め付けるんだ。お前の血の匂いが、俺の頭を狂わせる……」


 カイザルは私の細い手首を掴み、その鋭い鋼鉄爪「野獣」を向けながらも、本能的な渇望に負けたように、私の首筋に顔を寄せようとした。生命誓約の「ステージ1:執着」の初期症状――彼は、私の安全を確認しなければ呼吸すら苦しくなるほどの、肉体的な依存の檻に囚われ始めていた。


「そこを退け、獣め。彼女の安全を脅かす行為は、我ら全員の死を意味する」


 レイヴンが大剣「壊鉄」の刀身を、カイザルと私の間に冷酷に割り込ませた。彼の表情は騎士らしく冷徹だったが、その碧眼には、私を他の男に触れさせたくないという、排他的な独占欲が静かに燃え上がっていた。


 気絶していたはずのギルベルトも、壁に背を預けながら、薄く目を開けてこちらを睨みつけている。


「私の……調律者(エンジニア)に、気安く触れるな。その汚い爪を切り落とされたいか」


 彼の首元の電子チョーカーが、私の心拍数の安定と同調するように、怪しく青い光を放っている。影の中から、ジンの切れ長の瞳が、獲物を狙う蛇のように私を見つめている気配がした。


 四人の狂戦士たち。互いに殺し合うはずだった最強の怪物たちが、今や私の心臓と体温を巡って、静かな、しかし狂気的な縄張り争い(テリトリー争い)を始めようとしていた。彼らの瞳に宿るその独占欲と依存の熱に、私は背筋が凍るような甘美な緊張感を覚える。


 私は彼らの視線を冷徹に受け流し、端末をしっかりと胸に抱いた。


「静かにしなさい。ここが、私たちの最初の聖域よ。生き残りたければ、私のルールに従ってもらうわ」


 私が彼らを完全に手懐けるための宣告を下そうとした、その瞬間だった。


 変電所の入り口にある、錆びついた鉄のハッチが、激しい勢いで物理的に叩かれた。金属同士が衝突する高い音が、狭い密室に響き渡る。


「シン姉ちゃん! シン姉ちゃん、いるの!?」


 ハッチの隙間から、息を完全に切らせたスラムの機械工の少年、ノアが、恐怖に顔を歪めながら転がり込んできた。

HẾT CHƯƠNG

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