死線突破:絶対守護の円陣
「撃て! 一匹も逃がすな! バグごと肉片に変えてしまえ!」
奴隷区画の錆びついた鉄扉が爆破され、漆黒の重装甲を纏った公社の衛兵たちが怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。その先頭に立つのは、冷酷な眼光を宿した下層衛兵隊長ブラッドだ。彼の掲げた右手が振り下ろされた瞬間、無数に交錯する赤い照準レーザーが、私の華奢な胸元へと一点に収束した。
死。その二文字が、物理的な弾丸の嵐となって、私の視界を埋め尽くす。
鼓膜を破らんばかりの銃声が狭い独房に響き渡り、火薬の焦げた臭いが鼻腔を刺した。常人であれば恐怖で心臓を停止させているであろうその瞬間、私の脳内では「コード視覚化」の回路が狂気的な速度で演算を開始していた。死への恐怖は、すべてデジタル信号の処理速度へと変換される。
「チッ……! 身体が、勝手に……っ!」
凄まじい金属音と共に、私の視界を遮るように巨大な影が立ちはだかった。銀髪を荒々しく揺らした大剣士、レイヴンだ。
彼の意志は、私への屈辱と憎悪に燃えているはずだった。しかし、彼の肉体は「生命誓約」の絶対的な呪縛に支配され、私の死(=自身の死)を防ぐために、本能的に私の「盾」となることを選択させられていた。レイヴンは超重量の両刃大剣「壊鉄(カイテツ)」を鉄板の床へと深く突き立てた。
「『鋼の絶対防御(ガーディアン・シールド)』……展開!」
彼が肺腑から絞り出すように叫んだ瞬間、大剣「壊鉄」の刀身を中心に、半透明の青い電磁障壁がハニカム構造を描いて展開された。凄まじい火花が散り、衛兵たちが放った重機関銃の弾丸が、障壁の表面で激しく弾け飛ぶ。物理的な衝撃波がレイヴンの重装甲を軋ませ、彼の白い肌に冷や汗が滲んだ。
「不本意極まりない。このような小娘を、我が身を挺して守らねばならんとは」
レイヴンは歯を食いしばり、大剣を両手で支えながら、背後で端末を操作する私を冷酷に一瞥した。彼の碧眼には激しい屈辱が宿っている。だが、彼が一歩でも退けば、電磁シールドの死角から漏れた銃弾が私の心臓を貫くだろう。そして、私の鼓動が止まれば、彼の首に巻かれた「生命誓約の電子チョーカー」が爆発する。彼はただ、生き残るために、私を絶対に傷つけさせない「絶対の防壁」となるしかなかった。
「おい、魔導士! 後ろで突っ立っている暇があるなら、その自慢の火力で衛兵どもを消し飛ばせ!」
前線で盾となるレイヴンが、背後のギルベルトに向かって怒号を浴びせる。金髪の天才魔導士ギルベルトは、傲慢なまでに美しい顔に深い焦燥を浮かべ、プラチナ装飾の魔導書「沈黙の銀」を掲げていた。
「黙れ、脳まで筋肉でできている騎士め。言われずとも、この虫ケラどもを一瞬で塵にしてくれるわ!」
ギルベルトは呪文を高速詠唱し、極大魔法「元素魔導砲(エーテル・バスター)」を起動しようとした。彼の周囲に、幾重もの幾何学的な魔法陣が展開され、青白い魔導の光が収束していく。
しかし、その光は一瞬にして不規則なノイズを帯び、霧散した。
「なっ……魔導回路が、拒絶されている……!?」
ギルベルトの顔から血の気が引いた。この最下層は、公社の排気と電磁嵐によってエーテルが極限まで希薄化し、汚染されている。高度な術式を構築するための「魔力」が、空間そのものに存在しないのだ。不発となった魔法のエネルギーが彼の体内に逆流し、魔導回路を内側から焼き焦がした。
「がはっ……!」
ギルベルトが激しく吐血し、床に膝をついた。没落天才のプライドが物理的に打ち砕かれた瞬間だった。
その瞬間、私の右首筋の誓約タトゥーが、血のように赤い光を放って脈打った。ギルベルトの魔力逆流による精神的苦痛が、生命誓約のパスを介して、私の心臓へとダイレクトに「動悸」として伝わってきたのだ。胸を締め付けられるような激しい痛みに、私は思わず息を詰まらせ、口元から新たな血が滴り落ちた。
(――無駄な感傷は不要。彼の魔導回路を、システム側から物理的に安定させる)
私は鼻血を手の甲で拭い、震える指で「黒の万能ハッキング端末」のホログラムキーボードを叩いた。「コード視覚化」の金色の視界の中で、ギルベルトの魔導書「沈黙の銀」に埋め込まれた電子基板の波形が、立体的な回路図として浮かび上がる。
「ギルベルト、その魔導書を私に向けなさい」
「くっ、調子に乗るな、ネズミ……!」
「死にたくないなら、従いなさい!」
私の冷徹な一言に、彼の首輪が微弱な放電を起こし、彼のプライドを強制的にへし折った。ギルベルトは屈辱に震えながらも、魔導書を私へと向けた。私は端末の有線アタッチメント「クロー」を魔導書のポートに直結し、私の端末の予備バッテリーから、純粋な電気エネルギーを彼の魔導書へと直接バイパス(強制転送)した。
「魔導演算の安定化、完了。これで魔法が撃てるはずよ。ただし、出力は私の計算通りに制限しなさい」
「……私の術式を、機械ごときで調律したというのか?」
ギルベルトの瞳に、激しい驚愕と、底知れない屈辱が混ざり合った怪しい光が灯った。彼は私の冷徹な「ロジック」の前に、完全に敗北していた。
「レイヴン、シールドの耐久限界まであと十秒。ジンの『影』のセンサーから送られてきたデータを、あなたの端末に同期したわ。敵の自動タレットの死角は、右前方十五度よ」
私は安全な後方から、小型浮遊ドローン「アイ・ワン」を放ち、衛兵部隊の戦術ネットワークを傍受していた。網膜に投影されるグリーンのソースコードを瞬時に解析し、自動タレットの「ターゲット登録」を逆ハッキングする。
「『ダミーデータ偽装送信』……実行!」
私がエンターキーを叩いた瞬間、衛兵たちの自動タレットの照準が、一斉に彼ら自身へと向けられた。システムが、衛兵たちを「侵入したバグ」として誤認識したのだ。
「何だと!? タレットが暴走している! ターゲット指定を書き換えられたぞ!」
ブラッド隊長の狼狽した声が響く。タレットが一斉射撃を開始し、衛兵たちの重装甲を内側から引き裂いた。包囲網に凄まじい混乱と爆発が広がる。
「ひゃはは! 傑作だな! 自前のオモチャに撃たれる気分はどうだ、公社の犬ども!」
その混乱の渦中へ、金色の獣耳を逆立たせたカイザルが、猛獣のごとき速度で突撃した。彼の両拳に装着された鋼鉄爪「野獣(ヤジュウ)」が、高周波の駆動音を立てて激しく振動している。
「『野生解放』……! まとめて引き裂いてやる!」
カイザルは痛覚を去勢されたかのように、衛兵たちの流れ弾を肉体で受け止めながら肉薄し、自動タレットの頑強な鋼鉄製の基座を、物理的な力任せに根元から粉砕した。火花とオイルが飛び散り、衛兵たちが悲鳴を上げて吹き飛ぶ。
「影潜みの偵察」を起動したジンが、暗闇の中から音もなく現れ、混乱する衛兵たちの喉元を正確に切り裂いては、再び影へと消えていく。彼らの圧倒的な物理暴力と、私のシステムハッキングが完璧な「連携」を描き、鉄壁のはずだったブラッドの包囲網が、内側から瞬時に崩壊していった。
「今よ! スラムへの非常用ダクトへ逃げ込むわ!」
私はハッキングした自動ドアのロックを強制解放し、四人に指示を出した。レイヴンが大剣を引き抜き、私の華奢な身体をその強靭な腕で抱きかかえるようにして、崩落する瓦礫の中を駆け抜ける。
「離しなさい、自分で走れる」
「黙れ、お前の足の遅さでは三秒で追いつかれる。俺の心臓を、お前の無能さで止められてはたまらん」
レイヴンは無骨な声で吐き捨てたが、その腕が私を抱きしめる力は、異常なほどに強固だった。彼らは「お前を守るのではない、俺自身の命を守るのだ」と互いに言い訳している。だが、彼らの瞳の奥には、戦闘力皆無の私が示した、迷宮システムを軽々と手玉に取る「知性」に対する、抗いがたい畏怖と驚愕が、確実に芽生え始めていた。
私たちは、公社の追跡を振り切り、薄暗く有毒なオイルの臭いが立ち込める下層スラムの廃棄エリアへと逃げ延びた。錆びた鉄板と明滅するホログラムが不気味に交錯する、光の届かない世界。
「ハァ、ハァ……ここまで来れば、奴らのスキャナーからは隠れられるはず……」
レイヴンの腕から降りた私は、激しい眩暈に襲われ、錆びた配管に手を突いて呼吸を整えた。脳の過熱限界が近い。右首筋のタトゥーは、電子火傷の熱を帯びてズキズキと痛んでいた。
しかし、安堵の息を漏らしたのも束の間、背後で重苦しい肉体の崩落音が響いた。
「くっ……、はぁ、がはっ……!」
ギルベルトが、激しく胸を押さえてその場に崩れ落ちた。彼の美しい唇から、再び暗い血が溢れ出し、冷たい鉄の床を汚していく。先ほどの魔法不発による魔力逆流のダメージが、彼の体内で急速に悪化していたのだ。
その瞬間、私のハッキング端末のディスプレイが、不気味な警告音と共に真っ赤にフラッシュした。
『警告:生命誓約の同調率が急上昇しています。現在、同調率15%』
私の右首筋の誓約タトゥーが、まるで生き物のように蠢き、金色の光を放って激しく明滅し始めた。それと同時に、私の心臓が、今までにない不規則な高熱を帯びて脈打ち始める。
「ギルベルト……!? バイタルが、急激に低下している……!」
彼が死ねば、誓約の信管が作動し、私たちの心臓は一瞬で破壊される。逃走の最中、私たちは、生存契約がもたらす「共依存の深淵」へと、さらに深く引きずり込まれようとしていた。
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