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檻の中の邂逅:死にたがりの狂戦士たち

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錆びた鉄と明滅するホログラムの光が、湿った地下空洞を不気味に照らし出している。酸鼻を極める錆と饐えた血の匂い、そして高圧電流が放つオゾンの香りが、この「第1階層:錆びた鉄と狂気の檻」の空気を支配していた。窒息しそうな閉塞感の中、十九歳の黒崎芯は、汚れの付いたグレーのエンジニアツナギの袖で額の汗を拭った。その手には、ジャンクの山から掘り出したばかりの無骨な筐体――祖父・黒崎宗介の遺品である「黒の万能ハッキング端末」が握りしめられている。


「おい、ネズミめ。いつまでそこに蹲っている?」


 頭上高くに設置されたガラス張りの監視バルコニーから、拡声器を通した残忍な声が響いた。白い軍服をだらしなく着崩し、顔に大きな傷跡を持つ男――第1階層のゲーム進行役、執行官バルトだ。彼は嗜虐的な笑みを浮かべ、手に持った電磁鞭をプラチナ製の欄干に打ち付けた。


「今日はお前たち『生贄』の処分日だ。多次元闘技場の観客どもが、お前たちの肉が焼ける香ばしい匂いを待ち望んでいるぞ」


 バルトの傍らでは、度の薄い眼鏡をかけた神経質そうな青年、執行官補佐のケラーが淡々と端末を操作している。彼らの視線の先、高周波レーザー格子で囲まれた冷たい独房群の中に、芯は他の「処分対象」と共に放り込まれていた。


 だが、その独房にいたのは、ただの奴隷たちではなかった。


 芯は息を呑み、自身の隣に囚われている四人の男たちを見つめた。彼らは、この最下層闘技場で互いに殺し合うはずだった、最強と謳われる狂戦士たちだ。


 一人は、黒い重装甲を纏い、壁に背を預けて黙秘する銀髪碧眼の騎士、レイヴン。全身に無数の戦傷が刻まれた白い肌は、死を前にしても一切の動揺を見せていない。


 その影に潜むようにして佇むのは、顔の半分を包帯で隠した漆黒の衣服の暗殺者、ジン。切れ長の瞳が、冷酷な光を湛えてバルトをじっと見つめている。


 少し離れた場所では、緩やかに波打つ金髪を弄びながら、擦り切れた魔導ローブを羽織った青年、ギルベルトが冷笑を浮かべていた。没落した魔導名家の天才でありながら、その傲慢な美貌には退廃的な影が落ちている。


 そして、最も荒々しい気配を放っているのは、金色の獣耳と尾を持つ獣人の闘士、カイザルだ。上半身を剥き出しにし、鋼鉄をも引き裂くという鋭い爪を床に突き立て、低く唸り声を上げている。


 彼らは一騎当千の怪物でありながら、システムの絶対的な檻――高周波レーザー格子の前には無力だった。触れた瞬間に肉体を分子レベルで切り裂く赤い光線が、彼らと芯の退路を完全に塞いでいる。


「ケラー、出力を最大にしろ」バルトが冷酷に命じた。「ネズミどもをまとめて焼き尽くせ!」


 ジー、という鼓膜を刺すような高周波音が鳴り響き、レーザー格子の赤い光が一気に輝きを増した。熱風が芯の頬を焼き、じわじわと檻が縮小を始める。あと数分もすれば、この独房にいる全員が塵と化すだろう。


 四人の狂戦士たちは、死を前にしても取り乱すことはなかった。だが、その瞳には、理不尽なシステムに対する深い憎悪と、諦念が混ざり合っている。彼らは芯のような戦闘力皆無の「足手まとい」を視界に入れることすらしていない。彼らにとって、彼女は最初に焼き切れる無価値な存在に過ぎなかった。


(――死んでたまるか。私は、ここで死ぬために落とされたんじゃない)


 芯の胸の奥で、冷徹な生存本能が火を噴いた。彼女の脳は生まれつき、機械のソースコードを立体的なビジュアルとして認識できる「コード視覚化」の特異体質を持っている。祖父が遺したこの黒い端末があれば、迷宮のルールを書き換えることができるはずだ。


 芯は震える指で端末を起動した。緑色のスタートアップ画面がノイズ混じりに浮かび上がる。現在のシステム権限は「Fランク(生贄)」。最も低く、いかなる操作も拒絶される絶望的なランクだ。


「無線接続、開始……!」


 芯は端末のアンテナを格子制御盤に向け、アクセスを試みた。だが、接続が確立された瞬間に、画面が激しい赤色の警告灯で埋め尽くされた。


『アクセス拒絶。セキュリティプロトコルがリアルタイムで更新されています』


 監視席で、ケラーが冷淡にキーボードを叩いているのが見えた。彼がシステム側から、ハッキングを感知して暗号コードを強制更新しているのだ。無線ハックの経路は完全に遮断され、端末は不気味な警告音を吐き出すばかりだった。


「無駄な足掻きを」ギルベルトが鼻で笑った。「そこのネズミ、大人しく焼かれろ。その方が痛みが少なくて済むぞ」


「黙って」芯は冷たく言い返した。その瞳には、死への恐怖ではなく、コードを解析するための凄まじい計算速度が宿っていた。


 無線がダメなら、物理的に直結するしかない。芯は腰のホルダーから、父の形見である頑強な特殊合金製の工具「零士のマルチプライヤー」を引き抜いた。彼女は縮小するレーザーの熱風を肌に感じながら、四人の戦士たちの間をすり抜け、独房の隅にある物理制御コンソールへと這い寄った。


「何をする気だ、小娘」レイヴンが低く硬い声で警告した。「レーザーに触れれば、一瞬で腕が消えるぞ」


「触れなければいいんでしょ」


 芯はマルチプライヤーを構え、コンソールの錆びた鉄板の隙間にねじ込んだ。火花が散り、金属の擦れる嫌な音が響く。彼女は腕力のない細い両手で、全体重をかけてプライヤーを押し下げた。バキリ、と硬いボルトが弾け飛び、内部の電子基板が剥き出しになる。


 芯はハッキング端末から伸ばした有線ケーブルを、基板の物理ポートへ力任せに突き刺した。


「『コード視覚化』……起動!」


 彼女が意識を集中した瞬間、視界が劇的に変貌した。周囲の錆びた壁や狂戦士たちの姿が薄れ、空間全体が無数の青と赤の電子回路、そして流動するグリーンのソースコードの立体的な格子模様で埋め尽くされた。


 ケラーが送り込んでくる新しい暗号コードが、赤い光の波となって基板へ押し寄せている。それに対し、古いベースシステムが持つ元々のコードが青い光で抵抗している。新旧のコードが衝突する境界線――そこに、ミリ秒単位の論理的な隙間(バグ)が歪みとなって視覚化されていた。


「見つけた……!」


 芯は立体的なコードの束に手を伸ばし、そのバグの箇所を端末のキーボードで直接書き換え始めた。だが、その代償はすぐに彼女の肉体を襲った。


 脳が、異常なまでの高熱を発し始めたのだ。黒崎家の血脈が持つ「コード視覚化」は、人間の脳細胞を量子演算器として酷使するため、凄まじい過負荷がかかる。視界の端が赤く染まり、右首筋からツッと微量の鼻血が流れ落ちて端末の画面を汚した。頭蓋骨の内側が沸騰するような激痛に、芯は歯を食いしばり、奥歯が軋む音を聞いた。


「おい、ネズミ! 鼻から血が出ているぞ!」カイザルが驚愕の声を上げた。


「黙って……今、消すから!」


 ケラーの追跡プログラムが、芯の有線アクセスを検知し、強制シャットダウンのシグナルを送り込んでくる。あと一歩で脳が焼き切れる。芯はマルチプライヤーを再び握りしめ、基板の奥にある「物理安全装置(リミッター)」の銅線を直接見定めた。


 電子錠がダメなら、物理的にショートさせてシステムをフリーズさせる!


「壊れろ……!」


 芯はマルチプライヤーの刃を銅線に押し当て、力任せに切断した。バチバチバチッ! と激しい青白い電磁スパークが吹き荒れ、コンソール全体が小爆発を起こした。芯の身体が衝撃で後ろへと吹き飛ばされる。


 と同時に、独房を囲んでいた赤いレーザー格子が、一瞬にして光を失い、完全に消滅した。


「なっ……何だと!?」監視バルコニーでバルトが驚愕の叫びを上げた。「ケラー! なぜ格子が消えた!? システムを再起動しろ!」


 格子は消えた。ハッキングは強制完了したのだ。床に倒れ込んだ芯は、激しい息荒さの中で勝利を確信した。


 しかし、彼女が立ち上がろうとしたその瞬間、爆発したコンソールの奥から、現代の公社のものとは異なる、古代の量子プログラムが勝手に起動し、不気味な金色の光を放ち始めた。


「……あぐっ!?」


 突然、芯の右首筋に、焼きごてを押し当てられたような激痛が走った。それと全く同時に、自由になったはずの四人の狂戦士たち――レイヴン、ジン、ギルベルト、カイザルが、それぞれの首を抑えて床に膝を屈した。


「なんだ、これは……! 首が、焼けるように……!」カイザルが野獣のような悲鳴を上げる。


 彼らの首には、黒い電子チョーカーが突如として実体化し、締め付けていた。そして芯の右首筋には、金色の電子回路を模した不気味なタトゥーが刻まれ、激しく明滅し始めた。古代の迷宮システムが、彼らを繋ぐ「生命共有の絶対誓約」を強制起動したのだ。


 格子が消え去り、静まり返った独房の中で、四人の怪物の視線が、首元を抑えて喘ぐ華奢な少女、黒崎芯へと一斉に向けられた。その瞳には、激痛による困惑と、底知れない殺意が宿っていた。

HẾT CHƯƠNG

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