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発光する捕食者と酸の弾丸

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「シュウ、シュウ……」と、漆黒の革面に埋め込まれた真鍮のフィルター缶が、毒沼の酸性呪詛ガスを吸い込んで不気味な吸気音を立てていた。


 泥の門を越えた瞬間、背後から突き刺さるようにして放たれた冷酷な殺気。アキトの「微細嗅覚分析」は、雨とヘドロの匂いの向こうに混ざる「焦げた火薬」と「魔獣の骨に塗る防腐油」の不快な臭気を正確に捉えていた。追跡者、レイラだ。彼女は風下からアキトが正面の泥濘を進むのを待ち伏せている。


(正面突破は愚策だ。奴の狙撃射程に入る前に、迂回する)


 アキトは冷徹に判断を下した。先の調合で自身の「呪血」を放出し、さらに「痛覚遮断」を極限まで稼働させた代償として、彼の左半身は氷を直接押し当てられているかのように冷たく麻痺し、完全に運動能力を失っていた。動かない左脚を引きずるようにして、アキトは崩落した旧坑道の瓦礫の隙間へと、泥を這うようにして潜り込んだ。右半身だけに過度な負担をかけながら、暗闇の迷宮を静かに進む。ゲイルが彼の首元に冷たく巻き付き、不審な気配を警戒していた。


 坑道を抜けた先、視界が開けたそこは「結晶の谷」と呼ばれる異形の秘境だった。


 地脈から噴出した汚染マナが、急激な大気の冷え込みによって結晶化し、ガラスの針のように鋭利に地面から突き出している。薄暗い毒沼の底で、その結晶群は不気味な蛍光緑の残光を放ち、周囲を妖しく照らし出していた。触れるだけで皮膚の水分をマナに変換され、指先から徐々に結晶化して崩れ落ちる死のルールが支配する谷。アキトは非伝導性の防護靴の底を滑らせないよう、細心の注意を払ってガラスの針の間を縫うように歩みを進めた。


 アキトの目的は、この谷の地表に露出した魔力脈から「結晶魔石」を切り出すことだった。この魔石こそが、吸魔の防毒マスクの飽和しかけたフィルターを強化し、左腕の呪詛の進行を一時的に封じ込めるための絶対的な素材なのだ。右手に耐酸性のつるはしを握り、地脈の暴走を警戒しながら、結晶の根元へと慎重に刃を当てようとした。


 その瞬間、足元の泥濘が不気味に沸騰し、気泡が弾ける音が谷に響き渡った。


 ズズ、と重い泥を引きずる音とともに、投棄された廃棄魔薬のヘドロプールから、おぞましい巨大な影が這い上がってきた。それは、数百年間にわたり帝国宮廷製薬院がこの地に不法投棄し続けた魔薬廃棄物を過剰に吸収し、異常な巨大化を遂げた変異魔獣――「アルラウネ(変異種)」だった。


 その肉体は廃棄魔薬の甘い匂いを漂わせながらも、全身を鋭利な蛍光緑の結晶トゲで覆われていた。そして、中央に咲き乱れる巨大な花弁の奥には、苦痛に歪む美しい女の顔を模した、おぞましい肉塊の器官が蠢いていた。


 アルラウネがその大口を開けた瞬間、耳を塞いでも直接脳に響く、甘く、哀切な歌声が放たれた。精神干渉音波だ。


 アキトの視界が急激に歪み、結晶の谷の景色がぐにゃりと溶けていく。冷たい沼地の空気は消え去り、目の前に広がったのは、かつて燃え盛る炎に包まれた実家の薬草園だった。その中央に、病で痩せ衰えた母レイコと、穏やかな笑みを浮かべる父シンジの幻影が立っていた。


「アキト、もういいのよ。これ以上、自分を犠牲にして苦しまなくていい」


「ミオと一緒に、私たちのところへおいで。ここはとても温かいぞ」


 幻影の両親が、優しく、甘い声でアキトを死へと誘う。精神が幼児退行へと引きずり込まれ、アキトの体温が急激に低下し始めた。皮膚の表面に、マナの結晶化規則に従うかのように、微細なガラスのひび割れがパキパキと音を立てて生じ始める。


(……エラーだ。これは、脳の神経系が毒素によって見せられている幻覚信号に過ぎない。等価交換の薬理において、死者からの施しなど存在しない)


 アキトは濁った琥珀色の瞳の奥で、冷徹な理性の火を燃やした。彼は「痛覚遮断・毒素制御」を脳の精神領域にまで強制的に応用し、自身の感情回路を冷酷に遮断した。両親を救えなかった深い罪悪感というトラウマを、ただの「脳内の化学反応」として論理的に処理し、一瞬で消去したのだ。視界が再び結晶の谷へと戻り、目の前のアルラウネが苛立たしげに触手を蠢かせるのが見えた。


 この植物型の魔獣に対し、通常のニードルガンから放つ筋弛緩毒は通用しない。植物には動物のような運動神経系が存在しないため、撃ち込んだところで硬固な結晶外皮に弾き返されるだけだ。必要なのは、植物の有機結合そのものを分子レベルで解体する、圧倒的な化学的破壊だった。


 アキトは右腕を伸ばし、腰のベルトから「金属腐食剤の瓶」を取り出した。中身は、毒沼に生息する巨大ウツボカズラの液をベースに調合した、極酸性の溶解液だ。アキトは自身の「負の魔力」をフラスコ内へ流し込み、内部の圧力を爆発的に高めた。


「腐食液の弾道射撃(ポイズン・バレット)」


 フラスコの先端から、高圧のウォーターカッターのように直線状に放たれた紅緑の酸性弾。それがアルラウネの歌う顔面の中央を正確に貫き、その深部に潜む核心の根へと到達した。


 ジュワッ、とおぞましい融解音が響き、強酸液がアルラウネの植物細胞の有機結合を分子レベルで次々と切断していく。アルラウネは悲鳴のような音波を上げながら、全身をドロドロとした緑の泡へと溶かされ、崩れ落ちていった。その余波で、アキトの右腕に強烈なバックプレッシャーによる軽度の化学火傷が走ったが、彼は表情一つ変えずに耐え抜いた。


 アキトは激しく呼吸しながら、溶けた泥の中から無傷の「結晶魔石」を慎重に拾い上げた。これで、防毒マスクのフィルターを強化し、左腕の呪いを抑え込むことができる。勝利と採取の達成感が、彼の冷たい胸を満たした。


 だが、その余韻に浸る時間は与えられなかった。


 突如として地鳴りが響き、谷全体が激しく揺れ動いた。遠くの「風哭の丘」の地脈が爆発するようにして、天空へと濃密な汚染マナが噴き上がった。その汚染マナが強風によって圧縮され、触れた皮膚を一瞬でガラス化させる未曾有の「マナ結晶嵐」となって結晶の谷へと降り注ぎ始めたのだ。鋭利なガラスの針が、アキトの退路を完全に塞ぐようにして、谷の入り口を埋め尽くしていく。

HẾT CHƯƠNG

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