Nhạc nềnWuxia

黒化した左腕と濁った血

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

ひび割れた真鍮の窯が、湿った地下室の暗闇で不気味な熱気を吐き出していた。


「――兄さん……。からだが、うまく動かないの」


 背後の粗末なベッドから、か細い声が届いた。アキト・サカグチは調合用の硝子管を握る手を止め、弾かれたように振り返る。


「ミオ!」


 駆け寄ったアキトの目に飛び込んできたのは、あまりにも残酷な光景だった。

 薄いシーツから覗くミオの右足――その膝から下が、輪郭を失いかけていた。皮膚が蝋のように溶け、半透明の灰色の泥水となってシーツへ滴り落ちていく。虚無へと還る奇病、「液化虚無の呪い」の侵食が、再び活性化しているのだ。


「大丈夫だ、ミオ。すぐに薬を作る。だから、動かずにじっとしていてくれ」


 ミオの深い藍色の瞳が、申し訳なさそうに揺れる。彼女の細い指先が、胸元にある母親の形見――「星屑の錆びた髪留め」をぎゅっと握りしめていた。その安物の真鍮から放たれる極微弱なろ過マナだけが、彼女の崩壊を辛うじて引き留めている。


 アキトは奥歯を噛み締め、地下調合室の作業台へと戻った。

 猶予は数分もない。ミオの肉体の結合を維持するための特殊延命薬を精製するには、毒沼の境界で採取した「忌避草の根」だけでは足りない。最も重要な、そして最も禁忌とされる『触媒』が必要だった。


 アキトは自身の左腕を覆う厚い包帯を、ためらうことなく引き剥がした。


 現れたのは、人間のものではない「何か」だ。

 指先から肘の関節にかけて、皮膚が完全に炭化したかのように漆黒に染まっている。その黒い皮膚の下を、脈動に合わせて蛍光緑の不気味な光を放つ魔力血管が、のたうち回るように蠢いていた。


「毒素侵食度:第一段階(左腕の黒化)」――自らの肉体に魔獣の呪詛を移植し、共生させることで得た、呪われた薬師の証。


「『痛覚遮断・毒素制御』、起動」


 アキトは脳内で冷徹に術式を唱えた。

 左腕の痛覚神経がマナによって強制的に麻痺させられる。脳を引き裂くような激痛がすっと引き、代わりに左半身が氷のように冷たく凍りつくような、奇妙な喪失感が支配した。感覚が失われた指先を、冷徹な理性だけで動かす。


 アキトは硝子のメスを手に取り、躊躇なく黒化した左腕の皮膚を切り裂いた。


 傷口から溢れ出たのは、赤ではない。蛍光緑の魔力を帯びた、ドロドロとした濁った黒い血――「呪血」だ。アキトはそれを、作業台の中央に鎮座する古代の遺物『ゲヘナの調合窯』へと滴らせた。


 ジ、と肉が焼けるような異音が響き、窯の表面に刻まれた古代ルーンが不気味な緑色の光を放ち始める。


「負の魔力回路:初期共生、接続。暴走を抑え込め」


 アキトの体内にある「無属性・負の魔力回路」が駆動する。本来、人体にとってマナは結晶化を引き起こす猛毒だ。だが、アキトの特異体質は、この毒素を魔力へと変換し、体内で飼い慣らすことを可能にしていた。


 ドクン、と窯が脈打つ。周囲の大気から汚染されたマナが吸い寄せられ、アキトの呪血と激しく衝突した。通常の公認薬師が用いる調合式であれば、この時点で不純マナと反発して大爆発を起こしていただろう。事実、アキトもかつては何度もその失敗を経験し、全身にひび割れを負った。


 だが、今の彼には「呪詛共生調合」がある。あえて最悪の毒である自身の呪血を触媒にすることで、大気中の汚染物質を分子レベルで相殺し、安定化させるのだ。


 アキトは「真鍮製の乳鉢」で極微細に粉砕した「忌避草の根」を窯へ投入した。

 この根が持つ強烈な刺激臭と抗毒成分が、呪血の魔力と混ざり合い、窯の中で螺旋を描いて融合していく。黒い煙が立ち上り、不純物が窯の底へと沈殿していく。


 調合を進めながら、アキトの脳裏に、数時間前の毒沼での光景がよみがえっていた。


 素材である忌避草の根を手に入れるため、アキトは「マギ・ゲヘナ毒沼」の境界へと潜入していた。ヘドロと廃棄魔薬が混ざり合う死の沼。そこは、平民を魔獣の餌にする残忍な密猟団「ゲヘナの牙」の縄張りでもあった。


 大気そのものが有毒な沼の霧の中、アキトは「微細嗅覚分析」を研ぎ澄ませていた。風の匂い、腐敗したマナの揺らぎ、そして――獣のような、脂ぎった不快な体臭。


(……ネズミの匂いだ。密猟団の斥候、ジャックか)


 物陰に潜むアキトの鼻が、風下から接近する不審者の存在を正確に捉えていた。ジャックは不気味なニヤケ顔を浮かべ、アキトの足跡を探している。見つかれば、地下調合室の場所まで割れる危険があった。


 アキトは自身の左腕に巻き付く漆黒の幼蛇――ゲイルの頭を優しく撫でた。


「ゲイル、あいつの注意を引け。ただし、深追いはするな」


 ゲイルは緑色の瞳を明滅させ、音もなく泥の中へと滑り込んでいった。数十メートル先で、ゲイルがわざと泥を跳ね上げる。ジャックが「誰だ!」と声を荒らげ、そちらへ注意を向けた瞬間、アキトは自身の気配を完全に遮断した。


 痛覚遮断を応用し、自身の魔力脈動と呼吸を極限まで抑制する。周囲の有毒なヘドロの匂いと同調し、ただの「死気」になりすます。ジャックのすぐ側を、音もなく通り抜け、アキトは無事に地下調合室への帰路を確保したのだ。


「――できた」


 アキトの呟きが、静かな地下室に響いた。

 ゲヘナの調合窯から立ち上る煙が消え、底に残されたのは、透き通るような美しいエメラルドグリーンの液体だった。不純物を極限まで排除した、ミオ専用の特殊延命薬。


 アキトは慎重に薬液を小瓶に移し、ベッドのミオの元へと運んだ。彼女の青白い唇を開き、一滴ずつゆっくりと流し込んでいく。


 効果は劇的だった。

 ミオの右足から滴り落ちかけていた灰色の液状呪詛が、薬液の浸透とともに収縮していく。溶けかけていた輪郭が再び固定され、白く儚い、元の少女の足へと再構築されていった。


「はぁ……っ、兄さん……」


 ミオの呼吸が安定し、藍色の瞳に生気が戻る。アキトは張り詰めていた緊張を一気に解き、ベッドの脇にへたり込んだ。


「良かった……。これで、あと数日は保つ」


 しかし、安堵したアキトが自身の左腕に目を落とした瞬間、彼の表情が凍りついた。

 黒化した漆黒の皮膚の境界線が、肘の上から二の腕に向けて、さらに数ミリメートル這い上がっていた。蛍光緑の血管が、かつてよりも高く、アキトの鎖骨を目指して蠢いている。


 等価交換の薬理原則。ミオの命を繋ぐたびに、アキト自身の肉体は確実に呪いに蝕まれ、死へと近づいていく。


 アキトは静かに包帯を巻き直した。感覚の消えかけた左手を見つめ、琥珀色の瞳に冷徹な決意を宿す。どんなに身を削ろうとも、妹を救うという意志に揺らぎはなかった。


 その時だった。

 地下調合室の鉄扉が、激しく叩かれた。ゲイルが鋭い威嚇の声を上げ、アキトは即座に腰の毒針射撃器(ニードルガン)に手を伸ばす。


「先生! アキト先生、いるかい!?」


 扉の向こうから聞こえたのは、スラムの自警団の若い男の、ひどく狼狽した声だった。


「大変なんだ! エルマさんの救護所で、子供たちが一斉に倒れた! みんな体中が熱くなって、皮膚に青いガラスみたいなものが浮き出てきているんだ! お願いだ、助けてくれ!」


 アキトの脳裏に、父親が残した「調合ノート」の一節がよぎる。結晶化を伴う原因不明の高熱――それは、帝国の「神聖魔薬」の廃棄物が引き起こす、最悪の公害病の兆候だった。


 不穏な嵐の予感が、冷え切った地下室を満たしていった。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!