Nhạc nềnEnchanter2

奈落谷の崩落、即席のジャッキ

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

世界からすべての「温度」と「味」を失ったまま、榊弦(サカキ・ゲン)は泥と錆の臭いが立ち込める奈落谷中央広場へと這い上がっていた。彼の結晶化した左腕は肘の上まで青く透き通り、ランタンの光を冷酷に反射している。皮膚の触覚が失われているため、煤けた上着が肌に擦れる感覚すらない。だが、彼の耳だけは、スラムの終わりを告げる破滅の音を克明に捉えていた。


「ゴゴゴゴゴゴ……!」


 奈落谷中央広場を揺るがすのは、通常の地震ではない。中層のレイス財閥が稼働させた巨大吸引機が、下層の許容限界を超えて魔力を吸い上げた結果、大地を支えていた都市生命体ガイアの「生体肉壁」が耐えきれずに破断したのだ。それは、都市の基礎骨格が内側から千切れる音だった。


「逃げろ! 長屋が崩れるぞ!」


 悲鳴が闇を切り裂く。広場を囲むように建てられた多層木造の「配管工の共同長屋」が、地盤沈下によって不自然に傾き始めていた。柱がきしみ、壁が引き裂かれ、凄まじい土煙を上げて建物の半分が崩落していく。瓦礫の下から、逃げ遅れた子供たちの泣き声と、住民たちの絶望的な叫びが響き渡った。


「クソッ、ジャッキが効かねえ! 地面が泥みたいに柔らかくなってやがる!」


 赤銅色の巨躯を揺らし、配管工の頭領・鉄蔵(テツゾウ)が叫んでいた。彼と配管工同盟の男たちは、巨大な鉄製ジャッキと太いロープで傾く長屋を支えようとしていたが、地盤そのものが液状化し、ジャッキが底なしの泥の中に深く沈み込んでしまっていた。物理的な力だけでは、数百トンの建物の崩壊を止めることは不可能だった。


 弦は目を閉じ、首元の「真鍮の魔導聴診器」を耳に深く押し込んだ。


「絶対聴覚・レベル2『大地の悲鳴』――」


 周囲の絶叫と土煙の摩擦音が脳内で瞬時にミュートされ、青と黒の音波波形だけで構成された立体世界が展開される。弦は獲得したばかりの『真鍮の巻物』の配管図データを脳内に重ね合わせた。崩落しつつある長屋の直下、わずか三メートル下に、かつて都市建設期に使われ、現在は放棄された古い真鍮製の「排水導管」が走っている。そして、そのすぐ横には、魔力炉から中層へと繋がる「高圧蒸気幹線」が並走していた。


(あの排水導管を……物理的な突っ張り棒にする)


 弦は工具箱から、エルザが大学から持ち出した「ポータブル魔力圧力計」を取り出し、高圧蒸気管の測定ポートにプローブを突き刺した。ガラスメーターの指針が激しく振動し、炉内圧力がすでに危険領域である「レベル・オレンジ(暴走予兆)」へ向かって急上昇していることを示していた。配管の内部を流れるエーテル蒸気の流速は、限界を超えている。


「ダン! そこにある錆びついた第一バルブを回せ! 四十度左だ!」


 弦は、鉄蔵の部下である怪力の重作業員、ダンに向かって叫んだ。無口な大男は、弦の指示に迷うことなく、鋼鉄の作業手袋をはめた両手で巨大な鉄製バルブを掴んだ。


「グ、オオオォッ!」


 ダンの鋼のような筋肉が膨れ上がり、錆びついたバルブが金切り声を上げて回り始める。高圧蒸気管のバイパスが開き、猛烈な熱気を持ったエーテルガスが、長屋の真下を走る放棄された排水導管へと一気に流れ込んだ。


「シューーーーッ!」


 導管の内部圧力が急上昇し、真鍮の管がのたうち回るように膨張を始める。地下から押し上げられる空気圧が、傾く長屋の基礎を押し上げようとした。しかし、長屋の自重は重すぎた。配管の接合ボルトが「ピキピキ」と悲鳴を上げ、高熱の蒸気が接合部の隙間から噴き出し始める。


(圧力が逃げている……。このままでは導管が破裂し、長屋ごと全員が押し潰される!)


 弦は迷わなかった。結晶化した左腕には感覚がない。彼は「振動減衰手袋」をはめた生身の右手で、熱水と高熱蒸気が噴き出すバイパス管の接合部を直接押さえつけた。熱が右手の皮膚を焼き、肉が焦げる臭いが立ち込める。だが、弦の脳はその「熱さ」を、単なる「高周波の摩擦音」として冷徹に処理していた。


「骨格共鳴――同調しろ!」


 弦は、結晶化した左前腕から、自身の骨の周波数を配管の金属分子へと直接流し込んだ。スパナで接合部を細かく叩き、逆位相の微細振動を送り込む。金属の分子結合が一時的に活性化し、破裂寸前だった真鍮の強度が劇的に引き上げられた。蒸気のリークがピタリと止まる。


「ダン、さらにバルブを十度開けろ! 圧力をジャッキに集中させろ!」


 ダンが最後の力でバルブを回し切った。極限まで膨張した地下の排水導管が、物理的な「空気ジャッキ」として完全に機能した。ドクン、という大地の鼓動とともに、傾いていた共同長屋の土台が、地下からゆっくりと、しかし確実に押し上げられて静止した。


「今だ! 子供たちを引っ張り出せ!」


 鉄蔵が叫び、配管工たちが瓦礫の下から泣き叫ぶ子供たちを次々と救い出した。間一髪の救出劇だった。長屋は、即席の空気ジャッキによって、泥の上に辛うじて繋ぎ止められていた。


 弦は配管から手を離し、激しく息を荒らげた。肺の奥からせり上がる石化病の熱い血を、彼は静かに飲み込んだ。ふと見下ろした自身の生身の右手――その手の甲の皮膚に、青い半透明の結晶の斑点が、微小な星のように浮かび上がっていた。高圧ガスの負荷を骨格でアースした代償だった。


「おい、弦! やったな! 本当にスラムの心臓医だ!」


 鉄蔵が弦の肩を叩いて喜んだ。しかし、弦の耳は、広場の歓声をかき消すような、より巨大な不協和音を捉えていた。魔力炉の奥から響く「キィィン」という金属音が、さらにそのピッチを上げている。圧力計の針は、完全に「レベル・オレンジ」の領域に固定されていた。


 その時、広場の四方のアクセス通路から、ガチャガチャと重々しい金属音が響き渡った。暗闇の中から現れたのは、青い魔導アーマーを纏った地下監理局の治安維持部隊だった。彼らはスラムの住民たちを隔離するように、鉄の防壁ゲートを次々と閉鎖し始めたのだ。


「これより、奈落谷全域を『不可避の災害区域』として完全封鎖する。住民は一歩も動くな!」


 拡声器から響く冷酷な命令。バルザック査察官の命令を受けた重装甲部隊が、地盤沈下という「事故」を利用して、下層エリアを完全に埋め立てる計画を強制執行するために、スラムの周囲を包囲し始めたのだった。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!