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光と影の交錯、狂暴なる残影の胎動

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ジリジリと、足の裏から皮膚が焦げるような熱が這い上がってくる。

 新宿歌舞伎町の路地裏、そのネオンの隙間に隠された闇市場は、一瞬にして沸騰した。アスファルトの割れ目から染み出す湿った影たちが、沸き立つ熱湯のように泡立ち、蒸発していく。悠人が背後から拘束している雨宮凛の身体が、恐怖と緊張で微かに震えた。

「嘘、でしょ……。この熱量、結界の境界が内側から焼き切られてる……!」

 彼女の絞り出すような声が、大気の震動にかき消された。

 ――キィィィィン!

 脳髄を直接錆びた釘で引っ掻くような、悍ましい高周波の絶叫が闇市に響き渡る。次の瞬間、闇市場を外界から隔てていた古い遮光結界が、内側から爆発するように弾け飛んだ。炎のカーテンを引き裂いて姿を現したのは、燃え盛る青い業火を全身に纏った巨大な異形――かつて日輪神皇と呼ばれた神の成れの果て、『カグツチの残影』だった。

 その顔面を覆う黄金の仮面は、自らが放つ青炎の熱によってドロドロと醜く歪み、虚無の眼窩からはただ悠人の右腕に向けた凄絶な敵意が、視覚的な光の矢となって放たれている。

「ア、ァ……オ、レノ……カ、ゲ……ヲ……!」

 言葉にならない神の呪詛が、周囲の露店を物理的な衝撃波となってなぎ倒した。陳列されていた怪異の骨や、怪しげな薬瓶が次々と粉砕され、周囲は一瞬で地獄絵図と化す。逃げ惑う下級怪異たちの悲鳴が響く中、凛は悠人の右腕に視線を落とした。黒い包帯に包まれているはずのその腕から、カグツチの残影が放つものと全く同じ、青白い陽炎が立ち上っている。

「あんた……」

 凛の瞳が、驚愕と、そして冷たい不信感に染まった。

「その腕の匂い、あの化け物と同じ……。あんたが、神皇の影を盗んだっていう『大泥棒』だったのね!?」

「話は後だ!」

 悠人はサングラスの奥の目を険しく細め、凛の拘束を解いた。言い訳をする猶予などない。カグツチの残影は、悠人の体内に不完全な状態で縫い付けられている『カグツチの火種』の波動を完全にロックしている。奴はただ、奪われた己の半身を取り戻すためだけに、この闇市を灰にしようとしているのだ。

 残影が巨大な炎の腕を振り上げた。吹き荒れる熱風が、悠人の『影霊の衣』の端をチリチリと焼き焦がしていく。まだ『黒炎の術式』を己の力として制御できない悠人には、正面から奴の炎を打ち消す手段がない。

「死にたくなかったら、私の光の邪魔をしないで!」

 凛が叫ぶと同時に、彼女は手元に落ちていた懐中電灯をひったくり、幾何学的な紋様が刻まれたガラス板をかざした。彼女の魔力が光に乗り、壁面に巨大な影を投影する。

『影絵・大盾(ダーク・シールド)!』

 投影された影が、物理的な質量を持つ漆黒の防壁となって悠人たちの前に立ち上がった。直後、カグツチの残影が放った青炎の激流が防壁に激突する。

 ゴォォォォ! と、耳を劈く烈風の音が周囲を満たした。しかし、光の熱量があまりにも高すぎる。凛の展開した影の盾は、青炎の熱に曝された瞬間からジリジリと融解し、ドロドロとした黒い液体となって地面に流れ落ち始めた。

「くっ……熱が強すぎて、影の構造が維持できない……!」

 凛の額から大粒の汗が流れ落ちる。彼女の勝ち気な表情が、焦燥に歪んでいく。

 ――このままでは、あと数秒で盾ごと焼き尽くされる。

 悠人は、激しく脈打つ自身の心臓に手を当てた。ポケットの奥で、月光の懐中時計が「チク、タク」と狂ったように速いテンポを刻んでいる。不眠症による慢性的な偏頭痛が、熱気によってさらに増幅され、視界がチカチカと赤く染まり始めていた。

 やるしかない。悠人は一歩前へ踏み出し、左手首の赤いミサンガを右手で強く握りしめた。脳裏に、白い病床で静かに眠る妹・沙耶の姿が浮かぶ。ここで死ぬわけにはいかない。

「……下がれ、凛!」

 悠人は大きく息を吸い込み、体内の暴走する冷気と、脳を蝕む不眠の苦痛を限界まで練り上げた。精神攻撃技『不眠の共鳴(インソムニア・エコー)』。

 悠人が放った影の波動が、目に見えない同心円状の波となってカグツチの残影の精神へと直撃した。十六年間、一秒の安息すら得られずに暗闇を見つめ続けてきた悠人の、底知れぬ疲労感、焦燥、そして脳を引き裂くような偏頭痛の幻覚――そのすべてが、狂暴化した神の精神へと直接同期される。

「グ、ガ、ァァァァァァッ!?」

 カグツチの残影が、突然頭を抱えるようにして絶叫した。純粋な破壊衝動に突き動かされていた神の残滓が、人間の生々しい「眠れぬ苦痛」という泥濘に足を取られ、その動きが目に見えて鈍る。青い炎の勢いが一時的に弱まった。

「悠人、あんた本当に何者なの……?」

 凛が息を荒くしながら、信じられないものを見る目で悠人を睨みつけた。だが、その瞳の奥には、同じように「夜」という孤独に取り残された者だけが持つ、奇妙な共鳴が揺らめいている。

「あんたが神の影を盗んだせいで、天照衆が動いてる。あいつらは、私たちみたいな下級怪異や日陰者を『光の燃料』としか思ってない。あんたを炙り出すためなら、この闇市ごと全員を焼き払う気よ!」

 凛はそう吐き捨てながらも、懐中電灯の光を地面へと斜めに照射した。長い影のラインが、崩落しかけた露店の隙間を縫うようにして、闇市の奥へと伸びていく。

「あそこに『影の逃走路』を作った! 走って!」

 だが、二人が走り出そうとした瞬間、闇市場の逆側の入り口から、冷酷な黄金の光が差し込んできた。

「簒奪者を発見した。これより、不浄の闇を粛清する」

 純白の甲冑を纏い、バイザーの奥の瞳を黄金に光らせた天照衆の一般兵――『中級神使級・光輝兵』の分隊が、闇市の崩壊に乗じて突入してきたのだ。彼らは怪異たちの救助など目もくれず、一斉に光線銃を悠人たちに向けて構えた。

 ヒュン! ヒュン! と、空気を切り裂く純白のレーザーが放たれる。しかし、カグツチの残影が激昂して放った青炎の乱気流が周囲の空気を異常に歪めていたため、放たれた光線は熱によって屈折し、悠人たちの数センチ横のアスファルトを爆破するにとどまった。三つ巴の混沌とした戦況が、闇市を完全に支配する。

「がはっ……!」

 悠人は、無理に広範囲へ『不眠の共鳴』を放った代償として、激しい脳の痛みに襲われた。鼻からツッと赤い血が流れ落ち、視界が急速に狭まっていく。左手の指先は、まるで凍りつくように感覚を失い、黒いガラスの硬質さを増していた。

 その時、カグツチの残影が放った青い炎の奔流が、闇市場の頭上に張り巡らされていた巨大なネオン看板のケーブルに引火した。

 バチバチと激しい火花が散り、ネオン管の内部のガスが超高温によって一気に膨張する。

「逃げ――」

 悠人が叫ぶよりも早く、大爆発が起こった。

 ドォォォォン! という凄絶な轟音と共に、赤や緑のネオン看板が粉々に砕け散り、爆発的な火の海が路地裏全体を覆い尽くした。青い神の炎と、現実の電気火災の赤い炎が混ざり合い、悠人と凛の退路を完全に塞ぐ。炎の壁が、二人の行く手を阻むように立ち上がった。

HẾT CHƯƠNG

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