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鉄骨の産声

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精錬炉の熱気が、古鍛冶小屋の湿った空気を容赦なく焼き尽くしていた。黒鉄鉱山の立ち入り禁止区域――「落盤エリア」の最深部に隠された源蔵の古鍛冶小屋は、赤黒い炉の光に照らされ、まるで巨大な怪物の胎内のようだった。大気に満ちているのは、石炭の煤煙、沸騰する金属の不気味な甘い香り、そして生々しい血の匂いだ。


剛田鉄馬は、煤けた石床の上に横たわっていた。首席看守・鬼頭剛造の「砕骨鉄拳」によって粉々に砕かれた両腕は、骨格としての機能を完全に失い、ただの肉の袋のように左右に転がっている。呼吸をするたびに、陥没した肋骨が肺を突き刺し、激しい喀血が喉を塞いだ。内力を練るための経絡が生まれつき死んでいる鉄馬にとって、この傷は本来なら確実な死を意味する。


だが、鉄馬の瞳の奥に宿る獣の光は、一寸の衰えも見せていなかった。足首に食い込む従弟・源次の形見――「錆びた首輪」の冷たさが、彼の意識をこの世に繋ぎ止めている。


「う、あ……が……」


喉の奥から血の混じったうめきが漏れる。鉄馬の視線の先には、言葉を持たぬ老鍛冶師・源蔵が立っていた。舌を抜かれた源蔵は、無言のまま、炉の傍らに置かれた巨大なるつぼを見つめている。るつぼの中では、玄鉄の粉末と獰猛な獣の骨髄を高熱で沸騰させた黒い薬液――「玄鉄骨髄液」が、どろどろと泡を立てて煮えたぎっていた。その熱気だけで、小屋の床が微かに歪んで見える。


源蔵がゆっくりと振り返り、傍らに立てかけられていた錆びた巨大な武器――重さ五十キロを超える「源蔵の大鉄槌」を鉄馬の前に放り投げた。ズシン、と重い金属音が石床を震わせる。


言葉はなかった。だが、源蔵の白濁した目は、冷酷なまでに鉄馬の覚悟を問うていた。


――『砕骨再生法』を始める。そのためには、鬼頭に中途半端に砕かれた腕の骨を、自らの手でさらに粉々に叩き潰さねばならん。骨髄液が骨の隅々まで行き渡るよう、不揃いな骨折面を完全に均一な『破砕泥』にするのだ。


「ふ、ふは……。やって、やる……!」


鉄馬は歪んだ笑みを浮かべた。内力を持たぬ者が名門剣派に復讐し、妹の小夜を救い出すための、これが唯一の道だ。彼は動かない両腕の筋肉を無理やり引き絞り、床を這った。骨の破片が肉の中でギチギチと音を立てて擦れ合い、脳を直接灼くような激痛が走る。だが、彼は悲鳴を上げなかった。ただ、執念だけで右手を伸ばし、大鉄槌の太い柄を掴もうとした。


指先が動かない。神経が死にかけているのだ。鉄馬は躊躇せず、口を開けて鉄槌の柄を歯で強く噛み締めた。そして、全身のバネを使い、首の力と左足の「錆びた首輪」を床に引っ掛けて身体を反転させ、大鉄槌を自身の左腕の真上へと物理的に引きずり上げた。


「うおぉぉぉ!」


鉄馬は頭を激しく振り下ろし、五十キロの鉄塊を、自身の不完全な左前腕骨へと真っ向から叩きつけた。


――グシャリ!


生々しい肉の潰れる音と、完全に骨が粉砕される「破砕音」が小屋に響き渡る。左腕の橈骨と尺骨が、完全に細かな微粒子へと砕け散った。鉄馬は血を吐きながら床を転がり、全身を激しく痙攣させた。白目を剥きかけるほどの激痛。だが、彼は止まらなかった。間髪入れず、今度は砕けた左腕を重り代わりに鉄槌の柄に絡め、自身の右腕に向けて鉄槌を振り下ろした。


――バキィィィン!


右腕もまた、完璧な「破砕泥」と化した。両腕の骨格が完全に消失し、血まみれの肉塊となった鉄馬は、石床の上で激しくのたうち回った。呼吸が一時的に乱れ、金属成分が経絡を逆流しかけて吐血し、心臓が物理的に停止しかける。死の深淵が、すぐ目の前で口を開けていた。


「相変わらず、無茶をする男だね」


その時、小屋の影から滑り込むようにして、妖艶な衣装を纏った美しい女――お蘭が現れた。彼女の瞳には、鉄馬の凄惨な自己破壊に対する驚愕と、それを超える深い興味が宿っていた。お蘭は素早く鉄馬の傍らに膝をつくと、懐から一粒の黒い丸薬を取り出した。骨の再生能力を通常の数十倍に活性化させる古代の外家秘薬――「砕骨丹」だ。


「死にたくなければ、これを飲み込みな」


お蘭が鉄馬の口をこじ開け、砕骨丹を喉の奥へと押し込んだ。同時に、彼女の合図で、小屋の入り口から薬草採りの老婆・およねが、崖の上で命がけで採集した「接骨草」の生のすり潰し薬を持って現れた。およねは、鉄馬の血まみれの両腕に、強烈なハーブの匂いを持つ緑色の生薬を、容赦なく擦り込んでいく。生の接骨草は皮膚を激しく刺激し、焼けるような痛みを倍加させるが、これが皮膚の化膿と壊死を防ぐ唯一の物理的な防壁だった。


「源蔵、やりな!」


お蘭の鋭い声が響く。源蔵は無言で頷き、るつぼから沸騰する黒い「玄鉄骨髄液」をひしゃくですくい上げた。数千度の熱を帯びた、どろどろとした金属の液体。源蔵はそれを、鉄馬の裂けた皮膚と、砕け散った骨の隙間へと、直接容赦なく流し込んだ。


――ジュゥゥゥッ!!!


肉が焦げる凄まじい音と白煙が立ち上る。鉄馬の体温は一瞬で異常な高温へと達し、彼の視界は真っ赤に染まった。脳が焼き切れるような熱狂的な痛みが全身の神経を嵐のように吹き荒れる。死んだ従弟・源次の幻影が、そして父・烈火の赤髭が、炎の中で揺らめいているのが見えた。意識が完全に崩壊しかけ、心臓の鼓動が急激に遅くなっていく。


(ここで、死ねるか……。小夜が、まだ、名門の奴らのところで待っているんだ……!)


鉄馬は、歯が砕けるほどに奥歯を噛み締めた。彼は「無痛の瞑想」を極限まで引き出し、激痛を「単なる物理的な破壊のノイズ」として脳に客観的に処理させた。そして、肺から取り込んだ酸素を、血液を通じて直接「骨髄」へと送り込む、特殊な逆腹式呼吸――「鉄骨精錬の呼吸法」を開始した。


吸い、吐き、骨髄を脈動させる。鉄馬の生まれ持った特異体質――「骨髄変異体」の驚異的な自己再生力が、極限の飢餓と破壊の中で、ついに本能的に覚醒した。


砕け散った骨の破片が、染み込んだ玄鉄の金属粒子を貪るようにして急速に吸着し始めた。皮膚の下で、何かがバキバキと、不気味な金属音を立てて再構築されていく。


橈骨が、尺骨が、玄鉄の成分と完全に融合しながら、常人の二倍以上の密度と太さを持つ、鋼の如き「鉄骨」として再結合していく。焼けただれた両腕の皮膚は、見る影もなく変形し、隆起した傷跡(ケロイド)が幾何学的な紋様のように腕全体を覆っていった。


「……あ、おおおぉぉぉ!」


鉄馬は咆哮を上げ、上半身を力任せに起こした。再結合した両腕の皮膚の下で、骨が黒光りし、鈍い金属的な光沢を放っている。彼は、新しく生まれ変わった自身の左拳を、渾身の力で石床へと叩きつけた。


――ドォン!!!


凄まじい衝撃音が鍛冶小屋に響き渡った。内力を一切使っていない、純粋な物理的質量のみの打撃。だが、鉄馬の拳が激突した頑丈な岩の床には、蜘蛛の巣状の巨大な亀裂が走り、細かい石粉が周囲に舞い散った。


鉄馬は、自身の両拳を見つめた。そこには、常人の肉体を遥かに超越した、圧倒的な「物理の質量」が宿っていた。これが、鉄骨の産声だった。しかし、彼の身体能力の向上は両腕のみにとどまり、全身の骨格は未だ脆く、立ち上がることすらままならない。鉄馬は、激しい疲労と高熱の余韻の中で、静かに荒い息を吐き続けた。

HẾT CHƯƠNG

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