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砕かれた誇りと不壊の種

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肺を焼くような煤煙と、鼻を突く硫黄の臭気。辺境の鉱山都市「黒鉄市」の最底辺に位置する黒鉄鉱山・第一採掘場は、生きて立ち入る者をことごとく泥と錆の塵へと変える地獄の底だった。

 剛田鉄馬は、ツルハシを握る両手の感覚をすでに失っていた。全身を覆うのは、長年の重労働と衛兵の気まぐれな鞭打ちによって刻まれた無数の傷跡。彼の身体は、生まれつき経絡が極端に細く、「内力を一切練ることができない無能」という烙印を押された、ただの「凡骨」に過ぎなかった。内力至上主義の武林において、内力を持たぬ者は人間ではない。家畜以下の消耗品、それが今の彼のすべてだった。

 鉄馬は、配給されたおがくず混じりの硬い黒パンを、乾いた喉に無理やり押し込んだ。砂を噛むような不快感が胃を刺激するが、生き延びるためにはこの泥水のような熱量さえも貪らねばならなかった。

「……兄、貴……」

 足元から、消え入りそうな声が聞こえた。鉄馬の腕の中で横たわっているのは、従弟の源次だった。かつて帝都の名門であった剛田家が没落した際、共にこの鉱山へと売られてきた唯一の肉親。源次の身体は病魔と過酷な労働によって限界を迎えており、青白く痩せ細った皮膚の下で、細い肋骨が痛々しく浮き上がっていた。

「しっかりしろ、源次。息を吸え」

 鉄馬の呼びかけも、もはや源次の耳には届いていなかった。源次の瞳から光が失われ、その小さな身体から最後の体温が抜けていく。最期の瞬間まで、源次は首に嵌められた錆びた奴隷の首輪を冷たい手で握りしめていた。それは、彼らが奴隷に落とされたその日から、決して奪われることのなかった屈辱の印であり、同時に彼らが「剛田一族」として生きていた最後の証明でもあった。

「よく頑張ったな、源次。もう、苦しまなくていい」

 鉄馬は静かに源次の瞼を閉じ、その首から錆びた首輪を取り外した。血と泥にまみれた重い鉄の輪を、自らの左足首に深く巻き付ける。これこそが、亡き従弟の無念を自らの肉体に刻み、復讐の炎を絶やさないための精神的な錨だった。

「おい、そこの泥人形。死体の片付けの時間だ。その首輪をよこせ。鉄屑として再利用する」

 背後から、金属の擦れ合う音と共に、傲慢な声が響いた。そこに立っていたのは、第一採掘場の看守たちだった。彼らの手には、内力で強化された鞭や槍が握られている。

「これは渡さない」

 鉄馬は立ち上がり、錆びた首輪を握りしめて看守たちの前に立ちはだかった。その眼光は、飢えた狼のように鋭く、死を恐れぬ光を宿していた。

「なんだと? 奴隷の分際で口を答えるか。おい、こいつの四肢を叩き折って分からせてやれ!」

 看守が鞭を振り上げたその瞬間、背後の暗闇から、地鳴りのような足音が響いてきた。岩壁が微かに震え、空気の圧力が急激に重くなる。看守たちが一斉に直立不動の姿勢をとり、恐怖に顔を引きつらせた。

「退け、雑魚どもが」

 暗闇から姿を現したのは、身長二メートルを超える巨漢――第一採掘場の絶対的な支配者であり、首席看守の鬼頭剛造だった。顔に刻まれた縦の大きな傷跡が、彼の凶暴性を物語っている。鬼頭の全身からは、赤黒い内力のオーラが立ち上り、周囲の奴隷たちを物理的な圧力で押し潰していた。弱者たちは息を詰まらせ、次々と地面にひざまずいていく。

「剛田の生き残りか。まだそんなゴミのようなプライドを持っていたとはな」

 鬼頭は肩に担いだ特製の鉄棍棒を地面に突き立てた。どおん、と重い衝撃波が走り、鉄馬の足元の岩盤が弾ける。

「その首輪を渡せ、鉄馬。さもなくば、お前の骨を一本残らず噛み砕いてやる」

「断る」

 鉄馬は一歩も引かなかった。内力を持たぬ「凡骨」の肉体でありながら、彼は鬼頭の放つ圧倒的な威圧に、ただ自身の骨格の連動だけで耐え、仁王立ちを続けていた。

「愚か者が。内力を持たぬゴミが、武者の前に立つとどうなるか、その身に刻んでやろう」

 鬼頭が鼻で笑い、右拳を握りしめた。その拳に、赤黒い凶暴な内力が収縮していく。鬼頭の伝承する外家・内家結合武功「破岩気功」の真髄が、その拳に集約されていた。

 鉄馬は一瞬の隙を突き、足元の鋭利な黒鉄石の瓦礫を掴んで、鬼頭の喉元を狙って突き出した。しかし、鬼頭が軽く息を吐き出すと、彼の周囲に展開された目に見えぬ「内力障壁」によって、瓦礫は接触する前に木っ端微塵に粉砕された。物理的な反発力が鉄馬の右腕を襲い、衝撃だけで彼の爪から血が噴き出す。

「これが『内力』だ、無能」

 鬼頭の巨体が、その巨躯に似合わぬ神速で踏み込んできた。放たれたのは、一撃で岩石をも粉砕する絶対の必殺拳――「砕骨鉄拳」。

 鉄馬は直感した。この攻撃は回避できない。そして、まともに受ければ心臓が破裂して即死する。彼は瞬時に判断を切り替え、錆びた首輪を胸の中に隠すように身体を丸め、両腕を交差させて頭部と心臓を守る「肉体的防衛」の姿勢を取った。

 直後、鬼頭の拳が鉄馬の交差した前腕に激突した。

 ――バキィィィン!

 生々しく、そして鈍い骨折音が採掘場内に響き渡った。鉄馬の両腕の橈骨と尺骨が、内力の爆発的な衝撃によって瞬時に数十の破片へと砕け散った。激痛が脳を突き抜けるが、鉄馬は「無痛の瞑想」の端片を本能的に掴み、悲鳴を上げる代わりに、口から大量の鮮血を鬼頭の顔面に向けて吐き散らした。

「……まだ、その目をしているか!」

 鬼頭は顔にかかった血を拭い、激怒してさらに踏み込んだ。彼の巨大な足が、鉄馬の脇腹と両脚を無慈悲に踏みつける。バキバキと音を立てて肋骨が陥没し、大腿骨と脛骨が物理的にねじ切られるように砕けた。鉄馬の身体は、骨格としての機能を完全に失い、ただの血まみれの肉塊と化して地面に転がった。

「死に損ないめ。落盤エリアの廃坑に投げ捨てておけ。有毒ガスを吸って、じわじわと泥に還るがいい」

 鬼頭の冷酷な命令を受け、看守たちが鉄馬の動かなくなった身体を乱暴に引きずり始めた。鉄馬の意識は急速に薄れていく。全身の骨が砕けた激痛と、失血による冷たさが彼を支配していた。しかし、彼の左足首には、未だ従弟・源次の「錆びた首輪」が固く絡みついたままだった。

 看守たちは、立ち入り禁止区域である「落盤エリア」の深い奈落へと、鉄馬の身体を容赦なく投げ捨てた。暗黒の底へと落下していく感覚。岩肌に衝突するたびに、砕けた骨がさらにきしむ。やがて、彼は冷たい廃坑の底の泥の上に叩きつけられた。

 静寂。そして、濃厚な死の臭気と有毒ガスの気配。

 鉄馬の命の灯火は、今にも消えかけようとしていた。呼吸をするたびに、陥没した肋骨が肺を突き刺し、血が喉を塞ぐ。このまま暗闇の中で、誰にも知られずに死んでいくのか。剛田一族の復讐も、囚われた妹の救出も、すべてはここで潰えるのか。

 その時だった。

 一切の光が届かない廃坑の暗闇の奥から、重く、規則正しい足音が響いてきた。

 ズシン。ズシン。

 それは、金属を叩く鎚音のように重厚で、不気味なほどに力強い足音だった。何者かが、確実に鉄馬の倒れている場所へと近づいてくる。意識が完全に闇に落ちる寸前、鉄馬の濁った瞳に、暗闇の中で微かに赤く光る、巨大な炉の残り火のような影が映り込んだ――。

HẾT CHƯƠNG

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