Nhạc nềnSakuya2

氷雨の墓標、静かなる慟哭

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

爆ぜる炎の熱風が、影狼の背中を容赦なく焼き焦がしていた。左肩の火傷が、動くたびに骨に響くような激痛を放つ。肺の奥は黒煙に蝕まれ、呼吸をするたびに血の味が喉元へせり上がってきた。だが、影狼の腕の中に抱かれた玄庵の身体は、すでに恐ろしいほどに軽冷たく、生気を失っていた。


「ひゃーはははは! 逃がすかよ、盲目のネズミめ! 灰すら残さず焼き尽くしてやる!」


 薬庵を取り囲む鬱蒼とした森の奥から、火術師・鬼火の平八の狂気的な哄笑が響く。次々と放たれる火矢が風を切り裂く不吉な「ヒュッ」という音が、右耳の失聴による死角を突くように、影狼の右斜め後方から迫る。目を持たぬ影狼にとって、この焦熱の焦土は「光」ではなく、皮膚を焦がす「巨大な上昇気流の乱れ」として知覚されていた。


(引け……熱風の隙間を読め……)


 影狼は「風の軌跡視」を全開にした。猛火が酸素を喰らい、大気が上空へとねじれ上がる対流。その僅かな「冷たい風の通り道」を、皮膚の毛穴で敏感に捉える。彼は玄庵の亡骸を左腕で強く抱き抱え、右手に再鍛造されたばかりの「竹杖の仕込み刃」を握り締めた。足裏の重心を滑らかに移動させる「歩法・霧走り」を使い、炎の壁の僅かな隙間へと身を滑り込ませる。


 背後で、薬庵の太い梁が「メキメキ」と轟音を立てて崩壊する音が響いた。凄まじい熱波が背中を襲うが、影狼の身体はすでに炎の網をすり抜け、裏山を流れる川の湿った冷気の中へと没していた。火薬の焦げ臭い匂いが遠ざかり、川霧の濡れた匂いが鼻腔を満たす。


 ――チャプ、チャプ。


 川面に響く、極めて微小な水の揺らぎ。そこに、一本の静かな櫂の音が混ざっていた。国境の川の渡し守・太助が、約束通り無音で舟を出して待っていたのだ。太助の心音は、この非常事態にあっても驚くほど静かで、年季の入った職人のそれだった。影狼は音もなく舟へと飛び乗り、玄庵の身体を横たえた。太助は何も言わず、ただ力強く櫂を引き、水音を一切立てずに舟を対岸へと滑らせた。背後で燃え盛る薬庵の轟音が、川霧の彼方へと消えていく。


 暴風雨は、いつしか冷たい「氷雨」へと変わっていた。天から降り注ぐ無数の冷たい氷の粒が、影狼の濡れた野良着を叩き、体温を容赦なく奪っていく。


 舟を降りた影狼は、玄庵の亡骸を抱えたまま、自身のホームグラウンドである「無縁墓地」へと帰還した。立ち並ぶ無数の古びた墓石が、氷雨に濡れて黒く佇んでいる。その静寂の闇の中に、いくつかの不規則な、しかし聞き慣れた心音が待っていた。


「おじさん……!」


 お鈴の声だった。伍助の鍛冶場にいるはずの彼女が、影狼の危機を本能的に察知し、墓掘りの老人たちを伴ってここで待っていたのだ。お鈴の小さな手が、泥まみれで冷え切った影狼の手を握り締める。彼女の心拍は激しく跳ね上がっており、その小さな身体が寒さと恐怖で震えているのが、伝わる体温から痛いほどに理解できた。


「玄庵様が……どうして……」


 お鈴の言葉が途切れた。彼女の視線の先にあるものが、物言わぬ亡骸であることを、彼女もまた理解したのだ。墓地の長老格である源三と弥平が、無言のまま泥を掘り返すシャベルの音を響かせ始めた。サクッ、サクッ、という湿った土の音が、氷雨の音の中に静かに溶けていく。


 影狼は、玄庵の遺体を冷たい土の底へと、静かに横たえた。彼を奈落の底から救い出し、盲目の耳に経絡を開く鍼治療を施してくれた、唯一の理解者。その身体に、源三たちが無言で土を被せていく。土が亡骸を覆うたびに、影狼の胸の奥で、何かが決定的に崩壊していく音がした。


「憎しみに溺れるな、影狼。あの子の『目』となり、守るためであれ……」


 脳裏に、玄庵の最期の遺言が、彼の途切れゆく心音と共に何度も繰り返される。だが、その慈悲深い言葉を反芻するたびに、影狼の内側に渦巻く「黒塔」への激しい憎悪は、氷雨の冷たさを吸ってさらに鋭く、冷徹な刃へと研ぎ澄まされていく。懐の中、血と煤に汚れた「玄庵が遺した謎の処方箋」が、彼の皮膚を通じて重く存在を主張していた。


 その時、影狼の感覚に、致命的な異変が生じた。


 ――ザー、ザー、ザー、ザー。


 激しさを増す氷雨が、無数の墓石や乾いた土、木の葉を叩く音が、突如として巨大な「白い雑音」となって影狼の脳内へと雪崩れ込んできた。それは、普段の「反響定位」を助ける音ではない。世界のすべてを埋め尽くす、圧倒的な音響の暴力だった。


「が……、は……っ!」


 影狼は突然、頭を抱えてその場に膝をついた。竹杖が泥の中に落ち、鈍い音を立てる。脳の奥が、まるで沸騰した油を注がれたように熱く、激しく燃え上がっていた。耳の奥では、数千の金属性の蝉が同時に鳴き喚くような、凄まじい耳鳴りが吹き荒れる。


 自身の血流の音、呼吸の摩擦音、そして周囲を叩く氷雨のすべての音波が、巨大な針となって彼の鼓膜を内側から突き破ろうとしていた。三半規管が完全に狂い、天地の感覚を失った影狼は、冷たい泥の中に突っ伏したまま、激しく喘いだ。


(耳が……聞こえぬ……世界が、完全に歪んでいく……)


 これは、一族である「風の民」の血脈の呪いだった。感覚を極限まで酷使し続けた代償として、脳が過熱し、若くして発狂にいたる死の宿命。玄庵という唯一のブレーキを失ったことで、影狼の精神的防壁が決壊し、感覚の暴走が始まったのだ。


 冷たい泥の中で、影狼は深い絶望と孤独の深淵に囚われていた。目に見える光を失い、今また、世界を認識するための唯一の「音」すらも、狂気という名の闇に奪われようとしている。このまま、己は何も成し遂げられず、泥の中で狂い死ぬのか。


 その時、彼の過熱した、凍える指先に、小さく温かい手が触れた。


 お鈴だった。彼女は泥にまみれた影狼の身体を必死に抱きしめ、その温もりを「皮膚」を通じて共有しようとしていた。お鈴の小さな心臓が、恐怖と必死の祈りを込めて、トクン、トクンと影狼の身体に共鳴する。


 そして、お鈴は自身の胸元から、大切に持っていた「小夜の形見の鈴」を取り出した。彼女は影狼の耳元、まだ僅かに感覚が残る左耳のすぐ傍らで、その小さな真鍮の鈴を、一定の、静かなリズムで弾いた。


 ――チリン。 ――チリン。


 澄んだ、あまりにも純粋な高音が、脳内を支配していた白い雑音の嵐を、一瞬にして切り裂いた。


 その音は、影狼の狂いかけた聴覚野にとって、絶対的な「基準律」として機能した。鈴の音の波形が、過熱した神経細胞の暴走を物理的に抑え込み、乱れた経絡の流れを急速に正常化させていく。耳の奥の蝉の鳴き声が、潮が引くように背景へと退き、世界の輪郭が、再び静寂の中に青く描き出されていった。


「おじさん……」


 お鈴の、小さく震える声が、影狼の耳に届いた。


「泣かないで。私、おじさんの『目』になる。おじさんが見えないものは、私が全部、言葉で教えるから。だから……自分を壊さないで。生きて、おじさん……」


 その言葉は、冷たい氷雨の中で、影狼の荒みきった魂に灯った、唯一の「光」だった。影狼は、泥に汚れたお鈴の小さな手を、静かに、しかし壊れ物を扱うように優しく握り返した。


(俺は……一人ではない)


 初めて、影狼は自身の肉体的な、そして精神的な「弱さ」を認めた。復讐という血塗られた修羅の道を歩みながらも、この少女を、玄庵が遺したこの光を、何があっても守り抜く。その無言の誓いが、彼の仕込み刃に、憎悪を超えた「守護の意志」という新たなる剣理を与えた。脳の熱が引き、世界の雨音が、静かな「調べ」となって彼の耳に優しく響き始める。


 埋葬を終え、影狼が半分焦げた竹杖を手にして立ち上がった瞬間、墓地の入り口から、激しい泥水を跳ね上げる足音が近づいてきた。


 それは、訓練された武芸者の足音ではない。焦燥と恐怖に駆られ、必死に走る男の、不規則な泥の弾き音。半助だった。彼の心臓は破裂しそうなほどに激しく脈打っており、衣服からは宿場町の代官所の「鉄と硝煙」の匂いが漂っていた。


「影狼様! 大変です……!」


 半助は影狼の前に膝をつき、激しく息を乱しながら、氷雨の闇に向けて不穏な知らせを吐き出した。


「代官所が……黒塔の指示で動き出しました! 玄庵様の薬庵に出入りしていた貧民や、治療を受けていた行き倒れたちを、片っ端から『辻斬りの共犯』として捕縛し始めたのです! 三吉も……私の連絡係の少年も、彼らと一緒に代官所の地下牢へと連行されました!」


 その言葉が響いた瞬間、無縁墓地の空気が、一瞬にして氷点下へと凍りついた。代官所と黒塔の、容赦なき弾圧の爪牙が、ついに罪なき弱者たちへと向けられたのだ。


「おじさん、みんなが……」


 お鈴の震える声が、氷雨の闇に溶けていく。影狼は半分焦げた竹杖を固く握り締め、代官所がそびえる方角へと、静かに、しかし凄絶な殺意を湛えた顔を向けた。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!