抜き打ちの捜索と重ねた体
「ガチャン」と、冷たく重々しい金属音が狭い独房の石壁に跳ね返り、静かに消え去った。
白亜の聖塔・地下牢の最下層。天井の極小の鉄格子から差し込む一条の月光の下で、エミリ・フォン・ローゼンの細い手首は、再び冷酷な鉄枷によって拘束されていた。数分前まで、その枷は外され、彼女はガブリエル・アルドブランディーニという男の、狂おしいほどに熱い手の温もりに包まれていた。だが、地上の監視の目を欺くためには、夜が明ける前に彼女を再びこの「檻」へと繋ぎ戻さねばならなかった。それは二人が結んだ、背徳的で、かつ唯一の防衛策としての「共謀」の儀式だった。
「また、私をこの冷たい闇に閉じ込めるのですね、閣下」
手枷の鎖を小さく鳴らしながら、エミリは薄い唇の端に、かすかな、そして不敵な微笑を浮かべた。長引く監獄生活による深刻な栄養失調と、大彗星の軌道を完璧に導き出すために「高速脳内計算シミュレーション」を限界まで使用したことによる脳の疲弊は深刻で、彼女の呼吸は未だに浅く、青白い肌は月光を浴びて透き通るように儚げだった。だが、その灰色の瞳だけは、勝利の確信に満ちて強く輝いている。
「耐えろ、エミリ。お前をこの汚れた火刑台から救い出すための、これは必要な偽装だ。直轄管理への移送手続きが完了するまで、お前はただの『絶望した異端の魔女』を演じ続けねばならん」
ガブリエルは完璧な「聖職者の完璧な偽装」の仮面を被り直し、冷淡な声で応じた。だが、その漆黒の瞳の奥には、自らの手で再び彼女を縛り付けたことへの、身を切るような苦痛と、彼女の存在に対する狂おしいほどの執着が渦巻いていた。彼は踵を返し、音もなく独房の重厚な鉄扉を閉めて去っていった。
再び独房を支配した、凍てつくような静寂。しかし、その静寂は長くは続かなかった。
(――来る。不規則で、重々しい金属の足音。これは通常の衛兵の巡回ではない。十二人……いや、十四人。武装した騎士たちの進軍。そして、あの男の、執念深く冷酷な足音……マルクス)
エミリは瞬時に自らの「絶対的空間認識能力」を起動させ、暗闇の中で響く足音の振動から、地上の異変を正確に感知した。「聖塔の見張り交代シフト規則」を完全に無視した、非常事態の進軍。大彗星が彼女の予測通り、深夜二時ちょうどに完璧に消滅した事実を知ったマルクス・ヴァイス筆頭審問官が、自らの敗北と教皇庁の天文暦の嘘を隠蔽するため、狂気に駆られて彼女を抹殺しにくるのだと、エミリは直感した。
独房の鉄扉が、凄まじい音を立てて外側から蹴り開けられた。
「捜索しろ! この不浄な独房の隅々まで、石板の一枚に至るまで剥ぎ取れ! 異端の証拠を、悪魔の星図を叩き出すのだ!」
漆黒の審問官服を翻し、マルクスが踏み込んできた。その落ち窪んだ瞳には、神の勝利という名の、狂気的な怒りとサディスティックな殺意が燃え盛っている。彼の背後には、忠実な右腕であるハインリヒ・クラウスと、松明を掲げた重武装の衛兵たちが、まるで飢えた獣のように独房内へと雪崩れ込んできた。
「マルクス様、深夜にこのような乱暴な真似を……私はただ、主の御前で自らの罪を悔い改めていただけです……」
エミリは「心理的視線誘導」の技術を使い、あえて激しく咳き込みながら、床の上に崩れるように倒れ込んだ。鉄枷が耳障りな音を立てて鳴り響く。彼女は自らの極限の肉体的衰弱を強調し、男たちのサディスティックな優越感を刺激することで、彼らの視線を、地動説を証明する秘密の星図が隠された石壁からそらそうと試みた。柑橘類の汁で描かれた星図は、乾いて目に見えなくなっているが、もし石板を剥がされ、裏面に刻まれた微細な幾何学的な傷跡を発見されれば、すべては終わりだった。
だが、マルクスの狂信は、エミリの儚げな美しさに惑わされるほど生易しいものではなかった。
「黙れ、悪魔の代弁者め! お前がその不浄な手で、この独房の壁に『悪魔の星図』を描き、ガブリエル枢機卿を惑わしていることは百も承知だ。あの彗星の消滅は、魔術によるペテンに過ぎん! クラウス、壁だ! 石壁の隙間を調べろ。すべての石板を剥がせ!」
「はっ!」
クラウスが冷酷な笑みを浮かべ、鉄製のバールを手にして、エミリが星図を隠したまさにその石壁へと歩み寄った。衛兵たちがエミリの体を乱暴に掴み、壁際から引き剥がそうと手を伸ばす。
(しま、い……私の、父の真実が……)
エミリの胸に、冷たい絶望がよぎった。クラウスのバールが、星図の隠された石板の隙間に差し込まれようとした、まさにその瞬間だった。
「――そこまでだ、マルクス審問官」
地獄の底から響くような、低く、圧倒的な威厳に満ちた声が、地下牢の入り口から轟いた。
ガブリエル・アルドブランディーニが、影の中から風を切り裂くように独房へと乱入してきた。その深紅の法衣は激しく波打ち、彼の漆黒の瞳は、怒りと、そして隠しきれない焦燥で燃え盛っていた。
ガブリエルは躊躇わなかった。彼はマルクスや衛兵たちの制止を無視し、大股でエミリへと歩み寄ると、彼女の華奢な肩を掴み、乱暴に石壁へと押し付けた。
「――っ!」
エミリの背中が、冷たい石壁に激突する。しかし、衝撃の痛みを感知する暇はなかった。
ガブリエルは、自らの広い胸をエミリの体に完全に重ね合わせるようにして、彼女を壁際へと追い詰めた。彼の強靭な肉体が、彼女の薄い囚人服越しに直接押し付けられる。ガブリエルが纏う豪奢な深紅のマントが、エミリの体と、彼女の背後にある問題の石壁を、完全に、そして完璧に覆い隠した。
「閣下……?」
エミリの囁きは、ガブリエルの胸元に吸い込まれた。
密着した体。エミリは、ガブリエルの心臓が、まるで早鐘のように激しく脈打っているのを感じた。昼間は氷のように冷徹な「神の代理人」を演じている彼が、今、自分を失う恐怖に狂い、押し潰さんばかりの力で自分を抱きすくめている。彼の体温が、冷え切った彼女の肉体に乗り移り、熱い電流となって背骨を駆け抜けた。触れ合うことすら許されない絶対的禁忌の境界線が、二人の重なり合う肉体の熱によって、完全に溶かされていく。
ガブリエルは彼女の耳元に顔を寄せ、その熱い息を吹きかけながら、外のマルクスに向かって吼えた。
「私の許可なく、私の直轄管理下にある囚人を捜索するとは……マルクス、お前は枢機卿会への反逆を目論んでいるのか? それとも、我がアルドブランディーニ家を敵に回す覚悟があっての狼藉か?」
その声は、完璧な「冷酷な審問官」の仮面を被っていたが、エミリを抱きしめる左腕の力強さは、狂おしいほどの執着と情愛に満ちていた。ガブリエルの右腕は、かつての古傷のせいか、わずかに硬直して不自然に静止していたが、それでも彼女を隠すための絶対的な盾として、その空間を物理的に封鎖していた。
マルクスは、ガブリエルの異常な肉体的密着と、その圧倒的な威圧感に一瞬目を見開いた。しかし、教皇庁の最高エリートである枢機卿の法的な威光と、帝国屈指の名門一族の権力の前に、彼は一歩後退せざるを得なかった。ここで強行突破すれば、自らが「反逆者」として処刑される危険があることを、マルクスの冷徹な計算が理解していた。
「……閣下、私はただ、教会の無謬性を守るために、この異端の女が隠し持つ証拠を捜索しようとしたまでにございます。彗星の消滅は、何らかの魔術の仕業に違いありません」
「証拠など存在しない。この女の審問は、私が直轄で行っている。お前のぬるい捜査など、私の法廷には不要だ。下がれ、マルクス。二度と私の許可なく、この独房に足を踏み入れるな」
ガブリエルの氷のような言葉に、マルクスは屈辱に顔を歪め、拳を固く握りしめた。しかし、彼は深く頭を下げ、冷酷な笑みをその薄い唇に刻んだ。
「……失礼いたしました、ガブリエル枢機卿閣下。主の光が、あなた様と共にありますよう」
マルクスはクラウスと衛兵たちを引き連れ、忌々しげに独房を去っていった。重い鉄扉が閉まり、再び地下牢に静寂が戻る。
ガブリエルは、ゆっくりとエミリの体から自らを離した。だが、その瞬間、彼は自らの法衣の袖口を凝視し、息を呑んだ。エミリの背中を押し付けていた湿った石壁の「炭墨の汚れ」が、彼の上質な白い法衣の袖口に、べっとりと、そして決定的な物証として付着していたのだ。それは、彼がエミリと物理的に密着し、彼女を壁際で庇ったことを示す、沈黙の告発状に他ならなかった。
独房の外へと去りゆくマルクスは、すれ違いざまにその汚れを確かに目撃していた。彼の瞳の奥に宿った、すべてを暴き出そうとする狂気的な疑惑の光を、ガブリエルは忘れることができなかった。
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