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大崩落、山を背負う防波堤

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天井の巨大な巨岩が、彼女の頭上へと剥がれ落ちようとしていた――。


 轟、と地底の底が引き裂かれるような震動が、第一黒鉄坑道(ダイイチコクテツコウドウ)の全域を揺るがした。何百本もの木製の支柱が自重と土圧に耐えかねて一斉に破断し、乾いた木片が弾丸のように飛び散る。赤黒い鉄の粉塵が爆風となって視界を覆い隠し、松明の灯火が次々と吹き消されていった。


「崩落だ! 逃げろ!」

「坑道が潰れるぞ!」


 阿鼻叫喚の叫び声を上げながら、囚人たちが我先にと出口へと殺到する。落石が彼らの背中を容赦なく打ち据え、血飛沫が闇に舞った。だが、その狂乱の渦中、崩落の直下にただ一人、取り残された小さな影があった。


 亡き副官の遺児、沙耶(サヤ)だった。


 彼女は水を運ぶための不格好な木桶を胸に抱きしめたまま、恐怖で完全に足をすくませていた。彼女の頭上、十数尺の高さから剥がれ落ちたのは、優に数千貫(数トン)を超える巨大な黒鉄鉱石の塊だった。その漆黒の質量は、重力加速度を伴って、容赦なく少女の小さな命を押し潰そうと落下してくる。


 剛顕(ゴウケン)の瞳が、鉄の兜の奥で鋭く見開かれた。


 考える時間はなかった。内力(真気)を練れば、経絡を縛る玄鉄甲(ゲンテッコウ)の針が即座に肺を突き破る。しかし、彼には父から受け継いだ頑強な骨格と、五百キログラムの絶対的な「質量」がある。


 ズン!


 剛顕は右足を踏み込んだ。大地の固有振動を足裏で捉える「地裂歩(チレツホ)」の要領で、自らの五百キロの自重を前方の一点へと傾斜させる。重力と慣性の法則に従い、漆黒の鉄甲が弾丸のような速度で滑り出した。砂塵を巻き上げながら、剛顕は沙耶の頭上へと滑り込み、その小さな身体を自らの胸の下へと抱き込んだ。


 直後、落下する巨岩が、剛顕の背中の装甲板へと直撃した。


 ドォォォォン!


 坑道全体を震わせる、凄まじい金属衝突音が轟いた。火花が闇を切り裂き、周囲の空気圧が物理的に弾け飛ぶ。数トンの岩石が持つ凶暴な運動エネルギーが、剛顕の背中を通じて彼の肉体へとダイレクトに伝わった。


「がはっ……!」


 剛顕の口から、どす黒い鮮血が兜の内側へと吹き出した。背筋の力だけでその超重量を押し返そうとした瞬間、彼の背骨が悲鳴を上げ、玄鉄甲の内側に仕込まれた経絡封印の針が、彼の肺を物理的に圧迫したのだ。視界が真っ赤に染まり、意識が遠のきかける。


(耐えろ……。ここで俺が折れれば、この子は潰れる)


 脳裏に去来するのは、父・榛烈(ハリバラ・レツ)の遺訓だった。『将たる者、民の盾となれ』。国に裏切られ、忠義を血で汚されたとしても、目の前の無辜の命を見捨てることは、己の武人としての魂を完全に死なせることを意味していた。


 剛顕は歯を食いしばり、意識を肉体の制御へと集中させた。腕力や背筋といった局所的な筋肉で支えるのではない。彼は「不動鉄心功(フドウテッシンコウ)」を極限まで起動した。


 首、背骨、腰、そして両脚。全身の骨格を完璧な垂直の「一本の鉄柱」として整え、鎧の質量と完全に一体化させる。さらに、榛一族に伝わる防御術「盾牆の呼吸(ジュンショウノコキュウ)」を応用した。呼吸を極限まで細く長くする「逆流息」の合間に、巨岩から伝わる凄まじい衝撃波を、自らの骨格を通じて足裏へと受け流していく。


 みしみし、みしみし……!


 剛顕の肉体から、骨が軋む鈍い音が響く。しかし、数トンの巨岩は、彼の背中の上で完全にその動きを止められていた。剛顕は、大地の崩壊をその身一つで受け止める、動かぬ鉄の防波堤と化していたのだ。


 だが、衝撃のエネルギーは消え去ったわけではない。剛顕の足裏から地面へと逃がされた凄まじい圧力が、彼が踏み締めていた坑道の底岩へと集中した。第一黒鉄坑道の床面は、過剰な採掘によってすでに空洞化していたのだ。


 バリバリ、バリバリバリ!


 剛顕の足元の岩盤が、クモの巣状に激しくひび割れた。そして次の瞬間、大地の底が完全に抜け落ちた。


 落下の衝撃。剛顕は沙耶を胸にしっかりと抱きかかえたまま、巨岩と共に、奈落の底へと真っ逆さまに落ちていった。周囲の土砂と瓦礫が、彼らの頭上を完全に覆い隠し、坑道は完全に沈黙した――。


 どれほどの時間が経っただろうか。


 暗黒の空間の中、剛顕はゆっくりと意識を取り戻した。全身を襲うのは、骨が砕けたかのような激痛。だが、胸の下を確認すると、沙耶はかすり傷一つ負わず、恐怖に震えながらも静かに息をしていた。剛顕の背中の上で、落下した巨大な黒鉄鉱石が他の瓦礫と噛み合い、奇跡的に「梁」のような空洞を作り出していたのだ。


 そこは、第一黒鉄坑道のさらに地下深く、立ち入り禁止とされていた重力異常地帯「玄鉄深淵(ゲンテツシンエン)」の底だった。


 一寸先も見えない暗闇。しかし、剛顕の目は、深淵の底から微かに立ち上る、奇妙な青黒い光を捉えていた。それは、大地の底に眠る古代の「玄鉄隕石」が放つ、異常な磁気の輝きだった。


 キィィィン……、キィィィン……。


 剛顕の全身を包む玄鉄甲が、その磁気と物理的に共鳴し、微かに振動を始めた。その瞬間、剛顕は驚愕した。磁気による引き合う力が、五百キロの鎧の重量を一時的に相殺し、彼の背骨への圧迫を和らげたのだ。そして、完全にロックされていたはずの鎧の関節部分に、ほんのわずかな、しかし確かな「遊び(隙間)」が生じた。内力なしでこの千斤の枷を動かすための、物理的な鍵が、この暗黒の深淵に眠っている――。廊下の奥から、崩落を調査する看守たちの冷酷な足音が響き始める中、剛顕は無言のまま、深淵の光を見つめ続けた。

HẾT CHƯƠNG

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