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極寒の庵に咲く氷華

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九条家の本邸から引き剥がされるようにして連れてこられた先は、庭園の最果て、鬱蒼とした竹林の奥にひっそりと佇む古い木造の離れだった。

名ばかりの婚約者――いや、実質的な人質として九条家に留め置かれることになった雪代詩織の前に立ちはだかるのは、冷酷な当主・九条蓮だけではなかった。一族の宿敵である九条家そのものが、彼女を奈落へ引きずり込もうと牙を剥いているのだ。


「こちらが、詩織様に与えられた『氷華庵』でございます」


九条家本邸の家政長である松乃は、白髪をきつく結い上げたその厳めしい顔に、隠そうともしない嘲笑を浮かべて言った。彼女の腰に下げられた鍵束が、チャリチャリと冷ややかな金属音を立てる。


「ずいぶんと長い間、使われていなかった古い茶室ですが、没落した雪代家の方であれば、かえって落ち着くのではないかと思いまして。本邸は九条の血を引く者のみが住まう神聖な場所。汚れた血を引くお方が立ち入る場所ではございません」


松乃の言葉は、慇懃無礼を通り越して露骨な悪意に満ちていた。案内された「氷華庵」は、障子は破れ、畳は擦り切れ、冬の容赦ない隙間風が容赦なく吹き込む、廃屋同然の建物だった。暖房器具の類いは一切見当たらない。


「な、何という無礼を……! 詩織様は、九条蓮様の正式な婚約者としてこちらに迎えられたはずです! このような極寒のあばら家に押し込めるなど、人のすることですか!」


詩織の背後から、雪代家から付き従ってきた唯一の侍女である千代が、怒りに震える声で抗議した。丸顔の彼女の頬は、寒さと悔しさで真っ赤に染まっている。


「お黙りなさい、下女」

松乃は冷酷な眼光で千代を一瞥した。「当主様がその命を惜しんで、一時的に生かして置いてくださっているだけの身分で、よくも吠えられたものですね。寒さに凍えるのが嫌ならば、今すぐ泣いて本邸に慈悲を乞うが良いでしょう」


「貴女……っ!」


千代がエプロンドレスの下に隠した暗器に手をかけようとした瞬間、詩織はその華奢な手を伸ばし、静かに彼女の肩を制した。指先はすでに凍えるように冷たい。しかし、詩織の漆黒の瞳には、微塵の揺らぎもなかった。


「下がっていなさい、千代」


「ですが、詩織様!」


「良いのです。――松乃殿、丁重なご案内、痛み入ります。雪代の娘がどのような場所で咲くか、その目に焼き付けておくと良いでしょう」


詩織は冷徹な、しかし凛とした微笑を松乃に向けた。その不屈の気高さに、松乃は一瞬だけ気圧されたように眉をひそめたが、すぐに鼻で笑って背を向けた。


「ふん、いつまでその傲慢な態度が保てるかしら。……ああ、そうそう。薪はそこの裏庭に置いてあります。湿っていて火はつきにくいでしょうが、せいぜい凍死なさらぬよう、励むことです」


冷たい笑い声を残し、松乃と九条家の使用人たちは去っていった。静まり返った氷華庵に、ヒョオォォと冷たい冬の風が吹き抜け、埃を舞い上げる。


「詩織様……申し訳ありません、私がお守りしなければならないのに……」

千代は悔しさに唇を噛み締め、涙を浮かべながら裏庭から薪を抱えて戻ってきた。しかし、その薪は松乃の言葉通り、ぐっしょりと濡れており、表面には薄く氷が張っている。


千代は必死にマッチを擦り、乾いたわずかな木の葉に火をつけようとした。しかし、パチパチと小さな火花が散るものの、濡れた薪からは目に染みるような灰色の中毒性の煙が立ち上るだけで、すぐに消えてしまう。部屋の温度は下がる一方で、千代の吐き出す息は白く濁り、手足は感覚を失い始めていた。


「千代、もう良いわ。物理的な火を起こすのは諦めなさい。あの者たちは、私たちが泣き言を言って本邸の蓮に助けを求めるのを待っているのよ」


詩織は静かに畳の上に座した。首元に刻まれた「朱き氷華の血約」の刻印が、衣擦れの向こうで微かに朱い光を放っている。蓮を直接殺そうとすれば、契約の「血約の裏切りの呪縛規則」によって自身の心臓が破裂する。そして、蓮が詩織を殺そうとしても同じだ。だからこそ、蓮の叔父である茂臣とその手下どもは、このような間接的な嫌がらせで詩織を精神的に自死へと追い込もうとしているのだ。


(ここで蓮に慈悲を乞えば、私は一生、彼の奴隷となる。雪代の娘は、敵に決して跪かない)


詩織は深く息を吸い込んだ。胸の奥で、雪代家代々に伝わる「月の霊脈」を呼び覚ます。彼女が選択したのは、雪代流・氷華呪術の応用だった。


「月光に照らされし氷華よ、我が敵を凍てつかせよ――」


詩織は静かに両手を合わせ、特定の指の印を結んだ。彼女の口元から、月光のような清らかな白い霧が静かに吐き出される。「月光氷華呼吸法」により、彼女の体内の霊力が周囲の空気と同調し始めた。


詩織は、隙間風が吹き込む障子の破れ目や、壁の亀裂を見つめた。彼女の意思に従い、空気中の水分が瞬時に凝縮し、純白の氷の結晶へと変化していく。それは、まるで冷たい冬に咲き誇る美しい「寒椿」のようだった。氷の寒椿は幾重にも重なり合い、物理的な防壁となって隙間風の侵入経路を完全に塞いでいく。


「これは……なんて美しい結界……」

千代は寒さを忘れ、部屋の隅々を覆っていく氷の花々を見つめて息を呑んだ。


だが、詩織の術はそれだけでは終わらなかった。冷気から熱を奪うという、逆転の発想。彼女は部屋の内部に「氷壁結界」を構築した。極低温の氷の壁を部屋の輪郭に沿って展開することで、外からの極寒の冷気を完全に遮断し、内部のわずかな体温や熱を閉じ込める「真空の断熱層」を作り出したのだ。


徐々に、部屋の内部の温度が安定し、穏やかな温もりが満ち始める。氷の結晶が月光を浴びて青白く、そして幻想的にきらめき、荒れ果てた廃屋は、まるで氷の宮殿のような神秘的な聖域へと変貌を遂げた。


「これなら、本邸の暖房よりもずっと快適だわ。さすが詩織様です!」

千代は嬉しそうに微笑み、詩織の傍らに寄り添った。詩織は微笑み返したが、その指先は限界まで霊力を酷使した代償として、一時的に凍傷に近い冷たさに陥っていた。全身を襲う疲弊感を隠しながら、彼女は気高く背筋を伸ばし続けた。


しかし、静寂が訪れたのも束の間、夜半が過ぎた頃だった。


突如として、詩織の首元が激しく脈打ち始めた。衣服の隙間から、朱き誓約の刻印が、まるで生き物のように禍々しい赤色の光を放ち、ドクドクと鼓動を打つ。


「あ、っ……はあ、っ……!」


心臓を直接、目に見えない「朱の鎖」で締め上げられるような感覚。それと同時に、喉を内側から焼き焦がされるような、凄まじい「熱さ」と激しい焦燥感が詩織の全身を襲った。皮膚の奥が電撃で焼かれるような、恐ろしい痺れ。


「詩織様!? どうされたのですか!」

慌てて駆け寄る千代の声も、耳元を走るバチバチという不気味な放電音にかき消される。


(これは……私の傷ではない。この熱さと、狂暴な雷の気配は――)


詩織は自身の胸を強く押さえ、荒い呼吸の中で理解した。血の誓約によって繋がったもう一人の半身、九条蓮。本邸のどこかで、彼の霊脈が激しく乱れ、破壊的な雷霆の余波が「朱の鎖」を通じて、彼女の肉体へと直接流れ込んできているのだ。宿敵の痛みが、容赦なく彼女の身を刻み始めていた。

HẾT CHƯƠNG

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