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要石に響く共鳴の結界

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翌朝、帝都新京の境界に佇む「要石の祠」は、骨まで凍てつくような冷たい冬の霧に包まれていた。周囲を取り囲む木々は白く霜を帯び、まるで死者が直立しているかのように不気味な静寂を保っている。

 石造りの祠の前に立つ私の左耳では、昨夜、九条蓮の手によって強引に装着された「氷晶の耳飾り」が、青白く澄んだ光を放っていた。その冷涼な魔力は私の月の霊脈を優しく愛撫し、蓮の修行がもたらす「雷の余波」の激痛を完璧に抑え込んでいる。だが、首元の「朱き氷華の血約」の刻印は、まるでこれから起こる惨劇を予感するように、皮膚の裏側でどくどくと熱い脈動を繰り返していた。


「……顔色が悪いな、雪代の娘。昨夜の口上は大層立派だったが、儀式の途中で力尽きて生贄にでもなるつもりか」


 隣に立つ蓮が、漆黒の外套の隙間から氷青色の瞳を向け、冷酷な声で囁いた。その右手には、昨夜の長老会議で突き立てた「雷切」が、未だ静かな覇気を湛えて握られている。彼の薬指に嵌められた「雷霆の指輪」からは、微細な青い火花がパチパチと散っていた。


「ご心配には及びませんわ、九条の当主様。没落したとはいえ、雪代の誇りはあなたほど脆くはありません。それよりも、ご自身の焦げ付いた右腕の心配をなさってはいかが?」


 私は冷ややかに微笑み返し、小袖の袖で右腕の赤い雷紋を隠した。私たちの距離が近づくにつれ、不可視の「朱の鎖」が激しく引き締まり、互いの心拍が完全に同期していく。トクトクと、重なり合う二つの鼓動が、静まり返った祠の境内に響くようだった。


 祠の周囲では、叔父・九条茂臣が「黒雷の扇子」を弄びながら、傲慢な薄笑いを浮かべて私たちを監視していた。その傍らには、最高長老・九条五右衛門が、不機嫌そうに杖を突いて立っている。


「さあ、蓮、そして雪代の娘よ。儀式を始めよ。要石の霊脈を安定させ、結界を修復してみせろ。もし失敗すれば、その時は伝統に従い、その娘の心臓を抉り出して要石の楔とする」


 五右衛門の地を這うような言霊が、大気を物理的に圧迫する。私は小さく息を吸い込み、石造りの祠へと一歩進み出た。


「千代、そこで待っていなさい」


「はい、詩織様……どうかご無事で」


 背後で控える千代の震える声を聞きながら、私は祠の要石に両手をかざした。要石の表面には、茂臣の「影雷呪術」によって引き裂かれた無数の黒い亀裂が走り、そこから地下の怨霊の瘴気が不気味な黒い霧となって漏れ出している。触れた瞬間、脳裏を灼くような穢れが精神を汚染しようと襲いかかってきた。


「我が命の糧たる氷華よ、荒れ狂う霊脈を静寂へ導け――『雪代流・氷華呪術』」


 私は「月光氷華呼吸法」を起動し、耳飾りから供給される清らかな月の霊力を一気に指先へと集中させた。私の手から放たれた純白の冷気が、過熱して暴走する要石の霊脈へと流れ込み、穢れた黒い霧を物理的に凍らせていく。石の表面に、美しい寒椿を模した氷の結晶が次々と咲き乱れた。


「ふん、私の雷を冷ますのがお前の役目だ。遅れるなよ、雪代」


 蓮が「雷切」を要石の基部へと突き立てた。彼の太陽の霊脈から放たれた破壊的な青い稲妻が、私の冷気の導路を伝わって要石の奥深くへと送り込まれる。相反する熱と冷気が、私の精密な制御によって衝突することなくらせん状に絡み合い、要石のエネルギーを急速に再活性化させていく。黒い亀裂が、光り輝く青と白の術式によって塞がれていくのが見えた。


 修復は完璧に進んでいた。茂臣の顔から余裕の笑みが消え、焦りの色が浮かぶ。――だが、その時だった。


――ドグォォォンッ!


 祠の真下の地面が、凄まじい衝撃と共に爆発した。石畳が弾け飛び、凄まじい泥煙の中から、人間離れした異形の影が這い出してきた。全身に血塗られた包帯を巻き、その隙間から赤く光る眼を狂気に輝かせる男――帝室霊務局が非道な生体改造によって開発した人造陰陽師、「零号」であった。


「グ、ア、アァァァッ!」


 零号が咆哮を上げると、その巨大な黒い腕が、結界の修復を行っていた私の頭上へと振り下ろされた。私は瞬時に「氷刃の舞」を放ち、数十枚の鋭利な氷の刃を彼に向けて射出した。しかし、刃が零号の肉体に接触した瞬間、信じられない光景が起きた。零号の身体に刻まれた術式が青白く発光し、私の放った冷気をすべて内側へと吸い込んでいったのだ。


「何ですって……!?」


 冷気を吸収した零号の肉体は、さらに硬化し、その巨体を倍近くへと巨大化させた。冷気を力に変える特性。雪代の氷術は、この怪物にとって格好の餌にすぎなかったのだ。


 さらに最悪の事態は重なる。祠の影から、不気味な蛇の仮面を被った男――茂臣が雇った暗殺者「黒蛇」が、音もなく這い出てきた。その手には、かすり傷でも即死をもたらす「黒蛇の猛毒」を塗った漆黒の刃が握られている。黒蛇は、零号の猛攻に対処するため無防備になった私の背後を目掛け、目にも留まらぬ速さで刃を突き出した。


 零号の巨大な拳が目の前に迫り、背後からは黒蛇の毒刃が迫る。完全な死の挟み撃ち。霊力が底を突きかけている私には、回避する術はなかった。


(ここまで、ですの……? いいえ、雪代の誇りは、このような卑劣な罠に屈しない!)


 私の知性が、極限の恐怖の中で冷徹な答えを弾き出した。私は「朱の鎖」を通じて、隣で雷撃を放とうとしている蓮の脳へと、自身の意思を直接叩き込んだ。


『蓮! 私の痛みを、あなたの盾としなさい! 躊躇わずに、私の身体を使いなさい!』


 私は懐から「身代わりの人形(ひとかた)」を取り出し、自身の指先の血を塗りつけて引きちぎった。それは、蓮が受ける致命傷の伝達を最大で十秒間だけ遅延させる禁忌の術。同時に、私は自身の胸元に「氷華の呪符」を直接貼り付け、冷気で感覚神経を一時的に麻痺させた。痛みの転移(ダメージ・シェア)を、逆手にとる戦術。


 蓮は私の意図を、その氷青色の瞳で瞬時に理解した。彼は冷酷な、しかし絶対的な信頼を湛えた笑みを浮かべると、自身の肉体を雷光へと変換する高速移動技術「雷歩」を起動した。


――バチチチッ!


 一筋の青い稲妻と化した蓮が、私の背後へと瞬間移動し、黒蛇が放った毒刃の前に自らの身体を投げ出した。漆黒の刃が、蓮の左肩を深く貫く。肉が裂け、毒素が彼の霊脈へと侵入しようとした。

 しかし、その致命的な激痛と毒の侵食は、誓約の鎖を通じて、瞬時に私の肉体へと1対1の割合で転移した。胸元に貼った氷華の呪符と、身代わりの人形の遅延効果により、私はショック死を免れたものの、内臓を直接灼かれるような凄まじい激痛に襲われ、口からどす黒い血を吐いてその場に膝を突いた。


「が、はっ……!」


 私の白い包帯が、一瞬にして赤く染まっていく。だが、私の犠牲により、蓮は「全く痛みを感じない」無傷の状態で、黒蛇の前に立ち尽くしていた。黒蛇は自身の必殺の毒刃が防がれ、蓮が平然としていることに驚愕し、恐怖に目を見開いた。


「おのれ、毒婦め……私の命を、そこまでして守るか!」


 蓮が怒りと独占欲の入り混じった咆哮を上げた。隙を完全に無くした彼は、家宝「雷切」を天へと掲げ、大極クラスの極大霊力を爆発させた。


「鳴神の雷霆よ、我が敵を灰と化せ――『雷霆の裁き』!」


 新京の夜空が突如として青黒い雷雲に覆われ、鼓膜を破らんばかりの爆音と共に、巨大な青い光柱が祠の境内を直撃した。しかし、茂臣が祠の周囲に撒いていた「常世の香」の瘴気により、雷撃の威力は減衰され、零号の強固な肉体を完全に破壊するには至らない。零号は冷気を吸い込み、再び立ち上がろうとする。


「雪代、合わせろ! 氷を媒体にしろ!」


 蓮が叫んだ。私は血を吐きながらも立ち上がり、最後の力を振り絞って「霜雪の吐息」を零号の足元へと吹きかけた。極低温の冷気が零号の関節を瞬間的に硬直させ、彼の巨大な肉体を物理的にその場に凍りつかせ、固定する。凍りついた物質は、電気を極めてよく通す――その物理法則こそが、私の狙いだった。


「いなせ、九条の男――!」


 私は、零号の体内に突き刺さった氷の結晶を、雷の伝導経路として蓮に提示した。蓮は雷切の刃をその氷へと接触させ、自身のすべての雷霆エネルギーを流し込んだ。


――『氷雷の結界』!


 純白の氷のドームが零号を包み込み、その表面を無数の青い稲妻の亀裂が激しく走り回った。冷気を吸収しようとした零号だったが、氷のワイヤーを通じて体内の最奥(霊脈の核)へと直接流し込まれた超高電圧の雷撃に、吸収が追いつかない。内側から細胞が急激に過熱し、凍結と感電の同時負荷によって、怪物の肉体は内側から木端微塵に粉砕された。


――ドガァァァンッ!


 凄まじい爆発光が境内を白く染め、零号は跡形もなく消滅した。黒蛇は形勢不利と見て、影に紛れて瞬時に逃亡。要石の祠の亀裂は、氷と雷の完璧な調和によって完全に塞がれ、修復儀式は成功を収めた。


「はぁ、はぁ……」


 私は激しい霊力消費と、肩代わりした毒の痛みの残滓により、激しく喀血してその場に倒れ込んだ。隣の蓮もまた、過度な雷力使用により右腕が完全に麻痺し、雷切を杖代わりに辛うじて立っている状態だった。都合の良い無傷の勝利など、私たちの誓約には存在しない。すべての救済には、等価の痛みの代償が必要なのだ。


 だが、安堵の息を漏らす間もなく、祠の地下深くから、ゴゴゴと不気味な地鳴りが響き渡った。儀式の極大な衝撃波が、帝都の地下深くに眠る「崇徳の怨霊」の巨大な意識を、一時的に呼び覚ましてしまったのだ。


 新京の夜空が、不気味な薄赤色へと染まり始める。それと同時に、私と蓮の魂を繋ぐ「朱の鎖」が、かつてない強さでドクドクと脈打ち、不気味な共鳴音を脳内に響かせ始めた。


「……これは、一体……」


 蓮が空を見上げ、その氷青色の瞳に初めて本物の戦慄を浮かべた。赤く染まる空の下、私たちの血の誓約は、より巨大な奈落への扉を開いてしまったことを、その不気味な共鳴が告げていた。

HẾT CHƯƠNG

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