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砂塵に舞う無影双剣

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曹猛の率いる守備隊が廃寺の闇に消えてから、夜風はいっそう冷たさを増していた。落日鎮を覆う包囲網の完成まで、残された時間は少ない。蕭落行は泥仏の裏から怯える小泥を抱き上げ、廃寺の外で待つ阿飛の馬車へと急ごうとした。しかし、廃寺を出て数里、砂丘の連なる不気味な静寂のなかで、冷たい殺気が彼らの行く手を阻んだ。


 砂丘の頂に、月光を浴びて立つ影があった。風に薄い衣をなびかせ、口元に冷酷な笑みを浮かべた男――鉄血沙門の第二幹部、「無影双剣」の柳双である。


「蠍三が死んだと聞いた時は耳を疑ったが、まさかこんな片腕の餓鬼にやられたとはな」


 柳双は落行の体に固定された、黒い革の包帯に何重にも巻かれた右腕をねめまわす。彼の目は、獲物の弱点を見抜いた猛獣のように細められていた。


「お前の右腕は完全に死んでいる。蠍三を屠ったというあの呪われた抜刀術『残陽一閃』も、その死に体では引き出すことすらできまい」


 落行は無言だった。彼の右腕は「経絡封印」の秘孔を突いたことで、氷のように冷たく麻痺し、指先ひとつ動かすこともできない。心臓に宿る残陽の熱毒が微かに胸の奥で疼くが、彼は左手だけで「残陽の特製鞘」の黒い鉄面を静かに握り直した。


「阿飛、小泥を連れて下がっていろ」


 落行の低い囁きに、阿飛は青ざめながらも小泥の手を引いて砂丘の影へと退避した。一人残された落行の前に、柳双は腰から二振りの細剣を静かに引き抜いた。中原の名工が鍛造したという、羽根のように軽い二振りの細剣「無影双剣」。月光を反射し、まるで実体のない光の尾を引くように怪しく揺らめく。


「死ね、蕭長風の残党め!」


 柳双の身体が砂の上を滑るようにしてかき消えた。彼の「疾風功」の内力が駆動し、踏み込みの風音すら立てずに落行の懐へと肉薄する。手首の高速なスナップから放たれた「無影双剣術」は、空中に無数の鋭い突き傷の残像を作り出し、どれが実体であるかを見極めることを困難にさせる。


 キィン! キィィン!


 柳双の双剣が、落行の胸元と喉元を同時に、かつ超高速で突き刺す。落行は目を閉じ、耳を澄ませた。砂塵が風に舞う音のなかから、細剣が空気を裂く微細な摩擦音を「砂塵聴音」で正確に捉える。


 落行は「風斬り」の超高速防御を起動した。左手一本で重厚な特製鞘を円状に振り抜き、飛来する二つの突きの側面――剣身の平らな面を同時に叩く。鋭い金属音が夜の砂漠に響き渡り、柳双の突きの軌道が物理的に外側へと激しく弾き飛ばされた。これこそが、敵の剛力を最小限の力で逸らす「借力打力の極限」の体現だった。


「ほう、左手だけで防ぐか! だが、この速度にどこまで耐えられる!」


 柳双は弾かれた反動を利用して瞬時に細剣を引き戻し、さらに異なる軌道から波状の突きを繰り出す。落行は左手の鞘だけで防戦一方となり、一歩、また一歩と砂丘の斜面を後退せざるを得ない。柳双の細剣はあまりにも軽く、引きの速さが尋常ではなかった。落行が鞘での反撃を試みる隙を与える間もなく、鋭い刃先が落行の衣服の袖を無数に切り裂いていく。


(柳双の剣は速いが、質量が軽い。一撃でも直接ぶつければ、その細剣はへし折れる。だが、この片腕では間合いを詰めることができない……)


 落行の脳裏に冷徹な戦術計算が走る。その一瞬の思考の隙を、柳双は見逃さなかった。死角である右側からの鋭い薙ぎ払いが、落行の脇腹を襲う。落行は「砂海歩法」を起動し、砂丘の傾斜を滑るようにして身体を大きく捻った。しかし、右腕の麻痺による重心のブレが、彼の回避動作をミリ単位で遅らせる。


 ちっ、と肉が裂ける冷たい感触が走った。脇腹をかすめられただけではなかった。上半身を急激に捻った衝撃により、先日の蠍三との戦闘で負った背中の毒鞭の傷口が再び引き裂かれ、温かい血が灰色衣の裏にじわりと染み出していく。激痛が全身の経絡を駆け巡り、落行は喉の奥に熱い血の味を感じた。


「ははは! やはり右腕が動かんようでは、重心が狂うな!」


 柳双が勝ち誇ったように叫び、さらに間合いを詰めて突撃してくる。落行は砂丘の斜面を滑り降りながら、左手をゆっくりと錆びた鉄剣の柄へと伸ばした。黒い包帯に巻かれた右腕ではなく、左手での抜刀の構え。その指先が、不気味に赤黒い熱気を放つ特製鞘の鯉口にかかる。


 その瞬間、柳双の突進がピタリと静止した。彼の冷酷な顔に、初めて明確な「恐怖」の影が走る。蠍三を一撃で両断し、万蛇窟を焦土と化したという、命を削る抜刀術「残陽一閃」の噂が彼の脳裏をよぎったのだ。もしここで無理に踏み込めば、自らも赤い閃光の塵にされるのではないか――その本能的な迷いが、柳双の絶対的な速度の勢いを一瞬だけ物理的に減退させた。


 これこそが、落行の狙いだった。抜刀制限残り11回という極限の制約のなかで、剣を抜くことは自らの死期を早める。彼は「抜く仕草」を見せることで、速度に特化した柳双の突撃を躊躇させる心理的ブラフを仕掛けたのだ。


「……はったりか!」


 柳双はすぐに我に返り、己の臆病さに激昂した。しかし、その一瞬の躊躇により、落行は砂丘の底へと着地し、一時的に距離を取ることに成功していた。


 柳双の瞳に、今度は狂気的な殺意が宿る。彼は「疾風功」の内力を丹田から極限まで引き出し、二振りの細剣を交差させた。周囲の砂を巻き上げていた風の音が、不自然にピタリと消え去る。大気が凍りついたかのような静寂が、二人の間に立ち込めた。


「お前の初速度は右腕の死と共に消えた!次は喉元を切り裂いてやる!」


 柳双の叫びと共に、完全に風の音を失った無音の死線が、落行の喉元へと肉薄する。

HẾT CHƯƠNG

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