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歪められた掟

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外門演武場の朝霧が、戒律堂の重い鉄の扉によって遮られた瞬間、世界は急激に冷え切った闇へと沈んだ。


「歩け、この泥棒め」


 背後から容赦なく突き飛ばされ、石頭(セキトウ)は湿った石の階段を転がり落ちるようにして下っていった。行き着いた先は、蒼山派の誰もが死よりも恐れる場所――戒律堂の地下拷問室である。四方の壁は「黒石」と呼ばれる、水分を吸ってぬらぬらと黒光りする頑強な岩盤で囲まれており、そこには過去に処刑された罪人たちの錆びついた血の臭いが、排気のない空気の中に重く澱んでいた。


 ガチャン、と重々しい音が響き、石頭の両手首と両足首が、壁に埋め込まれた精鉄の枷(かせ)によって固定された。枷は冷酷なまでに冷たく、すでに傷ついた彼の皮膚を容赦なく締め付ける。


「張才、こいつが本当に『紫血草』を盗み出した雑役か?」


 拷問室の奥、一段高くなった黒石の椅子に座る男が、低く威圧的な声を放った。戒律堂首座・雷震(ライシン)である。黒い戒律堂の道袍を纏い、太い眉の下にある鋭い瞳は、獲物を値踏みする猛禽のようだった。その傍らには、張才が卑屈な笑みを浮かべて控えている。


「間違いございません、雷首座! こののろまの懐から不審な薬瓶が見つかりました。葛洪長老が丹精込めて育てられた秘伝の薬草を盗み、街で売り捌こうとしていたのです」


 張才の嘘に、石頭は反論しなかった。いや、反論しても無駄であることを、彼はこの数年の虐待の中で嫌というほど学んでいた。それよりも、石頭の神経は懐の奥深くに集中していた。お守り袋の中に隠された『蒼山掌門鉄令』、そして衣服の内側に縫い付けた『蒼山秘録・断片』。これらが見つかれば、自分だけでなく、蔵書閣の「おじさん」こと葉無鋒(ヨウ・ムホウ)の命すら危うい。


 雷震は椅子から立ち上がり、ゆっくりと石頭の前に歩み寄った。そして、石頭の泥と血に汚れた灰色の衣服の胸元をじっと見つめた。そこには、前夜に地下禁書室で呼吸法の暴走(走火入魔)を起こした際に吐き出した、どす黒い血の跡が点々と残っていた。


「……ふん、妙だな」


 雷震の目が細められた。


「この血痕は、外部から殴られて流したものではない。内臓が激しく震え、経脈が暴走した者だけが吐く血だ。武功を一切学んでいないはずの雑役が、なぜ走火入魔の兆候を見せている?」


 その言葉に、拷問室の隅から、影のように細長い男が音もなく歩み出てきた。趙狂烈掌門の忠実な執行人であり、「黒蛇」の異名を持つ沈(シェン)である。青白い顔に薄気味悪い笑みを浮かべた沈は、蛇のように細い指先で、鉄線が編み込まれた拷問用の鞭――雷霆鞭を弄んでいた。


「雷首座、この小僧はただの愚鈍ではございません。先ほど演武場で趙志高若様を泥まみれにした際、極めて奇妙な身のこなしを見せたと周玉が報告しております。……裏で何者かが、この小僧に武功を授けている形跡がある」


 沈の言葉に、雷震の顔が険しくなった。蒼山派の絶対掟――『雑役が武功を修練することは、門派への反逆とみなし、即座に手足を切断して追放する』。


「誰だ」


 雷震が冷酷に言い放った。


「お前にその身のこなしを教えたのは誰だ? 蔵書閣の老いぼれ管理人か? それとも、あの片腕の廃人雑役か?」


 石頭は固く口を閉ざした。沈黙こそが、おじさんを守る唯一の盾だった。彼が一言でも喋れば、おじさんの十年にわたる潜伏が水の泡になる。


「喋らぬか。沈、始めろ」


「御意」


 沈が薄笑いを浮かべ、右腕を引いた。次の瞬間、ヒュッという空気を切り裂く鋭い音と共に、鉄線入りの鞭が石頭の背中に向けて振り下ろされた。


 バシィィン!


 凄まじい破裂音が狭い拷問室に響き渡り、石頭の背中の衣服が一瞬にして切り裂かれた。鋭い鉄線が肉に食い込み、赤い血が激しく吹き飛ぶ。しかし、その打撃が直撃した瞬間、沈の表情が微かに強張った。肉を打つ音の中に、まるで硬い泥の塊、あるいは鈍い鉄の板を叩いたかのような「ゴツン」という異質な音が混ざっていたからだ。


「がっ……!」


 石頭は激痛に顔を歪めたが、悲鳴は上げなかった。彼は咄嗟に目を閉じ、体内に眠る「金剛不壊・初門」の肉体硬化を発動させていた。骨の内側で衝撃を逃がし、肉を鋼のように引き締める感覚。それは昨夜、禁書室の天井裏から聞こえてきたおじさんの叩打音――「トントン、トントン」という一定のリズムに、自身の鼓動を完全に同調させることで得た、静かなる防御だった。


(おじさんの音を聴くんだ……。痛みに心を奪われるな。風鈴の音のように、ただ受け流せ)


 石頭は心の中で「残照の不動心」を極限まで活性化させた。心が静まり返った湖のようになり、背中を切り裂く痛みが、まるで遠い世界の出来事のように感じられ始める。


「ほう、この期に及んで無言を貫くか。それどころか、背中の肉が異常に硬いな」


 沈の瞳に陰湿な光が宿った。彼は手加減を捨て、全身の「陰毒蛇息功」の内力を鞭に乗せ、二発、三発と容赦なく鞭を叩きつけた。鉄線が骨を削るような激しい衝撃が石頭を襲う。背中は血まみれになり、飛び散った血が黒石の床を赤く染めていく。しかし、石頭はただ歯を食いしばり、鎖を握りしめて耐え続けた。


「くそっ、この頑固な泥人形め!」


 激昂した石頭は、拘束を逃れようと、全身の力を込めて精鉄の枷を引っ張った。しかし、枷はびくともせず、逆に鋭い鉄の角が彼の手首の骨に深く食い込み、ミシミシと不気味な骨の亀裂音を響かせた。激しい痛みが脳を灼き、石頭は思わず膝を折りそうになる。筋肉が裂け、手首から流れる血が枷を伝って床に落ちた。自力での脱出は不可能だった。


 雷震は冷ややかにその様子を見つめていたが、どれほど鞭打たれても一切の自白をせず、悲鳴すら上げない石頭の「不動の精神」に、次第に不気味な焦りと恐怖を感じ始めていた。


(この小僧の背後にいる者は、ただ者ではない。この異常な忍耐力と肉体の硬さは、十年前の……)


 雷震の脳裏に、かつて蒼山派を震撼させた「残照剣法」の恐怖がかすめ、背筋に冷たい汗が流れた。


「沈、無駄な鞭打ちはやめろ。この小僧は肉体の痛みに耐える訓練を受けている」


 雷震の声に、沈は息を切らしながら鞭を収めた。彼の顔からは笑みが消え、苛立ちが露わになっていた。


「では、首座、どうされますか?」


「経穴(けいけつ)を直接破壊しろ。皮がどれほど硬かろうとも、体内の気の流れを司る経穴を突かれれば、内力は暴走し、廃人となる。その苦痛の前には、いかなる不動心も無意味だ」


 沈は冷酷な笑みを取り戻し、懐から一本の黒い鉄針を取り出した。拷問用の特殊な「鉄針」である。その針先には、経脈を永久に破壊し、万針に刺されるような激痛を伴う「陰毒」が塗布されていた。


「のろまの石頭、お前のその硬い殻が、この針の前にどこまで持つか試してやろう」


 沈はゆっくりと石頭の前に歩み寄り、針先を石頭の喉元――体内の真気が集まる最重要の経穴である「膻中穴(だんちゅうけつ)」へと向けた。針先が皮膚に触れる直前、その冷たい毒気が石頭の喉を刺激し、呼吸が微かに詰まる。


 石頭は目を閉じ、最後の覚悟を決めた。おじさんを守るためなら、ここで舌を噛み切ってでも沈黙を守る。彼の心は、完全に「残光」の静寂へと沈んでいった。


 沈が冷笑を浮かべ、石頭の膻中穴に向けて、黒い鉄針を全力で突き刺そうとした、まさにその瞬間だった。


 突如として、密閉された拷問室の空気全体が、不自然なほど冷たく、鋭い突風に襲われた。激しい風鳴りと共に、拷問室の壁に掲げられていた数十本の蝋燭の炎が、一瞬にして、同時に消え去った。


 世界は、完全なる暗黒へと叩き落とされた。

HẾT CHƯƠNG

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