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塵にまみれた宿命

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夕暮れ時の蒼山派蔵書閣は、まるで巨大な木の墓標のようだった。差し込む斜光は、宙に漂う無数の塵を金色に染め上げ、数百年もの間、誰に顧みられることもなく朽ちていく書物の死臭を際立たせている。


「ササ、ササ……」


 静寂を破るのは、ただ一本の古びた竹箒が床を擦る音だけだった。


 箒を握るのは、十五歳の少年、石頭(セキトウ)である。がっしりとした骨太な体躯に、煤けた灰色の雑役服を纏い、黙々と床を掃いている。その手のひらは、終わりのない労働によって硬いタコに覆われ、まるで磨き上げられた岩のようだった。周囲からは「物覚えの悪い愚鈍」と蔑まれ、名前すら与えられずに「石頭」と呼ばれているが、その瞳には、どれほど過酷な境遇に置かれても決して曇ることのない、奇妙なほど真っ直ぐな光が宿っていた。


 その様子を、書庫の暗い片隅から見つめる影があった。影の名は葉無鋒(ヨウ・ムホウ)。


 薄汚れた灰色の麻衣を羽織り、無精髭に覆われた顔は生気がない。彼の右袖は肘のあたりで無残にちぎれ、汚れた紐で固く結ばれていた。かつて江湖を震撼させた「天下第一の剣聖」の面影はどこにもない。今の彼は、言葉を失い、右腕を失った、ただの薄汚れた老雑用係に過ぎなかった。


 葉無鋒は、左手一本で古い書物の埃を払いながら、視線の端で石頭の足運びを観察していた。石頭自身は気づいていないが、彼が毎日何万回と繰り返す掃き掃除の歩幅と重心の移動は、葉無鋒が密かに仕込んだ「残照の歩法」の基礎そのものであった。言葉を交わすことはない。ただ、無言の背中が、無言の背中に技術を刻み込んでいた。


 その静寂を打ち破るように、乱暴な足音が蔵書閣の古い床板を鳴らした。


「おい、薄汚い泥人形が。まだそんなゴミ溜めを掃いているのか」


 現れたのは、外門の雑役や食糧を管理する執事、馬徳(バトク)であった。ネズミのように尖った顔に卑屈な笑みを浮かべ、手には黒い革鞭を握っている。馬徳の後ろには、厨房の皿洗いをする孤児の少年、小黒(ショウゴク)が、怯えた様子で立ち尽くしていた。


 馬徳は、手に持っていた木椀を床に放り投げた。椀の中には、小石や砂が混ざり合った、どす黒く硬い雑穀米(粗末な雑穀米)が、わずかに盛られているだけだった。


「今日の取り分だ。趙狂烈掌門のお慈悲により、貴様のような居候にも飯が与えられていることを感謝するのだな」


 馬徳はそう言って、床に落ちた雑穀米をわざと靴の裏で踏みにじった。泥と砂が混ざり合い、とても口に入れられるものではなくなる。石頭は動じず、ただ静かに箒を止め、馬徳を見つめた。


「……」


「なんだ、その目は? 不満でもあるのか、この石頭め」


 馬徳が声を荒らげた瞬間、後ろにいた小黒が耐えかねたように前に飛び出した。


「馬執事、あんまりです! 石頭アニキは朝から何も食べていません! それに、これは僕が厨房から……」


「黙れ、この野良犬が!」


 馬徳の顔が怒りに歪み、手にした革鞭がうなりを上げて小黒の細い身体へと振り下ろされた。小黒は恐怖に目を瞑り、身を縮めた。


 しかし、鋭い破裂音は小黒の肉体からは響かなかった。代わりに、肉厚で頑丈な背中がその衝撃をすべて受け止めていた。


 石頭が、一瞬にして小黒の前に立ち塞がっていた。衣服を引き裂き、背中に直撃した鞭は、肉を切り裂き、赤い血を滲ませる。しかし、石頭は悲鳴一つ上げなかった。それどころか、彼の身体は岩のように微動だにしなかった。天性の「金剛不壊」の骨格が、無意識のうちに衝撃を骨の内側で吸収していたのだ。石頭自身、なぜ自分の体がこれほど頑丈なのか理解していなかったが、ただ「小黒を守らなければならない」という本能だけが彼を動かしていた。


「ほう、雑役の分際で盾になるか。生意気な!」


 馬徳はさらに激昂し、二発、三発と鞭を石頭の背中に叩きつけた。革鞭が肉を打つ生々しい音が蔵書閣に響き渡る。石頭はただ歯を食いしばり、痛みに耐えた。彼の脳裏には、亡き母・蘇氏が遺してくれた古いお守り袋の温もりが浮かんでいた。「どんなに苦しくても、他者を恨んではいけない」という母の教えが、彼の精神を支える絶対の防壁となっていた。


 数回の打撃の後、石頭は静かに膝を突き、床に散らばった、泥まみれの雑穀米を拾い集め始めた。そして、小石が混ざっているのも構わず、黙々とそれを口へと運んだ。ガリ、ガリと、砂を噛み砕く不快な音が彼の口内から響く。それは、馬徳に対する無言の抵抗であり、生存への執念であった。


 馬徳はその不気味なほどの忍耐と、決して屈することのない石頭の瞳に、言い知れぬ寒気を覚えた。雑役をいたぶる快感は消え失せ、残ったのは薄気味悪さだけだった。


「ふん、化け物め。せいぜい泥でも喰って生き延びるがいい。だがな、明日からは外門演武場の雑用が待っている。内門の趙志高様がお前のその頑丈な体を『実験台』にしたいとお望みだ。精々、明日まで命を繋いでおくのだな」


 馬徳は吐き捨てるように言うと、怯える小黒を蹴り飛ばし、足早に蔵書閣を去っていった。


 静寂が再び戻ってきた。小黒は泣きながら石頭に駆け寄り、泥だらけの手を握った。


「アニキ、ごめんなさい、僕のせいで……」


 石頭は血の滲む背中の痛みを堪え、静かに首を振った。そして、泥のついた小黒の顔を優しく拭ってやった。


「私は平気だ、小黒。お前が無事なら、それでいい」


 石頭の言葉は不器用だったが、そこには揺るぎない温かさがあった。小黒を厨房へ帰した後、石頭は再び箒を手に取ろうとした。しかし、背中の傷が痛み、身体が微かに震える。


 その時、暗闇から静かに歩み寄る足音があった。葉無鋒である。


 彼は一言も発しない。ただの「口の利けない廃人」として、感情を削ぎ落とした瞳で石頭を見つめていた。しかし、その左手には、一本の古びた竹箒が握られていた。葉無鋒は、その箒の柄を、石頭の目の前へと無言で差し出した。


 箒の角度は、床の木目に沿って完璧な「三十度」に保たれていた。それは、ただの掃除の道具ではない。敵の剣筋を完璧に受け流すための、無形剣の構えそのものであった。石頭は、師父の意図を正確には理解できなかったが、その差し出された箒の重みに、言葉を超えた強い意志を感じ取った。石頭は無言でそれを受け取り、再び床を掃き始めた。背中の傷から流れる血が、古い床板に小さな赤い斑点を作っていったが、その足運びは、先ほどよりも微かに安定していた。


 夜が更け、蔵書閣は深い闇に包まれた。


 一階の狭い雑魚寝部屋で、石頭は背中の傷の痛みに耐えながら、泥のような眠りに落ちていた。彼の寝息が静かに響く中、隣の敷布団から葉無鋒が音もなく立ち上がった。その動きには、衣擦れの音さえなかった。長年の沈黙によって研ぎ澄まされた「息吹遮断の法」が、彼の存在を完全に闇と同化させていた。


 葉無鋒は、梁を伝って蔵書閣の最上階へと登っていった。そこは埃と蜘蛛の巣に覆われ、誰も近づかない廃墟のような空間だった。天井の腐りかけた梁の隙間に、彼は静かに左手を差し入れた。


 取り出したのは、古びた布に包まれた、砕けた鉄の破片であった。


 布を解くと、月光を浴びて、鈍い黄金色の残光を放つ刃の破片が姿を現した。かつて彼が「天下第一の剣聖」として江湖に君臨していた頃の愛剣、*照陽*(ショウヨウ)の残骸。十年前、義兄弟である葉林を救えず、己の右腕と共に砕け散った、悔恨と栄光の象徴。


 葉無鋒は、左手の指先でその冷たい鉄片をそっとなぞった。鋭い刃が彼の皮膚を切り裂き、一滴の血が鉄片に滴り落ちる。しかし、彼は痛みを感じていなかった。彼の心を満たしているのは、友を救えなかった深い罪悪感と、目の前でいたぶられながらも耐え続ける、友の遺児・石頭への悲壮な誓いだった。


「葉林……お前の息子は、私を恨むこともなく、ただ耐えている。その頑強な肉体は、まるでお前が遺した最後の盾のようだ……」


 葉無鋒は声を出さなかった。だが、彼の心の中の慟哭は、静まり返った蔵書閣の闇を激しく揺るがしていた。彼は砕けた剣の破片を胸に強く押し当て、月光の下で、声なき涙を静かに流し続けた。その涙は、冷たい鉄片の上で、沈みゆく夕日のような微かな残光となって輝いていた。

HẾT CHƯƠNG

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