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死神の揺らぐ刃

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琥珀色の美しい液体が、エルフリーデ・フォン・アルトハイムの薄い唇を濡らし、その喉を滑り落ちていく。


ほんの一瞬の静寂。割れた天窓から吹き込む冷たい夜霧が、執務室の空気を白く揺らしていた。私は「真鍮の脈拍測定懐中時計」を握った右手を彼女の手首にそっと触れ合わせたまま、その表情の微細な変化を「コールド・リーディング」で観察し続けた。


「……っ!」


次の瞬間、エルフリーデの深紅の瞳が大きく見開かれた。彼女の端正な顔立ちが驚愕に染まり、磁器のカップを持つ白皙の指先が、カタカタと小さく震え始める。


「な、に……これ……? 体が、熱が……引いていく……?」


彼女は自分の胸元に左手を当て、信じられないものを見る目で私を凝視した。その反応は、私の「超記憶」が弾き出した計算通りのものだった。


「驚くのも無理はありません」

私は彼女の警戒を解くように、一歩下がって穏やかな声を向けた。「アールグレイ・ロイヤルにブレンドした特殊な柑橘系オイルと特定のハーブは、あなたの体内に蓄積された『ルナ・ポイズン』の毒素を分子レベルで一時的に中和する作用があります。夜が更けるたびにあなたの心臓を締め付けていたあの悍ましい激痛が、今、劇的に和らいでいるはずです」


エルフリーデは絶句していた。彼女が所属する暗殺ギルド『緋ばらの結社』は、暗殺者たちを絶対的な恐怖で支配するため、その体内に遅効性の猛毒を投与している。任務を遂行し、ギルドから定期的に『緋ばらの解毒薬』を与えられなければ、彼女たちは自らの毒によって内臓を焼かれ、死に至る。それは暗殺者としての「命の束縛」であり、逃れられない呪縛だった。


「なぜ、あなたがそれを……。ルナ・ポイズンの成分も、その中和方法も、我が結社の最深部に眠る極秘中の極秘。ただの図書館員が知っているはずがないわ!」


彼女の声は鋭かったが、先ほどのような絶対的な殺気はすでに霧散していた。代わりにそこにあるのは、自らの存在の根幹を揺るがされた者の、むき出しの動揺だった。


「私は『真実の書庫』の司書ですから」

私は眼鏡の位置を指先で軽く直し、微笑んだ。「この書庫には、帝国の公式歴史から消し去られたあらゆる『真実』が保管されています。あなたのギルドの創設者が遺した古い調香記録も、その例外ではありません。私はその全てを、この脳内に記憶しているのです」


私は「不殺(ノン・リーサル)」の誓いを胸に刻んでいる。力で彼女を制圧することはできないし、そのつもりもない。言葉と、知識と、そして目の前の傷ついた魂への共感だけが、私の唯一の武器だった。


私は彼女の手首に触れている懐中時計の脈拍に、再び意識を集中させた。


チク・タク、チク・タク――。


「一分間に百二十回。死神の心音としては、あまりに人間らしい」

私は彼女の深紅の瞳を真っ直ぐに見つめ、「絶対的肯定」の傾聴法を用いて、その震える肩に静かに語りかけた。「エルフリーデさん。あなたは、任務に失敗した者は自らの最も美しい毒で命を絶たねばならないという、ギルドの掟『緋ばらの美しき終焉』のプレッシャーに、ずっと一人で耐えてきたのですね。誰にも弱みを見せられず、ただ殺戮の道具として消費される恐怖と孤独に、その心を凍りつかせながら」


「うるさい……! 黙りなさい!」

エルフリーデは叫んだ。しかし、その声は悲鳴に近かった。彼女の美しい瞳に、大粒の涙の膜が張り始める。「お前に私の何が分かるというの! 私は人を殺すことでしか生きられない死神よ。任務を失敗すれば、私には死しか残されていないの。救いなんて、最初からどこにもない!」


「いいえ、あります」

私は彼女の言葉を一切否定せず、ただその痛みを包み込むように、さらに一歩近づいた。「私があなたの運命を書き換えます」


「……何ですって?」


「私はあなたのルナ・ポイズンのレシピを、この書庫の知識を使って安全なものへと書き換えます。ギルドの目を欺くための偽のデータを偽造し、あなたが任務を『遂行中』であり、私が徐々に毒に侵されて弱っているかのように偽装するのです。そうすれば、あなたは自死の掟に縛られることもなく、ギルドからの処刑を免れることができる」


エルフリーデは息を呑んだ。目の前の青年は、自分を殺しにやってきた暗殺者である自分を救うために、国家規模のギルドを敵に回す「偽造」という恐ろしい危険を冒そうと言っているのだ。


「なぜ……なぜそこまでして、私を助けようとするの? あなたにとって、私は命を狙う敵のはずでしょう?」


「本は、人を傷つけるためにあるのではありません。人を守るためにあるのです。それが、私を育ててくれた先代館長の遺志ですから。そして何より――私は、あなたのその美しい瞳が、絶望に染まるのを見たくはない」


私の嘘のない、どこまでも温かい言葉が、彼女の張り詰めた心の防壁を内側から完全に溶かしていった。


エルフリーデの指先から力が抜け、極細の真鍮製注射針「緋ばらの毒針」が、彼女の漆黒のドレスの袖口へと静かに収められた。彼女は深紅の瞳を伏せ、耳元を赤く染めながら、小さく息を吐いた。


「……本当におかしな男。もしあなたが私を騙しているのだとしたら、その時は本当に、あなたの心臓をこの針で貫いてあげるわ」


「ええ、その時は喜んで。では、私たちの『誓約』を果たすため、最初のデートの約束をしましょう」


私は手帳を取り出し、ペンを走らせた。彼女の好感度は、今、明確に「第一段階:殺意」から「第二段階:興味(Curiosity)」へと移行していた。彼女はレンという存在を観察し、その真意を測るという名目で、彼を生かす動機を得たのだ。


「場所は、中層区の路地裏にあるクラシックな英国風カフェ『薔薇の天蓋』。私の知り合いのマダム・ロゼッタが経営している、とても静かで安全な店です。そこで最高のスコーンと共に、もう一度ゆっくりとお茶をしましょう」


私は彼女を見つめ、極上の微笑みを浮かべた。


「次の日曜、薔薇の天蓋で。……お洒落をしてきてくださいね」


エルフリーデは一瞬、顔を真っ赤にして絶句したが、すぐに気高き死神のペルソナを取り戻すようにツインテールを翻した。彼女は割れた天窓から差し込む月光を背に、夜霧の立ち込める帝都の闇の中へと、音もなく消え去っていった。

HẾT CHƯƠNG

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