Nhạc nềnPowder_Snow

五感が狂う迷宮

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ゴォン、ゴォン、ゴォン――。


 帝都国立美術館の最上部に位置する大歯車室は、巨大な真鍮の歯車たちが重苦しい金属音を立てて噛み合い、回転する狂気の檻だった。機械油の焦げた匂いと、冷たい鉄の錆びた香りが充満する暗闇の中、足元のキャットウォークは歯車が時を刻むたびに、まるで生き物のように激しく身震いしている。


 その轟音の渦の中心に、黒いタキシードを纏った青年が静かに立っていた。皇蓮司。彼の右目の奥に仕込まれた『音響ソナー義眼』が、暗闇の中で鈍く、冷たいブルーの光を放っている。その視線のない瞳は、正確に私が潜む歯車の影を見据えていた。


「お帰りなさい、怪盗ルナ。ここが、君のために用意した『音の檻』だ」


 蓮司の静かな声が、大歯車の咆哮を鋭く貫いて私の耳元へと這い寄ってくる。彼の持つ『漆黒の仕込み杖』の先が、鉄の床にコツンと静かに打ち付けられた。


 私は仮面の下で、荒くなる呼吸を必死にコントロールしようとした。だが、肉体はすでに限界に達しつつある。先ほどの地下金庫室で浴びた高周波トラップの衝撃により、私の三半規管はズタズタに狂わされていた。右耳の奥からは、微かな温かい液体――内耳からの出血が、首筋へと冷たく伝わっている。視界が二重にブレ、世界の輪郭が歪んで見える。


 顔に装着した『ノイズキャンセラー・モノクル』の作動限界時間は、残りわずか三分。これが切れれば、再びあの脳髄を直接かきむしるような高周波の暴力が私を襲い、私はその場に倒れ伏すだろう。一刻も早く、この男を出し抜いて天井裏の排気ダクトへと脱出しなければならない。


(焦ってはいけない……。彼は目が見えない。この轟音の中なら、私の足音を隠せるはず……!)


 私は「死角歩行」の技術を応用し、巨大な真鍮歯車が噛み合う「ガチリ」という重金属音のサイクルに自身の足音の周波数を完全に同調させ、音もなく一歩を踏み出した。大歯車の回転がもたらす風の揺らぎに身を任せ、気配を無へと溶け込ませる。


 しかし、蓮司はかすかに口元を綻ばせた。彼は再び、仕込み杖でキャットウォークを叩いた。その瞬間、彼の脳内では『エコーロケーション(反響定位法)』による『共感覚的空間認識』が起動していた。


「無駄だよ、ルナ。この大歯車室の轟音は、私にとって盲点ではない。むしろ、空間の形状を浮かび上がらせる完璧な光源だ。音波が君の身体に当たり、跳ね返る――その僅かな反響の歪みが、私の脳内で君の正確な輪郭を描き出している」


 蓮司の『音響ソナー立体マッピング』の前では、私のステルスすらも意味をなさなかった。暗闇の中に浮かび上がる私の骨格の動きを、彼は目で見ている人間以上に鮮明に捉えていたのだ。


「そこだ」


 鋭い呟きと共に、蓮司の漆黒の仕込み杖が音もなく繰り出された。それは古流柔術の極意に基づいた、無駄のない神速の突きだった。空気を切り裂く風切り音が私の耳元で鳴り響き、仕込み杖の先端が私の顔すれすれをかすめた。衝撃波が、私の『ガラスの仮面』の表面をピシリと微かに震わせる。


「くっ……!」


 私は反射的に身体を後ろに反らせ、間一髪でその一撃を回避した。だが、足元の鉄板が油で滑り、体勢が大きく崩れる。モノクルのノイズが耳元で唸りを上げ、眩暈が再び脳を襲う。煙幕ボトルを使おうと左手を伸ばしたが、この部屋の天井で回転している巨大な換気扇の突風が目に入った。煙を流しても、一瞬で吹き飛ばされて視界を遮るデコイにはならない。物理的な逃走経路は、頭上の梁の上しかない。


 私は覚悟を決め、右腕の『超硬質ワイヤーウォッチ』を頭上の鉄骨に向けて構えた。激痛が走る右肩を無理やり引き上げ、照準を合わせる。


「これで終わりだ!」


 シュッ、と鋭い射出音と共に、チタン合金製の極細ワイヤーが闇を裂いて飛び、頭上十メートルにある鉄骨の梁へと完璧に巻き付いた。私はゼンマイの急激な巻き上げの力を利用し、自身の身体を宙へと引き上げた。重力を無視した『瞬間ワイヤー滑空』。純白のマントが、真鍮の歯車たちの間をすり抜けるように美しく舞う。


 キャットウォークから離れ、反対側の梁へと滑空する私を、蓮司は追わなかった。いや、追う必要がなかったのだ。彼は私のワイヤーが梁に擦れる音から、私の着地地点をすでに完璧に予測していた。


「着地点の足場は錆びている。危険だ!」


 蓮司の声が響いたが、空中では軌道修正が効かない。着地の瞬間、私の足元で錆びた鉄板が悲鳴を上げて崩れ去った。全身に凄まじい衝撃が走り、私は着地のバランスを崩した。その瞬間――。


 ゴキリ、という鈍く、恐ろしい音が私の右肩から響き渡った。


「あ……、ああっ……!」


 焼けるような激痛が右肩から全身の神経へと突き抜けた。亜脱臼。鑑定士としての指先の感覚を保つために極限まで酷使していた関節が、着地の衝撃に耐えきれず、悲鳴を上げて外れたのだ。激痛で頭の中が真っ白になり、平衡感覚を完全に失った私の身体は、濡れた鉄骨の上を滑り落ちた。


 私の身体が、ゆっくりと宙へ投げ出される。その真下では、すべてを噛み砕く巨大な真鍮の歯車たちが、容赦なく回転を続けていた。落下すれば、肉体ごと真鍮の牙に押し潰される。


(ここまで……なの……お父様……)


 死の予感に瞼を閉じかけたその刹那、私の手首を、驚くほど強靭で温かい手が掴み取った。


 ガシィッ!


 強い衝撃と共に、私の落下の衝撃がその手によって受け止められた。激しい摩擦音が響き、私は暗闇の中で吊り下げられた状態で静止した。見上げると、キャットウォークの端から身を乗り出し、私の左手首を片手でしっかりと握りしめている蓮司の姿があった。


 彼の漆黒の仕込み杖は、キャットウォークの隙間に深く突き刺され、彼の身体を支える支柱となっていた。蓮司は荒い息を吐きながら、私の手首を絶対に離さないという強い意志で握りしめていた。


「……捕まえたぞ、怪盗ルナ」


 蓮司の低い声が、至近距離で響く。彼の右目の義眼が放つブルーの光が、私のガラスの仮面を青く照らし出していた。


 だが、その瞬間、私の手首を握る彼の指先が、微かに強張るのを私は感じ取った。


 蓮司の『微表情の触覚読解』が、無意識のうちに起動していた。彼の指先が触れている私の手首――その驚くほどの細さ、肌の柔らかな温もり、そして、私の服の隙間から立ち上る、微かな「バラの香り」の粒子。


 彼の脳裏に、昼間の寂れた骨董店で、お茶を淹れてくれた地味な眼鏡の少女の姿が、鮮烈なフラッシュバックとなってよぎる。


「君、は……」


 蓮司の喉から、動揺に満ちた声が漏れた。彼の指先を通じて、私の激しく波打つ心拍数がダイレクトに彼の脳へと伝わっていく。その心音の周波数は、彼の記憶にある「羽沢麗奈」のものと、恐ろしいほどの精度で重なり合おうとしていた。


 巨大な歯車の轟音の中、ぶら下がったままの私と、私を支える盲目の探偵。二人の距離は、お互いの熱い吐息が仮面を濡らすほどの至近距離まで狭まり、重なり合っていた。嘘にまみれた迷宮の中で、二人の呼吸音だけが、真実のメロディのようにシンクロし始める――。

HẾT CHƯƠNG

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