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運命の針音、極寒の街で

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世界は、音と温度で織り上げられた巨大な布地だ。


盲目の仕立て屋、ソウタにとって、光を失った両目は絶望の同義語ではなかった。むしろ、余計な色彩が削ぎ落とされたことで、彼の世界はより鮮明な「点群」として脳内に再構築されていた。


雪が地面を叩く鈍い音、凍てついた風が家々の隙間をすり抜ける甲高い口笛、そして、人々の体温が放つ微弱な熱の揺らぎ。それらすべてが、ソウタの脳内で青白い光の点となって結像し、立体的な地図を描き出す。


「……また、冷え込んできたな」


ソウタは、古びた木造の仕立て屋「星霜庵」の作業台から顔を上げた。


鼻腔をくすぐるのは、乾燥させた星霜草の、どこか甘く冷たい香り。ここは帝国の北東端に位置する辺境の街「霧氷街」。一年中、冷たい星霊の霧に覆われ、平民たちが生まれながらに刻まれた「星図」の呪縛に縛られて生きる、凍てついたディストピアだ。


平民は生まれた瞬間に占星神殿によって「農奴の星図」を背中に刻まれ、一生を畑仕事と納税に捧げる。星が定めた運命に逆らうことは不可能であり、逆らえば死ぬ――それが、この帝国を支配する絶対的な法だった。


ソウタは白い麻布の目隠しに手を触れ、それから音もなく奥の部屋へと歩を進めた。


そこには、十四歳になる最愛の妹、リンが横たわっている。


「お兄ちゃん……?」


かすれた、消え入りそうな声。リンの細い背中には、生まれながらに「衰退の星図」が刻まれている。体内の魔力が常に体外へと漏れ出し、周囲の熱を奪い去る奇病。


「ああ、僕だ。動かなくていい」


ソウタがリンの額に手を当てると、氷のような冷たさが指先を刺した。リンの呼吸の合間に、銀色の微光が彼女の皮膚から立ち上り、部屋の空気を物理的に凍らせていく。壁の隅には、すでに白い霜が花のように広がっていた。


ソウタは静かに息を吸い、指先から目に見えない極細の「星霊糸」を紡ぎ出した。


彼は視力を失う代わりに、世界の因果を繋ぐ糸に直接触れる能力を得ていた。生まれつき星図を持たない「無宿命体(ボイド)」だからこそ、運命の法則に干渉できるのだ。


ソウタは指先を泳がせ、リンの体表から漏れ出す銀色の魔力光をやさしく絡め取っていく。糸を操る手つきは、まるで夜空に散らばる星屑を一本の糸に紡ぎ直すかのようだった。


「……よし、これで大丈夫だ」


集めた銀色の魔力を、カイルが鍛造した「銀の魔力ボトル」へと慎重に織り込むように収納する。カチリと蓋を閉めると、部屋の温度がわずかに上がった。


しかし、これは一時しのぎに過ぎない。リンの星図そのものを縫い直さなければ、彼女の命の糸は数週間のうちに擦り切れてしまう。


「星霜の森の野生の星霜草……それがあれば、本物の星霊糸が紡げるのに」


ソウタは、麻痺しつつある自らの指先をそっと握りしめた。他人の運命に干渉するたびに、彼の肉体は「因果の反噬」によって凍りついていく。だが、妹を救うためなら、その代償など安いものだった。亡き師ジンが遺した「星霊の銀針」が、作業台の引き出しの奥で静かにソウタの呼びかけを待っている。


翌朝。霧氷街の中央広場は、いつも以上に冷酷な空気に包まれていた。


「ソウタ兄さん、こっちだよ。足元に凍った泥の塊があるから気をつけて」


十歳の赤毛の助手、テオがソウタの袖を引っ張りながら、広場の状況を素早く口頭で説明する。


「広場の中央に、神殿の巨大な『星図測定盤』が設置されている。その前に……あいつがいるよ。無慈悲な徴税官ハリスだ」


ソウタの脳内に、テオの声と同調して広場の「点群」が再現される。


石畳の広場を取り囲む重装歩兵たちの冷たい鉄の鎧。そして、広場の中央で泣き叫ぶ小さな影。


八歳の花売りの少女、セラだった。彼女の足元には、毎朝命がけで集めてきた青い星霜草の花が、雪の上に無残に散らばっている。


「税が払えないだと? ならば、その身に宿る『星の残滓』で支払ってもらおう」


ハリスの冷酷な声が響く。彼の片手には、不気味に青く発光する「星霜の魔導ランタン」が握られていた。人間の体内から直接魔力と寿命を吸引し、結晶化させる禁忌の魔導具だ。


「嫌! お願い、お母さんが病気なの! これを取られたら、私……!」


セラが泣きながら許しを乞うが、ハリスの心音は一糸乱れぬ冷徹さを保っていた。


ソウタは「心音 of 糸聞き」を使い、ハリスの鼓動を捉える。


*ドクン、ドクン、ドクン……*


重く、傲慢で、平民を人間とも思っていない冷酷なリズム。だが、その奥に、魔導ランタンの起動に伴う、わずかな「焦り」のブレが聞こえた。ランタンが周囲の魔力を吸引する際、一瞬だけ幾何学的な回路に負荷がかかり、吸気口が不安定になる。


「ソウタ兄さん、僕がハリスを突き飛ばしてくる!」


テオが怒りに目を輝かせ、飛び出そうとした。


「待て、テオ。無茶をするな」


ソウタが止める間もなく、テオは走り出したが、ハリスの傍らに立つ衛兵にあっけなく遮られ、雪の上に投げ飛ばされた。


「うっ……!」


「小汚いスラムのガキが。失せろ」


衛兵が冷たく言い放つ。ソウタは音もなく歩み寄り、テオの身体を抱き起こした。


「怪我はないか、テオ」


「う、うん……ごめんなさい、兄さん」


ソウタはテオを背後に下がらせ、麻布の目隠しの奥にある、光のない瞳をハリスの方向へと向けた。


「おや、盲目の仕立て屋か。お前もそのガキと一緒に、神殿の法に逆らうつもりか?」


ハリスがランタンをセラに向けながら、ソウタを無能と侮るように鼻で笑った。


ソウタは静かに一歩を踏み出し、懐から一本の極細の糸を取り出した。それは、彼が夜な夜な自身の魔力を通して仕立てた、目に見えない星霊糸だった。


「滅相もございません、徴税官様。ただ、仕立て屋として、その魔導ランタンの『ほつれ』が気になりまして」


「ほつれだと? 戯言を」


ハリスがランタンの起動レバーを引こうとする。


その瞬間、ソウタの「心音 of 糸聞き」が、ハリスの心臓が放つ緊張のピークを捉えた。


(今だ)


ソウタは指先を微かに弾いた。


彼の指先から放たれた目に見えない星霊糸が、冷たい風に乗り、幾何学的な軌道を描きながら空気中を滑り落ちる。


ターゲットは、ハリスが持つ魔導ランタンの底面にある、魔力吸入孔。


その吸入孔の幾何学的な魔法陣のノードに向かって、ソウタの糸が正確に滑り込み、回路の隙間を縫い合わせるように「仮縫い(バステ)」を施した。


ハリスがセラの背中から運命の糸を引き抜こうとした瞬間、ソウタが仕立て台から持ち出した一本の極細糸が、ハリスの魔導ランタンの光を静かに遮る。


ランタンの吸気口が物理的な魔力抵抗によって目詰まりを起こし、不気味な警告音と共に、青い発光が一瞬で掻き消えた。


「……な、何だと!?」


ハリスの驚愕の心音が、広場に激しく響き渡った。

HẾT CHƯƠNG

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