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砕骨の鉄槌、廃寺の防衛線

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ガラガラと音を立てて崩れ落ちる山門の瓦礫。立ち込める土煙の向こう側から、空気を物理的に圧迫するような不吉な重低音が、本堂の奥深くまで響き渡っていた。


「ひひっ、いたぞ! 弦庵のジジイが囲っていた、盲目のナマクラ小僧が!」


 泥と血の匂いが混ざり合う本堂の闇。そこに立ちはだかっていたのは、黒風党の首領・巌鉄の右腕であり、冷酷無比な処刑人として恐れられる大男――剛三(ごうぞう)だった。


 剛三の頭部は黒い頭巾で覆われ、その頑強な巨体は鈍い光を放つ強固な金属鎧に包まれている。そして彼が両手で無造作に担いでいるのは、重量百二十キロを超える神鉄製の巨大な処刑槌「砕骨(さいこつ)」だった。その鉄槌が動くたびに、周囲の空気が重圧で軋む。


「風馬……! 逃げろ……!」


 本堂の隅で、血まみれの鉄平が声を振り絞った。彼の黒鉄の野太刀は無惨に歪み、床に転がっている。剛三の一撃をまともに受け止めた代償は、鉄平の屈強な肉体をもってしても致命的だった。鉄平の傍らでは、言葉を失った少女アヤが、傷ついた老僧・慧海を庇うようにして小さな身体を震わせている。そのアヤの頭上に向けて、剛三の巨大な鉄槌がゆっくりと持ち上げられていく。


「百息の約束は果たした。だが、お前が死ねば、その折れ刃もここで終わりだ!」


 剛三が下卑た笑い声を上げ、鉄槌を振り下ろそうとしたその瞬間、本堂の床を滑るようにして影が躍り出た。


「アヤ、下がれ!」


 風馬だった。酸の沼地から息を切らせて駆け戻った彼の右足の裏は、強酸によって草履ごと焼き焦げ、皮膚がただれるほどの激痛を訴えていた。一歩踏み出すごとに、脳髄を突き刺すような熱い痛みが走る。しかし、風馬は「無我の精神統一法」を起動し、その痛みを強制的にただの「信号」として意識の底へ追いやった。


 背中には、鉄平から託された「漆塗りの折れ刃筒」が重くのしかかっている。その内部には、沼地で命がけで回収した家伝の剣「風刃」の破片――「風鳴鉄の残屑」が静かに眠っていた。まだ折れ刃に溶接されておらず、ただの鉄の欠片に過ぎないそれは、筒の防音粘土のせいで音こそ立てないものの、確かな質量となって風馬の背中の重心を後ろへと引っ張っていた。


 不完全な武器、満身創痍の肉体。しかし、風馬の右手に握られた一尺の「風刃の折れ刃」は、風鳴寺の地下から湧き上がる古代の気の波動と同調し、静かに、しかし鋭く震えていた。


「ほう、戻ってきたか、死に損ない。だが、そんな錆びたクズ鉄で何ができる!」


 剛三が吼え、アヤに向けられていた鉄槌「砕骨」の軌道を強引に変え、風馬の脳天を目がけて振り下ろした。空気が爆発したかのような風圧が、本堂の古い木造の床を激しく波打たせる。


 風馬は「風の領域(ウィンド・ドメイン)」を全開にし、迫り来る鉄槌の軌道を風圧の乱れから瞬時にマッピングした。まともに受ければ、折れ刃ごと肉体が消し飛ぶ。風馬は泥濘歩行術の要領で、滑りやすい埃まみれの床の上を滑るように移動し、紙一重でその一撃を回避した。


*ドゴォォォン!*


 剛三の鉄槌が床に激突し、本堂の頑丈な板張りが爆発したように弾け飛んだ。鋭い木屑と土煙が四方八方へと吹き飛ぶ。風馬は瞬時に「風の盾(ウィンド・シールド)」を展開し、折れ刃を高速回転させて目の前に高圧の空気の壁を作り出した。弾丸のように飛んでくる木屑をどうにか弾き落としたものの、鉄槌が引き起こした凄まじい物理的な衝撃波までは完全に防ぎきれず、風馬の身体は後方へと激しく吹き飛ばされた。


「ぐっ……!」


 本堂の古い木柱に背中を強く打ち付け、風馬の口から生暖かい血が吐き出された。有毒ガスで傷ついた肺が激しく燃えるように痛む。


「ハハハ! 逃げ回るだけか! 避難民どもを皆殺しにされたくなければ、その錆びたクズ鉄を置いて、泥の中に跪け!」


 剛三は休む間もなく、鉄槌を横になぎ払った。本堂を支える太い主柱が、一撃でへし折られ、天井が悲鳴を上げて崩落し始める。逃げ道は完全に塞がれ、風馬は崩壊しつつある壁際へと追い詰められた。本堂を吹き抜ける、まるでお経のような隙間風が、激しい熱気と粉塵によって狂ったように乱れ始める。


(直接、受けるわけにはいかない……。だが、避ける隙間もない……)


 窮地に陥った風馬の脳裏に、引退した処刑人・甚八郎の冷徹な言葉が響いた。*「どれほど強固な鎧であっても、人間が動くためには必ず骨と関節の隙間が存在する。力に頼るな。そのミリ単位の隙間を、風の隙間に滑り込ませるのだ」*


 風馬は折れ刃を両手で構え直した。しかし、激しい衝撃の余波で両手の神経が麻痺し、指先が激しく震えている。直接鉄槌を受け止めれば、今度こそ折れ刃の接合部が軋み、両腕の骨が粉々に砕け散るだろう。それは絶対に避けねばならない。風馬は「音響定位瞑想法」を起動し、周囲の崩壊音、避難民の悲鳴、炎の爆ぜる音といった全ての「雑音」を脳内で物理的に遮断した。


 世界が、静寂に包まれる。


 風馬の耳が捉えたのは、剛三の頑強な肉体そのものが発する音だった。大男が巨大な鉄槌を振り回すたびに、彼の強固な鎧の内部で、筋肉の繊維が限界まで収縮し、骨関節が軋む「ギチ……ギチ……」という極小の摩擦音。そして、鉄槌の質量を支えるために、剛三の足元のブーツが床板を踏みしめる大地の微細な震動。


(視えた……。奴の骨格の動きが……)


 剛三が、風馬を完全に圧殺すべく、鉄槌を天高く大きく振りかぶった。その瞬間、彼の強固な鎧の肩関節部分が、肉体の連動によって物理的に押し広げられ、わずか一ミリの「防具の隙間」が生じた。風馬の脳裏に、その隙間が鮮烈な赤い「死相の線」として描き出される。


 剛三の油断。目の前の盲目の少年が、すでに満身創痍であり、まともな反撃などできるはずがないという絶対的な確信が、彼の大振りの一撃を誘発していた。


 剛三の巨大な鉄槌が、大地の破壊を乗せて風馬の脳天へと振り下ろされる。その猛烈な風圧が風馬の黒い目隠しを激しくなびかせた。


 しかし、風馬は一歩も引かなかった。彼は「脱力の身のこなし」を起動し、全身の筋肉の緊張を完全にゼロにした。迫り来る鉄槌が押し出す「強烈なダウンフォース(空気の壁)」に自身の身体を完全に預け、まるで嵐に舞う一枚の木の葉のように、風圧に押されるようにして身体をわずかに横へと滑らせた。


 鉄槌が風馬の髪をかすめて通り過ぎ、床を粉砕する直前――風馬の身体は、剛三の絶対的な死角である懐へと、滑り込むように肉薄していた。


「な、に……っ!?」


 剛三が驚愕し、鉄槌の重みで体勢を崩したその一瞬。


 風馬は、力を一切入れず、ただ風の流れるままに右腕を突き出した。一尺の錆びた折れ刃の先端が、吸い込まれるようにして、剛三の右肩の鎧の接合部――わずか一ミリの隙間へと滑り込んでいく。――「骨関節の隙間突き」。

HẾT CHƯƠNG

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