Nhạc nềnRetroRoman_March

闇と折れ刃、奈落の底へ

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

「痛い」などという生易しい感覚ではなかった。


脳髄を直接、熱せられた鉄鏝で掻き回されるような、地獄の業火が両目の奥で燻り続けていた。


風馬(ふうま)は、凍てつく泥濘の中に顔を埋めたまま、荒い呼吸を繰り返していた。肺に流れ込んでくるのは、冷気と、耐え難いほどの鉄錆の臭い。そして、死臭に似た泥の腐敗臭だった。


ゆっくりと身を起こそうとするが、全身の骨が悲鳴を上げる。崖の上から容赦なく投げ捨てられた肉体は、いたる所が打撲と擦り傷で血に染まっていた。


風馬は震える手で自身の顔に触れた。両目を覆っているのは、煤けた粗末な黒い目隠しだ。その布地の奥、かつて澄んだ光を宿していた双眸は、師であった皇無惨(すめらぎむざん)の「烈火の剣」の熱気によって、無残にも焼き潰されていた。


「……無惨……」


掠れた声が、喉の奥から血の味と共に漏れ出る。


十神剣宗(じゅっしんけんしゅう)の天才児と持て囃された日々は、一瞬にして消え去った。師の裏切り、一族の虐殺、そして家伝の剣「風刃」の崩壊。すべては、あの男の強欲が招いた悪夢だった。


風馬の右手が、泥の中に半ば埋もれていた「鉄片」を掴む。握り締めたのは、かつて父が鍛え上げ、皇無惨によって叩き折られた「風刃の折れ刃(ふうじんのおれば)」だ。長さは一尺(約三十センチメートル)ほどしかなく、刃先は不規則に砕け散り、酸性雨によって早くも赤錆が浮き始めている。


「名剣を持たぬ者に、生きる価値などない。死に損ないの鉄屑として、奈落の底で朽ち果てるが良い」


追放される間際に浴びせられた同門たちの嘲笑が、耳の奥で不快な残響となって回り続けていた。


ここは「落剣渓谷(らっけんけいこく)」。帝国の最北端に位置する、不毛の流刑地にして、敗者たちの折れた剣が突き刺さる墓場だ。切り立った絶壁に囲まれたこの地底には、常に冷たく鋭い暴風が吹き荒れている。


冷たい雨が目隠しを濡らし、傷口を刺激する。風馬は膝を突き、折れ刃を杖代わりにしようとしたが、泥に深く沈み込むだけだった。視覚を失った世界は、底知れぬ恐怖の深淵だ。方向感覚は完全に失われ、一歩を踏み出すことすら死の恐怖が伴う。


その時だった。


グチャリ、と泥を踏みしめる不快な音が、風馬の耳に届いた。


音は一つではない。二つ、三つ……。複数の足音が、確実に自分を取り囲むように近づいてきている。


「おい、見ろよ。上からまた『極上品』が落ちてきたぜ」


粗野な男の声が、風の音に混ざって聞こえる。流刑者たちだ。生きるために他人を襲い、身ぐるみを剥いで錆びた鉄屑を奪い合う、渓谷のハイエナどもだった。


「目隠しをしてやがる。死に損ないの盲人か。だが、あのガキが握っている剣の柄……あれは十神剣宗の特製玄鉄だぞ! 折れてやがるが、あれだけの純度なら、闇市で食料一ヶ月分にはなる!」


男たちの呼吸が、欲望によって荒くなる気配が伝わってくる。


風馬の心臓が激しく脈打ち始めた。冷や汗が全身から噴き出す。見えない。敵がどこから、どのような武器を持って襲いかかってくるのか、全く分からないのだ。ただ、死の気配だけが闇の中から這い寄ってくる。


「よこしな、その鉄屑を!」


一人の男が泥を蹴って突進してくる音が聞こえた。風馬は慌てて右から聞こえた風切り音に反応し、体を左へ避けた。


だが、それは罠だった。


渓谷の切り立った岩壁が、音を複雑に乱反射させていたのだ。本物の突進は、風馬が避けた左側から迫っていた。


「しまっ――」


鋭い金属音が空気を切り裂き、風馬の左肩を深く切り裂いた。錆びたナイフの刃が肉を削ぎ、鮮血が泥濘へと飛び散る。


「ああっ!」


激痛に叫び声を上げ、風馬は泥の中に転倒した。傷口から流れる血が、冷たい泥と混ざり合っていく。男たちは勝ち誇ったように下卑た笑い声を上げた。


「ハハハ! 本当に何も見えてねえ! ただの盲目の野良犬だ! 痛い目をみたくなかったら、その折れ刃を置いて、さっさと泥の中に沈みやがれ!」


泥にまみれ、血を流しながら、風馬は折れ刃を握る指先に力を込めた。この刃は、父が遺してくれた唯一の魂だ。これだけは、どれほど無様になろうとも、奪われるわけにはいかない。


*『風馬、目に見える美しさは、時に真実を曇らせる。見えぬ風の音こそが、物事の本質を語るのだ』*


脳裏に、かつて優しく自分を導いてくれた母の、風の民の巫女としての教えが蘇る。視覚という最大のノイズを失った今こそ、一族の血を覚醒させる時だった。


風馬は深く、極めて深く息を吸い込んだ。肺胞の隅々にまで渓谷の冷気を取り込んでいく。それは、一族に伝わる「風詠みの呼吸法(ふうよみのこきゅうほう)」の始まりだった。


呼吸を極限まで遅くし、自身の心拍数を意図的に下げていく。周囲の暴風の轟音、雨粒が岩を叩く雑音、それらを脳内で一つずつ「無関係な背景」として分離し、排除していく。


すると、驚くべき変化が起きた。


風馬の皮膚の毛穴が、周囲の「大気圧の変化」を敏感に感知し始めたのだ。空気はただの虚無ではない。質量を持ち、流動する巨大な媒体だ。人間が動けば、必ずその周囲の空気が押し出され、微細な「風圧の壁」が形成される。


「死ね、盲人!」


もう一人の大柄な流刑者が、巨大な錆びた鉄パイプを力任せに振り下ろしてきた。大振りの一撃。それは風馬の頭上から、空気を物理的に押し潰しながら迫ってくる。


今度は音に惑わされなかった。風馬の全身の皮膚が、頭上から急激に高まる「空気の圧縮(風圧)」をダイレクトに捉えた。


風馬は全身の筋肉の緊張を完全に排除する「脱力の身のこなし(だつりょくのみなし)」を起動した。力に対抗するのではなく、迫り来る風圧に自身の身体を預けるようにして、木の葉が突風に舞うがごとく、紙一重で脳天への直撃を滑るように回避した。


「なっ、かわせるはずが――」


鉄パイプが虚しく泥を叩き、男の体勢が大きく前方に崩れる。その瞬間、男の動作に伴って発生した「空気の吸引(引き波)」が、風馬の脳裏に敵の正確な体幹の位置を立体的に描き出した。


「そこだ!」


風馬は地を這うような低い姿勢から、右手の「風刃の折れ刃」を鋭く一閃させた。狙ったのは、男が持つ鉄パイプの、錆が最も深く浸食して金属疲労を起こしている「結合部の歪み」だった。


*ギィン!*


短い折れ刃の先端が、ピンポイントで鉄パイプの亀裂に衝突した。風馬が気の波動を刃先に集中させた瞬間、鉄パイプは物理的な衝撃を耐えきれず、激しい共鳴音を立てて粉々に砕け散った。


「ぎゃあああ! 手が、俺の手が!」


金属の激しい反発振動を直接浴びた男は、両手から血を噴き出しながら泥の中に転がった。残された二人の流刑者は、その光景に息を呑み、恐怖で足を止めた。


「ひ、一人で鉄パイプを粉々にしやがった……。このガキ、本当に盲目なのか!?」


風馬は左肩の傷口を押さえ、荒い息を吐きながら立ち上がった。肺が激しく痛み、口の端から微量の血が垂れる。呼吸法の急激な酷使による代償だったが、彼の佇まいには、先ほどまでの絶望した少年の影はなかった。


「……次だ。まだやるなら、その安物の刃ごと、叩き折ってやる」


黒い目隠しの奥から放たれる、実体のない冷徹な殺気に、男たちは完全に気圧された。彼らは怪我をした仲間を抱え、泥を跳ね上げながら、這う這うの体で闇の向こうへと逃げ去っていった。


風馬は折れ刃を強く握り締め、背後にそびえ立つ切り立った岩壁の闇を見上げた。この先には、無数の折れ剣が壁に突き刺さる巨大な洞窟「千剣洞(せんけんどう)」が広がっているはずだ。そこへ辿り着かなければ、この極寒の暴風雨を生き延びることはできない。


しかし、渓谷の闇は深く、傷ついた彼を狙う捕食者たちの気配は、風に乗ってさらに増え続けていた。


風馬が折れ剣を再び静かに構えた、その瞬間だった。


ゴォ、と渓谷の底から冷たい突風が吹き荒れる。


その冷気の揺らぎのなか、闇の奥から迫る「新たなる襲撃者」が放った、最初の一歩。


泥を踏みしめた瞬間の、極小の空気の乱れが、風馬の脳裏に鮮烈で光り輝くような軌道を描き出した。その風の詠み(ライン)の先には、逃れられぬ闘争の宿命が待っていた。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!