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血誓の処刑台、毒刃の洗礼

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「乾坤剣派(けんこんけんぱ)の影追衆(かげついしゅう)が、毒霧の死角を抜けて押し寄せてくる――!」


 血塗れの伝令が叫んだその報せは、悪人谷(あくにんがい)の剣塚(けんづか)広場に集まった悪党どもの心を、一瞬にして凍りつかせた。ざわめきが波のように広がり、殺気と焦燥が混ざり合う。正道の大軍がすぐそこまで迫っているのだ。誰もが武器を握り直し、周囲を警戒する。


 だが、その混沌のただ中にあっても、落子夜(ラク・シヤ)の瞳だけは深淵の底のように静まり返っていた。彼の左腕は、魔功の副作用によって不気味な灰色に変色し、完全に感覚を失って胴体に力なく垂れ下がっている。右腕一本で握られた漆黒の「鉄爺の黒鉄湾刀(てつじいのこくてつわんとう)」だけが、彼の唯一の拠り所だった。


「子夜、どうする!? 外の連中がもうそこまで来てる。宋仁(ソ・ジン)の処刑どころじゃ――」


 相棒の風万里(フウ・バンリ)が、右腕の傷を押さえながら焦りを含んだ声で囁いた。しかし、子夜は首を横に振った。長く伸びた黒髪の隙間から覗く緑色の双眸が、地面に組み伏せられた宋仁を冷徹に射抜く。


「外の敵と戦う前に、内の膿を絞り出すのが悪人谷の道理だ。万里、この男を処刑台へ引きずり出せ」


「……ちっ、相変わらず容赦ねえな」


 万里は苦笑いしながらも、宋仁の襟元を掴み、広場の中央にそびえ立つ「悪人谷の処刑台(あくにんがとのしょけいだい)」へと引きずっていった。それは、四方を錆びついた太い鉄鎖で囲まれた、不気味な巨石の石台だった。過去に谷の掟を破った無数の大悪党たちが、ここで血を流し、その魂を削られていった怨念の地。


 背後の闇に佇む「十悪の祠(じゅうあくのほこら)」の影からは、悪人谷を支配する十人の怪人たちが、沈黙したままこの光景を見下ろしていた。魔僧・空寂(クウジャク)の狂気を孕んだ隻眼、千毒手・妙姑(ミョウコ)の焼けただれた顔。彼らは、自らが育て上げた「最高傑作」が、裏切り者をどう裁くのかを見定めていた。


「離せ! 離してくれ!」


 宋仁は処刑台の冷たい石肌に押し付けられ、狂ったように叫んだ。彼の骨格は、恐怖によってがたがたと音を立てて震えている。彼は周囲を取り囲む住人たちに向かって、必死に手を伸ばした。


「皆、騙されるな! あの落子夜こそが災いの元凶だ! 奴が外から血雨の刺客を引き込み、今度は乾坤剣派を呼び寄せた! 奴を殺して正道に差し出せば、俺たちは助かるんだ!」


 住人たちの間に、再び不穏な動揺が走る。だが、子夜は歩みを止めなかった。一歩を踏み出すたびに、万年氷床(マンネンヒョウショウ)の冷気がもたらした「寒毒」が、彼の両足の骨に鋭い激痛を走らせる。しかし、子夜の顔には微塵の苦痛も浮かばない。「無痛の肉体」の呼吸法が、肉体の悲鳴を冷徹な情報へと遮断していた。


「宋仁」


 子夜は懐から、乾坤剣派「戒律堂(かいりつどう)」の刻印が刻まれた金貨を、宋仁の目の前へと投げ落とした。金属の鋭い音が、広場のざわめきを切り裂く。


「お前が受け取ったその金貨には、俺を陥れた雷烈(ライ・レツ)長老の印がある。そしてお前が書いた密書には、谷の住人全員の首を売るための情報が記されていた。悪人谷の創設期から続く『血誓の儀(けつせいのぎ)』の掟を、お前は知らないわけではあるまい」


 子夜の声は、奈落の底から吹き上げる風のように冷たかった。


「『裏切りには、絶対の死を』。それが、この谷で生き延びるための唯一の信義だ」


 その言葉が響いた瞬間、宋仁の瞳から完全に光が消え失せた。言い逃れが不可能であることを悟った彼の顔は、絶望に歪む。だが、死の恐怖が、彼の中に眠る最後の牙を呼び覚ました。


「だったら、お前を道連れにしてやる!」


 宋仁は死に物狂いで、袖の裏に隠し持っていた極細の bone dagger(骨の短剣)を抜き放った。その刃先には、彼自身が調合した緑色の即死毒が塗られている。宋仁は全身の真気を爆発させ、拘束を振り切って、子夜の無防備な胸元に向けて一直線に突進した。その一撃は、子夜の心臓を正確に狙っていた。


 住人たちから短い悲鳴が上がる。だが、子夜は一歩も引かなかった。


 彼の右手が、背中に背負った黒鉄湾刀の柄を握り締める。手首の関節は、過去の骨外しによって緩み、悲鳴を上げていたが、疑似経絡を流れる血気がそれを強固に補強した。子夜は、血剣・狂屠(キョウト)から叩き込まれた実戦刀法の極意を起動した。


「湾刀・断絶斬(わんとう・だんぜつざん)」


 漆黒の湾刀が、空間を切り裂くような黒い軌跡を描いて振り下ろされた。美しさを一切排除し、ただ破壊することだけを追求した質量の一撃。


 ギィィィンッ!


 金属が砕け散る凄まじい爆音が、処刑台の上に響き渡った。黒鉄湾刀の圧倒的な重量と、砕骨真気の瞬発力は、宋仁が放った骨の短剣を、その根元から粉々に叩き折った。砕け散った破片が火花とともに散る中、漆黒の刃はそのまま宋仁の右腕の肉を引き裂き、骨の継ぎ目を正確に斬り裂いた。


「ぎゃああああああッ!」


 宋仁が右腕を失い、血を噴き出しながら絶叫してのけぞる。だが、子夜の攻撃はそれで終わりではなかった。彼は自身の左肩の傷口から滴る黒い血を、湾刀の刃の溝へと滑らせた。体内で脈打つ「十悪魔功・第一重(どくけつじゅんかん)」の毒血が、刃の上で不気味な紫色の霧となって立ち上る。


「千毒血刃(せんどくけつじん)」


 子夜は湾刀を突き出し、宋仁の右肩の傷口に、その毒刃を深く突き刺した。刃に纏わせた腐食性の毒真気が、宋仁の体内に直接逆流していく。


「が、はっ……あ、熱い! 体が……内側から……!」


 宋仁の絶叫は、一瞬にして人間のものとは思えぬ悲鳴へと変わった。絶対骨格感知の視界の中で、宋仁の全身の経絡が、黒い毒素によって一瞬にして侵食され、腐食していくのが見える。彼の皮膚の表面に、青黒い血管が不気味に浮き上がり、脈打つたびにその肉が内側から溶けて崩れていく。


 ジュウジュウと肉が焼ける物理的な音が響き、宋仁の全身の皮膚が黒く、泡を立てて溶け落ちていく。彼の骨格は、毒の腐食に耐え切れず、自重を支えられなくなって泥のように処刑台の上に崩れ落ちた。


 数秒の後、そこにはただ、黒い溶解液と化した不気味な死体だけが残されていた。かつて悪人谷の住人であった男の、無残極まりない終焉だった。


 広場を支配したのは、息が詰まるほどの圧倒的な静寂だった。大悪党、殺人鬼、無法者たち。その誰もが、落子夜の冷酷非情さと、千毒手の最も残虐な毒功を体現した「千毒血刃」の威力に、恐怖で声を失っていた。彼らは確信した。目の前に立つ白髪混じりの少年は、正道の天才弟子などではない。悪人谷の深淵から這い上がってきた、真の「悪鬼」なのだと。


「ごふっ……!」


 静寂の中、子夜の口から黒い血が激しく吐き出された。毒真気を過剰に使用した代償が、彼の疑似経絡を内側から激しく締め上げる。全身の骨が微細に軋み、激しい目眩が彼を襲った。子夜は膝が折れそうになるのを、黒鉄湾刀の柄を地面に突き立てることで、辛うじて堪えた。


 だが、彼が息を整える間もなく、悪人谷を包む濃い毒霧の境界が、急激に赤く染まり始めた。


 シュシュシュシュッ!


 不気味な風切り音とともに、夜の闇を引き裂いて、無数の火矢が雨のように降り注いできた。火矢は、宋仁が乾坤剣派に密告した「毒霧の死角」を正確に貫き、谷の木造の住居や剣塚の木々に次々と突き刺さる。瞬間、紅蓮の炎が爆発的に広がり、悪人谷の半分を一瞬にして焼き尽くす惨劇の幕が上がった。


「敵襲――! 影追衆の本隊が、谷の防衛線を突破したぞ!」


 燃え盛る炎の向こう、乾坤剣派の冷酷な刺客たちの骨格が、絶対骨格感知の視界に無数に浮かび上がる。落子夜は口元の血を乱暴に拭い、炎に照らされた漆黒の湾刀を再び握り締めた。彼の瞳に宿る緑色の光が、押し寄せる偽善の軍勢を待ち受けるように、凶暴に揺らめいた。

HẾT CHƯƠNG

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