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狂犬の鞭、骨を滑る衝撃

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血池から這い上がった落子夜(ラク・シヤ)の前に、棘付きの鉄鞭を握った蛇蠍(ジャカツ)がゆっくりと歩み寄る。


「おいおい、金剛の野郎に骨をオモチャにされて、血の池に放り込まれた這いずる屍が、まともに立ち上がってやがる。奇跡でも起きたか?」


蛇蠍は潰れた右目の傷跡を歪め、残された左目で子夜をねめまわした。全身に施された不気味な蛇の刺青が、洞窟の松明の光に照らされて蠢くように見える。手にした黒鉄の鞭には、肉を削ぎ落とすための鋭い棘が無数に突き出しており、引きずられるたびに岩肌と擦れ合って不快な金属音を立てていた。


子夜は無言だった。血池の熱い生命エネルギーによって、断裂した経脈の代わりに骨の髄と筋肉の隙間に「疑似経絡」が形成されたばかりだ。自力で立つことはできた。しかし、全身は凍りつくような疲労感に包まれており、特に両足の骨の奥には、万年氷床(マンネンヒョウショウ)で患った「寒毒」と、金剛に砕かれた際の微細なひび割れが、疼くような鈍痛となって居座っている。


「新参者、悪人谷(あくにんがい)に入ったからには、ここのルールを叩き込んでやるのが俺の役目だ。誰も信じるな、そして――強い者の前では犬のように這いつくばれ」


蛇蠍が不敵に笑い、右腕を軽く一振りした。


ひゅん、と空気を切り裂く鋭い音が響いた直後、棘付きの鉄鞭が子夜の左肩へと襲いかかった。


ピシィィッ!


凄惨な音が洞窟内に響き渡り、子夜の灰色の囚人服が引き裂かれ、赤い血が飛散した。棘が皮膚に深く食い込み、肉を容赦なく抉り取る。常人であれば、その激痛だけで叫び声を上げて地面に転げ回るはずの一撃だった。


しかし、子夜は一歩も退かなかった。ただ、微かに眉をひそめただけだった。


(痛みが……来ない?)


いや、違う。激痛の信号は確かに脳へと届こうとしていた。だが、子夜は本能的に体内の疑似経絡を流れる血気を操作していた。血池の中で、死者たちの怨念と狂気から理性を守り抜いたあの極限の集中力が、彼の脳内で「無痛の肉体(痛覚遮断)」の壁を構築していたのだ。脳へと繋がる感覚神経の関門を、冷徹な生の執念で物理的に封鎖する。痛みは、ただの「肉体が損傷したという冷たい情報」へと変換された。


「あァ? 驚いたな。声も出ねえほど怯えてやがるのか?」


蛇蠍の瞳に、加虐的な悦楽が灯る。彼は獲物が苦痛に歪む顔を見ることを何よりの至福としていた。反応の薄い子夜に苛立ちを覚えた蛇蠍は、さらに手首を返し、鞭を乱れ打った。


シュ、シュ、ピシィッ!


連続して放たれる鞭撃が、子夜の胸、脇腹、そして背中を次々と襲う。鋭い棘が肉を裂くたびに、血飛沫が岩壁を濡らしていく。洞窟内には、肉が裂ける物理的な湿った音だけが響き、人間の悲鳴は一切存在しないという、異様な静寂が支配していた。


子夜はただ耐えているだけではなかった。彼は金剛から叩き込まれた呼吸法を脳内で再生していた。打撃を受ける瞬間、その部位の筋肉を鋼鉄のように硬化させ、衝撃を肉体の表面で滑らせて逃がす防御法――「鉄躯硬化(てっくこうか)」。


(今だ。衝撃が来る瞬間に、血気を皮膚の裏に凝縮させる……!)


鞭が右腕に当たる直前、子夜の疑似経絡が激しく脈打ち、その部位の皮膚が微かに青銅色を帯びた灰色へと変色した。棘付きの鞭が接触した瞬間、金属が硬い石にぶつかったような鈍い音が響き、棘の侵入が最小限に抑えられた。衝撃の大部分は肉体の表面を滑るようにして受け流され、内臓への致命的なダメージは完全に防がれた。


「な、何だと……!?」


蛇蠍の顔から余裕の笑みが消え失せた。何十発もの全力の鞭撃を浴びせ、血塗れにしているにもかかわらず、目の前の少年は一歩も退かず、膝すら折っていない。それどころか、その双眸の奥には、底知れぬ深淵のような、冷徹な緑の光が宿っていた。


それは、人間としての感情を完全に摩耗させた、復讐の獣の瞳だった。蛇蠍は、自身が「いたぶる側の強者」ではなく、「死を恐れぬ怪物」の前に立たされているのではないかという、本能的な悪寒を覚え始めた。鞭を握る彼の右手が、微かに震え出す。


「ふざけるな、このゴミ虫が……!」


恐怖を打ち消すように叫んだ蛇蠍は、全体重を乗せて鞭を大きく振り回し、子夜の首元へと巻き付けた。棘が喉の皮膚に食い込み、血が滴り落ちる。蛇蠍は鞭の柄を両手で強く引き絞り、子夜の呼吸を完全に止めようとした。


「死ね! 死んで血池の泥になりやがれ!」


首を締め上げられ、酸素が途絶え、視界が赤く染まっていく。疑似経絡の真気が乱れ、足の骨の寒毒が再び疼き始めた。まともに力比べをすれば、後天第五重の武功を持つ蛇蠍に引きずり倒されるのは明白だった。正面からの力比べでは勝てない。


(誰も信じるな、そして――無駄な殺生は己を鈍らせる。ここでこいつを殺す必要はない。だが、恐怖を刻み込まねば、俺の生存はない)


子夜の心に、悪人谷の生存掟「不信不殺」の冷徹な理性が響いた。彼は不敵な笑みを浮かべた。その笑みは、血塗れの喉元から漏れ出る、かすれた呼吸音と共に不気味に響いた。


「……ふっ」


「何がおかしい……!」


蛇蠍がさらに鞭を引こうとしたその瞬間、子夜の身体が不自然に変形した。肩の骨が、ゴキリと鈍い音を立てて、本来あり得ない方向へと滑り落ちたのだ。

HẾT CHƯƠNG

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