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尋問室の法廷劇

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凍てつく帝都の闇を切り裂き、軍事馬車は西地区治安部隊の兵舎へと滑り込んだ。大寒波の夜気は容赦なく車内を冷やし、セシルの薄い肺を痛めつける。右腕の擦り傷の痛みに加え、過剰な魔力が心臓を内側から圧迫するような鈍い痛みが、彼女の意識を微かに揺らしていた。だが、セシル・ヴァレンシュタインの紫の瞳は、かつてないほど冷徹に澄み渡っていた。


「お嬢様、これ以上の無理は……」


 ハンナが心配そうに、携帯用の薬瓶を差し出す。セシルはそれを軽く手で制し、車椅子の手すりを強く握りしめた。


「大丈夫よ、ハンナ。まだ私の活動限界までは時間がある。それに、チェス盤の最初の歩(ポーン)を救い出すのに、一秒の遅れも許されないわ」


 馬車の扉が開くと、そこには漆黒の軍服を纏ったギルベルト・フォン_ヴァレリウスが立っていた。彼の緋色の瞳には、セシルの知略に対する抑えきれない好奇心と、自らの兵を奪われようとしている獰猛な怒りが渦巻いている。


「行くぞ、セシル。お前の言う『法理』が、どれほどの盾になるか見せてもらおう」


 ギルベルトの合図とともに、ヴァレリウス家の精鋭騎士たちが無音で展開する。その中には、近衛騎士団の若手少尉であるレオンの姿もあった。彼はハインツ派の上層部に睨まれ不遇を託されていたが、セシルの並外れた法律知識によって窮地を救われて以来、彼女の知性に深い心酔を抱いていた。レオンは抜刀し、セシルの車椅子の先頭に立って露払い役を務める。


 治安部隊の地下へと続く階段は、湿った冷気と、錆びた鉄と血の臭いが充満していた。最奥にある尋問室の重厚な鉄扉の前に到達した瞬間、中から若い兵士の悲痛な呻き声と、不気味に響く鞭の音が漏れ聞こえてきた。ギルベルトが顎をしゃくると、クラウスが容赦なくその扉を物理的に蹴り開けた。


「何奴だ! ここは治安部隊の神聖なる尋問室だぞ!」


 室内に怒号が響き渡る。そこに立っていたのは、帝都西地区の警備隊長ギュンター・クラインだった。肥満体の体に豪華な隊長服を不格好にまとい、その手には不気味な青い魔力を放つ『尋問用鞭』が握られている。その鞭は、ハインツ伯爵がルードヴィヒの魔術塔から不法に盗み出させ、クラインに与えた禁忌の魔導具だった。奥の壁には、全身を血に染めたギルベルトの若い部下たちが鎖で繋がれている。


「クライン警備隊長。その不法な尋問を、今すぐ停止しなさい」


 車椅子に乗ったセシルが、尋問室の薄暗い闇の中に静かに進み出た。彼女の白銀の髪と、汚れ一つない最高級のガウンが、血生臭い尋問室の中で神聖なまでのコントラストを描き出す。クラインはその儚げな少女の姿を見て、鼻で笑った。


「没落貴族の病弱女が、何をしにきた。これは国家安全保障のための緊急措置であり、いかなる司法の介入も認められない。総帥閣下の部下どもが放火テロに関与した疑いがある以上、我々には自白を得るためのあらゆる権限があるのだ!」


「緊急措置、ですか。実につまらない言い逃れね」


 セシルは右目に装着した『ヴァレンシュタインの片眼鏡』を微かに光らせ、冷徹な視線でクラインを射抜いた。彼女の脳内で、過去三百年分の帝国判例データベースが超高速で検索を開始する。


「『帝国尋問法』第5条『自白強要の無効』。いかなる国家安全保障上の理由があろうとも、大判事の正式な署名なき尋問、および合法的弁護人の立ち会いなき自白は、法廷において一切の証拠能力を失う。これは帝国最高法規に定められた絶対的な原則よ。クライン隊長、あなたの手にあるその自白書に、大判事の署名はあるかしら?」


「くっ……! 口先だけの小娘が!」


 クラインは顔を歪め、周囲の警備兵に命じた。


「この不法侵入者どもを排除しろ! 車椅子の女ごと、地下牢へ叩き込め!」


 警備兵たちが一斉にセシルを取り囲もうとしたその瞬間、鋭い金属音が尋問室に響き渡った。レオン率いる近衛騎士たち、そしてギルベルトの精鋭たちが一斉に抜刀し、セシルの車椅子の周囲に強固な肉体の壁を作り上げたのだ。ギルベルト自身も、腰の『赤蓮の大剣』の柄に手をかけ、底冷えのする殺気を放っている。


「私の契約相手に指一本でも触れてみろ。この場で貴様らの首をすべて刎ねてやる」


 ギルベルトの圧倒的な覇気に、警備兵たちは恐怖で一歩後退した。クラインは額に冷や汗を浮かべながらも、必死に虚勢を張る。


「総帥閣下、これは公務執行妨害だ! いくら四大名家とて、国家の法を無視することは……」


「国家の法を無視しているのは、どちらかしら、クライン隊長」


 セシルの冷ややかな声が、男の言葉を完全に遮った。彼女は車椅子の上で、絶対的な知の支配者として語りかける。


「判例高速検索(レコーダー)――帝国暦二一二年、当時の警備隊長ヴァルターが、大判事の承認なしに容疑者に拷問を行い自白を強要した事件。大裁判所は、これを『重大な職権乱用罪』および『国家法秩序に対する反逆』と定義した。判決は、ヴァルターの全財産没収、一族の爵位剥奪、そして――本人に対する即座の絞首刑。クライン隊長、あなたが今行おうとしている行為は、この判例と完全に一致するわ」


「な、何だと……!?」


「あなたがその不法な尋問鞭を一度でも振るえば、私はその瞬間に、大書記院の公式記録官としてあなたを国家反逆罪で大裁判所に告発します。私の脳内には、あなたのすべての不法行為が完璧に記録されている。逃げ道はないわよ、クライン隊長。財産を失い、一族を巻き込んで絞首台に上るか、今すぐその薄汚い鞭を置いて兵士たちを解放するか、選びなさい」


 クラインの全身から脂汗が噴き出した。セシルの紫の瞳に宿る、一切の迷いのない絶対的な確信。彼女の口から紡がれる法律の条文と歴史的判例は、物理的な刃よりも鋭く、彼の心臓を突き刺していた。クラインは震える手で、握っていた尋問鞭を床に落とした。金属音が、彼の敗北を告げる鐘のように尋問室に響く。


「……兵士たちを、解放しろ」


 クラインは掠れた声で指示を出した。拘束を解かれた若い兵士たちが、レオンたちに支えられながら救出されていく。尋問室に、確かなカタルシスが満ちていた。


 しかし、クラインは床の鞭を拾い上げると、去り際にセシルを睨みつけ、不気味な歪んだ笑みを浮かべた。


「……今回はお前の勝ちだ、ヴァレンシュタイン家の幽霊め。だが、喜ぶのは早い。ハインツ伯爵閣下は、すでに大裁判所のヴァルター判事を完全に買収している。明日、非公開の略式裁判が開かれ、ギルベルト閣下の有罪と軍権剥奪は確定する手筈だ。お前たちがどれほど喚こうと、明日の朝にはすべてが終わる!」


 その言葉は、尋問室の空気を一瞬にして凍りつかせた。翌朝の裁判という、極限の時間制限。ハインツの張り巡らせた司法の罠が、牙を剥いて彼らを待ち受けていた。


「は、はぁ……っ……」


 緊張が解けた瞬間、尋問室の湿気と寒さがセシルの脆弱な肉体を襲った。激しい喘息の発作が彼女の喉を締め付け、呼吸が浅くなる。車椅子の上で微かに揺らぐ彼女の体を、ギルベルトがすかさず背後から抱き止めた。


「セシル! おい、しっかりしろ!」


 ギルベルトの強靭な腕が、壊れ物を守るように彼女を強く抱きしめる。彼の緋色の瞳には、彼女を失うことへの、狂おしいほどの焦燥と執着が宿っていた。


「まだよ、ギルベルト……。明日の裁判を……凍結させるための、次の一手を……」


 セシルは薄れゆく意識の中で、ギルベルトの胸元を固く握りしめた。帝国の覇者たちを従えるための、血塗られた王位継承戦。その第二の法廷劇の幕が、すでに上がろうとしていた。

HẾT CHƯƠNG

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