蹂躙の夜、最強の力を我が手に
ルミリオンの地下深く、湿った冷気と血生臭い悪臭が漂う地下水道の最深部。そこには、光の届かない闇の帝国――『闇市場の地下闘技場』が広がっていた。
「――ぶち壊しなさい、ドラグニル」
私の冷徹な声が響いた瞬間、目の前にそびえ立つ重厚な鉄扉が、轟音と共に内側へと吹き飛んだ。火花と鉄の破片が四散する中、私たちは堂々とその足を踏み入れる。
闘技場の中央は、すり鉢状の巨大な円形広場になっていた。観客席には、仮面を被った悪徳貴族や闇市場の商人たちが群がり、その中央ではヴァルカンが雇った数百人もの私兵と、鎖に繋がれた凶暴な巨大魔獣たちが牙を剥いて待ち構えている。
「ハハハ! 本当に来おったか、命知らずの小娘め! 弱体化した覇王どもを引き連れて、自ら死にに来るとはな!」
最上階のバルコニーから、毛皮の外套を羽織った大男――ヴァルカンが、下劣な高笑いを響かせる。その傍らには、鉄格子の檻に閉じ込められ、ぐったりと横たわるテオの姿があった。テオの頭上に浮かぶ残り寿命の数値は、不気味に赤く明滅し、あと数日という極限の領域を示している。
「テオ……!」
私の胸が怒りで激しく脈打つ。同時に、胸元の『命の魂砂時計』が、私の感情に呼応するようにドクリと脈打ち、不協和音を奏でた。私の心拍数が乱れた瞬間、背後に従う四人の覇王たちが、同時に胸を押さえて苦痛に顔を歪める。
「ぐっ……! すまない、ステラ、俺が不甲斐ないばかりに……」
レオンハルトが膝を突きかける。彼らの寿命は、私と離れていた時間のために『秒生者(セカンド)』の極限まで枯渇しかけていた。全盛期の力を失った今の彼らでは、この数の私兵と魔獣を相手にするのは不可能に近い。
「言ったはずよ、あなたたちは私の盾と矛になりなさいって」
私は冷たく言い放ち、両手を左右に広げた。左手でレオンハルトの温かい手を握り、右手でドラグニルの熱い手首を掴む。そして、ドラグニルを後ろから引き寄せるようにして、その逞しい身体に自身の背中を預けた。
「魔力を、借用(シェア)するわ。――死にたくなければ、私を強く抱きしめていなさい」
「ふん、言われずとも……お前を離すつもりなど、最初からない!」
ドラグニルが獰猛な笑みを浮かべ、私の腰を後ろから壊れ物を扱うように、しかし逃がさないという強い意志を込めて抱きしめた。その瞬間、私たちの頭上に『寿命共生接続(ライフ・リンク)』の黄金の輪が浮かび上がる。
私の胸の砂時計から、濁流のような生命の砂が二人の体内へと逆流した。全盛期の三割以上の魔力が、一気に彼らの肉体へと還流する。
「おおおおおっ!」
ドラグニルの全身から、周囲の空気を一瞬で蒸発させるほどの圧倒的な赤き竜気が爆発した。金色の瞳が野生的な輝きを取り戻し、額の竜の角が赤蓮の炎を纏って激しく燃え上がる。レオンハルトの身体からも、神聖な白銀の闘気が立ち上り、その手に握られた『レオンハルトの守護剣』が眩いばかりの光を放った。
「何だと……!? 奴ら、なぜ魔力が戻っている!?」
ヴァルカンが驚愕に目を見開く。私兵たちが恐怖を紛らわせるように、一斉に魔導銃の引き金を引き、無数の魔法弾が雨あられと私たちに降り注いだ。
「我が主(マイ・レディ)の前に、塵一つ通すな!」
レオンハルトが叫び、守護剣を天に掲げる。瞬時に展開された『白銀の守護障壁』が、襲い来る魔法弾をすべて弾き返し、光の塵へと変えていく。彼はそのまま、光速のステップで敵陣へと踏み込んだ。白銀の軌跡が空間を切り裂くたびに、私兵たちの重装甲冑が紙のように両断され、闘技場に悲鳴が響き渡る。
「ハッ、羽虫どもが。俺の番(つがい)に、その汚い牙を向けようとした罪、死を以て償え!」
ドラグニルが私の腰を抱いたまま、空いた左手を前方へと突き出した。彼の背後に、天を衝くほどの巨大な赤竜の幻影が出現する。ドラグニルが深く息を吸い込み、その喉を震わせた。
「――『焔竜の威圧(ドラゴン・ロア)』!!」
鼓膜を破らんばかりの咆哮が、闘技場全体を震わせた。それは単なる音波ではない。空間そのものを圧縮し、触れた者の精神を物理的に破壊する、絶対王者の覇気だった。ヴァルカンが展開していた広範囲の防御結界が、ドラグニルの放った圧倒的な熱量と質量によって、まるで薄いガラスのように粉砕されていく。
「ギャアアアッ!」
数百頭の魔獣たちが、その咆哮を浴びた瞬間、戦意を完全に喪失してその場にひれ伏し、恐怖にガタガタと震え出した。私兵たちも武器を落とし、泡を吹いて次々と床に倒れ込んでいく。まさに、圧倒的な蹂躙だった。かつて世界を震撼させた『世紀覇王』の力が、一人の少女の温もりを通じて、今この戦場を支配していた。
「は、ハァ……、ハァ……」
しかし、二人の強大な魔力を自身の肉体にバイパスした代償は、あまりにも重かった。私の右手の指先から手首にかけて、冷たく透き通るような「ガラス結晶」が不気味な音を立てて侵食し始める。骨を削るような激痛が走るが、私は唇を噛み締め、それを覇王たちに悟られないよう、平然を装った。
私兵が一掃され、静まり返った闘技場の中央。私はドラグニルに抱えられたまま、テオの檻の前へとたどり着く。
「テオ……! 今、助けるわ!」
「お、お姉ちゃん……!?」
檻の中で目を覚ましたテオが、涙を浮かべて私を見上げる。その姿を確認し、私が安堵の息を漏らした、その瞬間だった。
私のポケットの中で、ギデオンの懐中時計がチリチリと、かつてないほど禍々しい逆回転の振動を始めた。同時に、私の五感が、腐った泥と死臭の混ざったおぞましい「寿命の味覚」を捉える。
「――クックック。やはり、その胸の砂時計こそが、覇王たちの命の源泉であったか」
テオの檻の影から、黒いボロボロのフードを深く被り、首から無数の小動物の骨をぶら下げた不気味な老人が姿を現した。ヴァルカンお抱えの最高呪術師、ゾルグだ。彼の持つ『黒骨の呪杖』が、禍々しい紫黒の魔力を帯びて怪しく発光する。
「死ね、クロノスの魔女め。お前の心臓(砂時計)を、内側から腐らせてやろう!」
ゾルグが呪杖を突き出した瞬間、私の胸元目がけて、空間を侵食するような漆黒の呪詛が放たれた。それは、覇王たちの盾さえも透過し、私の『命の魂砂時計』を直接破壊しようとする、最悪の腐食の呪いだった。
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