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時計塔の同居規則と、最初の添い寝

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「狭い……。信じられないほど、狭いわ」


 ルミリオンの街の片隅に佇む『クロノス時計工房』。その二階にある、普段はステラが一人で使っていた手狭なリビングは、今や息が詰まるほどの圧倒的な熱量と威圧感に支配されていた。


 それもそのはずだ。大陸を揺るがす最強の覇王たちが、四人もこの狭い木造の部屋にひしめき合っているのだから。


 ヴァルハイト帝国騎士団長レオンハルトは、大柄な体躯に合わない小さな木製椅子に腰掛け、白銀の甲冑をきしませていた。魔王アルフォンスは、部屋の隅にある古びたソファに背を預け、長い脚を退屈そうに組んでいる。大賢者ユリウスは、本棚の前に立ち、眼鏡の奥の鋭い瞳でステラの作業台を観察していた。そして、竜王ドラグニルは、不機嫌極まりない様子で床に直接あぐらをかき、その大きな背中で壁をミシミシと鳴らしている。


 四人とも、ステラに直接肌を触れられたことで、残り寿命が「十五分」という最悪の『秒生者』状態からは脱していた。だが、依然として彼らの命のゼンマイは、ステラの胸元に埋め込まれた古代遺物『命の魂砂時計』と直結している。数分でも彼女から離れれば、肉体は急速に老化し、老衰死へと向かうのだ。


「おい、平民の娘。いつまでこの不衛生な鳥籠に俺たちを閉じ込めておくつもりだ?」


 ドラグニルが、低く地響きのような声で威嚇した。彼の誇り高い竜の角は、ステラから流れ込んだ生命力によって微かに赤みを回復しているが、まだ本来の輝きには程遠い。彼はかつて、力ずくでステラから寿命を奪い返そうとして凄まじい拒絶反応を起こし、吐血した苦い記憶がある。そのため、今はただ、苛立ちを募らせながらステラを睨みつけることしかできなかった。


「不満があるなら、今すぐ出て行ってもいいのよ、竜王様。その代わり、街の門を出る前にあなたのお高くとまった肉体は灰になるでしょうけど」


 ステラは、作業用エプロンのポケットからピンセットを取り出しながら、冷淡に言い放った。彼女の首元には、昨夜アルフォンスに締め上げられた生々しい赤い指の痕が残っている。


 アルフォンスはその赤い痕をソファの陰から見つめ、昏い瞳を細めた。己が殺そうとした無力なはずの少女に、今や命を人質に取られているという底知れぬ屈辱。しかし同時に、彼女が呼吸を乱すたびに自身の胸が引き裂かれるような痛みに襲われるという恐怖が、彼の傲慢な理性を確実に侵食していた。何より、彼女に触れられた瞬間の、あの甘美な生命の還流が、魔王の魂に異常な執着を植え付け始めていたのだ。


「ふん、生意気な口を利く。その首の痕が、まだ痛み足りないようだな」


「あら、お望みなら今すぐ私の鼓動を止めて、あなたも一緒に地獄へ連れて行ってあげましょうか?」


 ステラが琥珀色の瞳を向けると、アルフォンスは忌々しげに顔を背けた。完全に主導権はステラにあるのだ。


「さて、これからあなたたちとこの工房で暮らすにあたって、絶対のルールを決めたわ」


 ステラはリビングの壁に一枚の大きな羊皮紙を貼り出した。そこには、彼女が昨夜の内に書き連ねた、実に現実的で容赦のない規則が記されていた。


「名付けて、『時計塔の同居五原則』よ」


 四人の覇王たちが、怪訝そうな、あるいは侮蔑を孕んだ視線をその紙に向ける。


「一、工房内での暴力・魔力の行使は一切禁止。壁や家具を壊したら、修理費はあなたたちの寿命から引きます。

二、私の時計修理の仕事を邪魔しないこと。私はこれで生計を立てているの。

三、肌の接触(寿命転送)は、私の許可なく行わないこと。群がられるのは迷惑よ。

四、夜間の『共有の寝室』への立ち入りは、完全なローテーション制、すなわち『添い寝スケジュール管理法』に従うこと。

五、この工房の主は私。私の命令には絶対服従すること。……以上よ」


「馬鹿げている!」


 レオンハルトが、我慢が限界に達したように立ち上がった。その巨躯が放つ威圧感に、部屋の空気が張り詰める。


「帝国騎士団長たる私が、平民の娘の寝室に夜な夜な忍び込み、添い寝などという破廉恥な行為に及べるわけがない! これは騎士の誇りに対する侮辱だ!」


「そう? じゃあ、レオンハルト様は今夜の添い寝シフトから外してあげるわ。その代わり、明日の朝にはあなたの綺麗な金髪は白髪になって、歩くこともできなくなっているでしょうけど」


「くっ……!」


 レオンハルトは屈辱に顔を歪め、言葉を失った。彼の残り時間は現在、数時間程度まで回復しているが、丸一日接触を絶てば確実に死に至る。生き延びるためには、この少女のベッドに入り、その華奢な身体を抱きしめて眠らなければならない。その事実が、彼の高潔な精神をどれほど苛んでいるか、ステラには容易に想像がついた。


「数式的な観点から言えば、このスケジュールは極めて合理的だ」


 ユリウスが、眼鏡の位置を直しながら冷徹に口を開いた。


「ステラの心臓の負担を最小限に抑えつつ、我々四人の寿命の減少速度を均等に補填するには、睡眠時の持続的な接触が最も効率が良い。……だが、最初の夜の担当が『騎士団長』になっているのは納得がいかないな。魔力の伝導率で言えば、私の方が精密な同期が可能だ」


「いや、俺が最初だ」と、アルフォンスが影の中から囁く。「この娘の首を最も深く知っているのは俺だからな」


「ふざけるな、俺が一番に決まっている!」


 ドラグニルが牙を剥き、部屋の温度が急激に上昇し始める。四人の男たちが、ステラとの「接触の順番」を巡って、青い火花を散らすような視線の殺し合いを始めた。冷酷なはずの覇王たちが、生き延びるため、そして一人の少女の温もりを独占するために、見苦しい心理戦を繰り広げている。


 その滑稽で甘美な緊迫感を、ステラは冷めた目であしらった。


「騒ぐなら全員、今夜は手繋ぎだけにするわよ。……静かにして」


 ステラの一言で、四人の覇王たちは一瞬にして口を閉ざした。彼らが一人の平民の少女に完全に手懐けられているその様子は、奇妙極まりない光景だった。


 その時だった。


 一階の店舗から、ガシャァァン!!という激しいガラスの破砕音と、男たちの粗暴な怒鳴り声が響き渡った。


「おい! 誰かいるだろ! ギデオンの隠し遺産を出しやがれ!」


 ステラの表情が凍りついた。その声には聞き覚えがあった。ルミリオンの地下街を牛耳る悪徳商人ヴァルカンの手下であり、粗暴なごろつきのリーダー、ブルズだ。


「テオ……!」


 ステラは二階の階段を駆け下りた。四人の覇王たちも、彼女から離れるわけにはいかないため、必然的にその後に続く。


 一階の店舗に降り立つと、そこは無惨な光景が広がっていた。ステラが大切に手入れをしていた真鍮製のショーケースが物理的に叩き割られ、床には精密な時計のギアやガラスの破片が散乱している。


「やめろ! 姉ちゃんに触るな!」


 十四歳の見習い少年、テオが、小さな手に修理用の金属スパナを握りしめ、必死にブルズの前に立ちはだかっていた。しかし、禿頭に大男のブルズは、鼻で笑うと、テオの胸元を乱暴に突き飛ばした。


「どけ、ガキが!」


「ああっ!」


 テオは床のガラス破片の上に激しく転倒し、手のひらを切って血を流した。スパナが乾いた音を立てて床を転がる。


「テオ!」


 ステラが叫び、テオのもとへ駆け寄ろうとした。だが、ブルズの背後に控えていた十数人の武装したごろつきたちが、一斉に鉄パイプや短剣を構えてステラを包囲する。


「おいおい、ギデオンの孫娘。お前が遺跡から持ち帰った『黄金のゼンマイ』と、じいさんの隠し設計図を渡しな。さもなきゃ、この工房を跡形もなく叩き壊して、その可愛い顔に傷をつけてやるぞ」


 ブルズが下卑た笑みを浮かべ、鉄パイプを肩にかつぎながらステラに迫る。魔力を持たないただの少女であるステラにとって、これは本来なら絶体絶命の暴力の脅威だった。


 だが、ステラの琥珀色の瞳には、恐怖ではなく、激しい静かな怒りが宿っていた。


「人の、時計を……よくも壊してくれたわね」


 ステラは、自身の胸元の砂時計が怒りの心拍によって激しく脈打つのを感じた。その時、彼女のポケットの中で、祖父の『ギデオンの壊れた懐中時計』が、時間神の干渉に共鳴するようにチリチリと不気味な逆回転の振動を始めた。神殿の影が近づいている警告か、あるいは目の前の危機に対する反応か。


 ステラは迷わず、自身のすぐ後ろに控えていたレオンハルトの腕を強く掴んだ。


 その瞬間、二人の指先から黄金の光の歯車が弾け飛び、レオンハルトの肉体に砂時計の寿命エネルギーが急速に流れ込んだ。『寿命共生接続』の魔力同期が、一時的に臨界点に達する。ステラはレオンハルトの強大な魔力を自身の砂時計を介して一時的にバイパスし、彼に戦闘の権能を返還したのだ。


「レオンハルト。……その不躾な手を、私の店から排除して」


「御意に、我が主(あるじ)」


 レオンハルトの瞳が、黄金の神聖な光に染まった。彼は一歩前に踏み出す。その瞬間、彼の周囲に、眩い白銀の闘気による絶対防御の障壁『白銀の守護障壁』が爆発的に展開された。


「あぁ? 何だその光は――」


 ブルズが不審に思い、鉄パイプをレオンハルトの頭部に向けて全力で振り下ろした。凄まじい風切り音が響く。


 しかし、鉄パイプがレオンハルトの周囲数十センチの空間に触れた瞬間、カチリ、と硬質な金属音が響き渡り、鉄パイプはまるで虚空に固定されたかのように、分子レベルで完全に静止した。レオンハルトは眉一つ動かさず、ただ冷酷にブルズを見下ろしている。


「な、何だと……!? 動かねえ!」


 ブルズが必死にパイプを引こうとするが、障壁に囚われた金属は一ミリも動かない。レオンハルトの『白銀の守護障壁』は、敵の物理的な突撃の「時間」と「運動」をその場で静止させる絶対の盾だった。


「平民の分際で、我が主の領域を汚し、その身体に触れようとした罪……」


 レオンハルトの声は、帝国騎士団長としての冷徹な威厳に満ちていた。彼は剣を抜くことすらしない。ただ、右手の親指と中指を交差させ、ブルズの額に向けて軽く構えた。


「その命を以て、贖うがいい」


 パチン、と軽い音が響いた。レオンハルトが放ったのは、全盛期の力のごく一部を乗せた、ただの「デコピン」だった。


 しかし、それは常識を遥かに逸脱した破壊の奔流だった。白銀の衝撃波が一直線に走り、ブルズの巨体は弾け飛んだ。彼は悲鳴を上げる暇すらなく、工房の頑丈な木製の壁を物理的に突き破り、外の通りへと吹き飛んでいった。ドゴォォン!という凄まじい落雷のような音が街に響き渡り、ブルズは石畳の上を数十メートルも転がって、そのまま白目を剥いて失神した。


「ひ、ひぃぃぃっ!」


 残されたごろつきたちは、ボスの哀れな姿と、レオンハルトが放つ圧倒的な「神殺しの威圧感」に完全に腰を抜かした。彼らは武器を投げ捨て、蜘蛛の子を散らすようにして壊れた壁の穴から逃げ帰っていった。


 静まり返った工房の中に、レオンハルトの静かな息遣いだけが響く。彼はステラの手を握ったまま、自身の「依存」に対する複雑な葛藤を瞳に宿していた。一人の無力な少女に命を握られ、彼女に触れていなければこの力すら振るえない。その屈辱と、彼女を守り抜いたという奇妙な安堵が、彼の胸を締め付けていた。


「……怪我はなかったか、ステラ」


「ええ、ありがとう。レオンハルト」


 ステラは彼の手をそっと放した。その瞬間、レオンハルトの頭上の残り寿命の数値が、再びチクタクと減少を始める。彼は微かな喪失感に眉をひそめた。


 ステラは床にしゃがみ込み、テオの傷ついた手を優しく包み込んだ。


「テオ、大丈夫? 怖かったわね」


「う、うん……。姉ちゃん、あいつら、おじいちゃんの遺産を……。でも、あの人たち、一体何者なの?」


 テオは、ステラの背後に立つ四人の、人間離れした美貌と威圧感を持つ男たちを怯えながら見上げた。ステラはテオを安心させるように微笑み、それから壊れたショーケースのガラス片を見つめて、小さくため息をついた。


「……また修理費用がかさむわね。これじゃ、時貨(タイムコイン)がいくらあっても足りないわ」


 チンピラを追い払うことには成功したが、ステラの胸の奥には不穏な予感が広がっていた。これほど圧倒的な力を見せつければ、街の裏社会を支配するヴァルカンに、「クロノス工房には強力な護衛(衰弱した覇王)がいる」という事実が確実に伝わってしまう。ヴァルカンは、彼らの「残り寿命」そのものを直接奪うため、より強力な暗殺者や呪術師を雇うだろう。


 そして、ステラのポケットの中で、ギデオンの懐中時計は、今もチリチリと冷たい逆回転の振動を止めずにいた。時の神殿の、白い影が、確実にこの街へと近づいていることを告げるように。

HẾT CHƯƠNG

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