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死を繋ぐ契約、肌を重ねる理由

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「……返せ。さもなくば、お前をここで八つ裂きにする」


 魔界の覇王、アルフォンス・ヴァレンティンが放つ声は、地獄の底から這い出る冷気そのものだった。退廃的な美貌に浮かぶのは、絶対的な捕食者の残忍さ。だが、その漆黒の瞳の奥には、己の命が秒単位で零れ落ちていくことへの、狂おしいほどの焦燥が揺らめいている。


 ルミリオンの地下大遺跡、最深部に位置する「砂時計の祭壇」。崩落した瓦礫と真鍮の破片が散らばる冷たい石畳の上で、下級時計師の少女ステラ・クロノスは、四人の「世紀覇王」たちに完全に包囲されていた。


 ステラの首元には、アルフォンスの影から生み出された漆黒の刃が突きつけられている。刃から伝わるのは、凍えるような死の予感。すぐ隣では、ヴァルハイト帝国騎士団長レオンハルトが、白銀の剣先をステラの心臓へと寸分違わず向けていた。彼の端正な顔は急速に血の気を失い、美しい金髪には痛々しいほどの白髪が混ざり始めている。竜王ドラグニルは床に這いつくばりながらも、燃え盛る火の粉のような瞳でステラを睨みつけ、大賢者ユリウスは目眩を堪えるように片手で額を押さえ、激しく呼吸を乱していた。


「待て……! まだ彼女を殺すな」


 ユリウスが掠れた声で制止を試みるが、アルフォンスの殺意はすでに限界を超えていた。


「黙れ、ユリウス。この羽虫のような平民が、我らから千年の生を奪い去ったのだ。心臓を抉り出し、砂時計を叩き割れば、我が命は肉体に還る」


「答えろ、泥棒猫め」と、アルフォンスは冷酷に吐き捨てると、影の刃をステラの喉元へ深く食い込ませ、その細い首を容赦なく締め上げた。


「うっ、あ……っ!」


 ステラの気道が塞がれ、肺から酸素が奪われる。視界が急速に火花を散らすように歪んでいく。魔力を持たない華奢な身体が、覇王の力によって宙に浮き上がった。


 その瞬間、ステラのポケットの中で、祖父の遺品である『ギデオンの壊れた懐中時計』が、まるで時間神の激しい怒りを感知したかのように、凄まじい振動と共に針を逆回転させ始めた。ジジジ、と金属が軋む不協和音が静寂の祭壇に響き渡る。


 同時に、ステラの胸元に埋め込まれた古代遺物『命の魂砂時計』が、不吉な血のような赤色に明滅した。ステラの鼓動が、恐怖と窒息によって急激に低下していく。


「がはっ……!? あ、ぐあああああっ!」


 突如として、ステラの首を絞めていたアルフォンスが、獣のような絶叫を上げてその場に崩れ落ちた。彼は自身の胸元を狂ったように掻きむしり、口から禍々しい黒い血を吐き散らした。彼の頭上に浮かぶ残り寿命の数値【000:00:00:05:12】が、凄まじい速度で減少を始める。


「な、んだ……これは……! 魂が、内側から引き裂かれる……!」


 それだけではない。ステラに直接触れてさえいないはずのレオンハルトが、呻き声を上げて片膝を突き、その白銀の甲冑が激しく石畳に激突した。ドラグニルは苦痛に顔を歪め、再び赤い血を床に吐き戻す。ユリウスは自身の魔導書を落とし、まるで脳を直接灼かれたかのように頭を抱えてのたうち回った。


「ハァ、ハァ……! アルフォンス、手を放せ! 今すぐその娘から離れろ!」


 ユリウスが血を吐きながら、絶叫に近い声を上げた。彼の右目のモノクルが、ステラの胸元と四人の心臓を繋ぐ、目に見えない「黄金の因果の鎖」を捉えていた。


「解析が……終わった……。これは『相互死の呪縛』だ! 我々の命の砂は、すでに彼女の胸の砂時計に完全同期している! 彼女のバイタルが低下すれば、砂時計に宿るすべての寿命エネルギーが虚空に霧散し、我々四人も……即座に塵となって死に絶える!」


「何だと……!?」


 レオンハルトが驚愕に目を見開く。アルフォンスは屈辱に震えながら、ステラの首から手を放した。地面に投げ出されたステラは、激しく咳き込みながら、冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んだ。彼女が呼吸を取り戻すと同時に、四人の胸を襲っていた激痛が嘘のように引き、寿命の減少カウントが元の速度に減速した。


「ハァ……、ハァ……。言ったでしょう……、そこを動かないでって……」


 ステラは乱れた亜麻色の髪を払い、涙の滲む琥珀色の瞳で、大陸最強の男たちを冷たく見下ろした。彼女の右手は恐怖で震えていたが、時計師としての冷静な頭脳は、すでにこの異常なシステムの構造を完全に把握していた。


「私は魔力なんて持たない、ただの時計修理工よ。でも、私の心臓は、今やあなたたちの命のゼンマイそのもの。私を傷つければ、あなたたちの頭上の数字は一瞬でゼロになる。……私を殺して寿命を奪い返せるなんて、そんな甘い設計(システム)じゃないわ」


 ステラは、自身の胸元で黄金の砂を刻み続ける砂時計に手を当てた。そこからは、四人の弱まりゆく脈拍が、チクタクという不気味な同期音となって彼女の指先に伝わってくる。


「そんな……バカなことが……。この俺が、人間に……このような羽虫に、命を握られているというのか!」


 ドラグニルが地を這いながら、激しい屈辱に声を震わせる。彼の誇り高い竜の角が、急速な老化の魔力によって灰色に色褪せていく。レオンハルトの残り時間は、すでに「一分」を切っていた。彼の視界は白濁し、呼吸をするたびに肺が燃えるような痛みに襲われている。


「ユリウス……! 魔術回路で……この呪縛を、切断しろ!」


 レオンハルトが血を吐きながら叫ぶ。ユリウスは震える指先で虚空に複雑な数式を描き、ステラの砂時計の魔力接続を強制遮断しようと試みた。


「『因果律の切断(アンチ・リンク)』――!」


 しかし、青い魔導光がステラの胸元に触れた瞬間、砂時計のコアが黄金の拒絶反応を放った。キィィィンと耳を劈く精神衝撃波が放たれ、ユリウスは悲鳴を上げて自身の魔力逆流による激しい頭痛に襲われた。彼の鼻から赤い血が滴り落ちる。


「無理だ……! この遺物は、時間神の根源的なシステムと直結している。我々の魔力では、触れることすら拒絶される……!」


「残り時間は……三十秒を切ったぞ……」


 アルフォンスが、掠れた声で呟いた。彼の頭上の数字は【000:00:00:00:28】。肌は乾燥し、全盛期の美貌は見る影もなく老いさらばえようとしている。死への恐怖と、一人の平民の少女に屈服しなければならないという極限の屈辱が、祭壇の空気を支配していた。


 ステラは、深く息を吸い込み、毅然とした態度で四人に向き直った。


「死にたくなければ、私のルールに従ってもらうわ。……生きたければ、私に触れて」


「なっ……!」


 レオンハルトが絶句する。帝国騎士としての誇りが、その言葉を拒絶しようとした。だが、彼の肉体はすでに限界だった。視界が完全に闇に包まれようとしたその瞬間、彼の身体は本能的に前へと這い進んでいた。


 レオンハルトは、震える手でステラの華奢な手を掴んだ。


 その瞬間、祭壇の空間に、かつてないほど美しい黄金の光の歯車が浮かび上がった。これが『寿命共生接続(ライフ・リンク)』の起動だった。ステラの胸の砂時計から、黄金の砂の粒子が彼女の腕を伝わり、レオンハルトの手の甲へと流れ込んでいく。


「あ……っ、はぁ……!」


 レオンハルトは、全身を貫く圧倒的な温もりに絶句した。冷え切っていた彼の血流が熱を取り戻し、白濁していた視界が鮮やかに晴れ渡っていく。金髪の白髪が黄金の輝きを取り戻し、肌に張りが戻る。彼の頭上の数値が、【000:00:00:15:00】――十五分まで急速に回復した。


 それは、ただの延命ではなかった。ステラの肌から伝わる温もりは、騎士としての理性を狂わせるほどに甘美で、絶対的な依存を予感させるものだった。レオンハルトは彼女の手を握りしめたまま、そのあまりの心地よさと、一人の少女に生殺与奪を握られたという屈辱の狭間で、激しく呼吸を乱した。


「……信じられん。本当に、命が流れ込んでくる……」


 その光景を見たアルフォンス、ユリウス、ドラグニルの瞳に、猛烈な嫉妬と、生き延びるための狂気的な飢餓感が宿った。


「次は俺だ……! その手を放せ、レオンハルト!」


 ドラグニルが這い寄り、ステラの細い足首を掴んだ。アルフォンスは彼女の肩を抱き寄せ、ユリウスは彼女のもう片方の手を奪うようにして握りしめた。四人の大男たちが、生き延びるために一人の地味な時計師の少女に群がり、その肌の温もりを貪るようにして縋りつく。黄金の光の粒子が彼らの間で激しく渦巻き、彼らの老化を一時的に食い止めていく。


 ステラは、自身を押し潰さんばかりに密着してくる四人の覇王たちの重みと、その異常な執着の視線に、身体の芯が震えるのを感じていた。だが、彼女は決して怯まなかった。


「ここはもうすぐ、神殿の追跡者たちが来るわ。私の『クロノス時計工房』へ行くのよ。……これからは、一秒たりとも私から離れることは許さないわ」


 ステラは、自身の命を人質にした冷徹な微笑みを浮かべ、最強の男たちに最初の同居命令を下した。生殺与奪の権を完全に握られた四人の覇王たちは、ただ彼女の温もりに縋りつきながら、その屈辱的な契約を受け入れるしかなかった。

HẾT CHƯƠNG

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