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狂い出した世界時計と、囚われの四覇王

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蒸気機関の吐き出す白煙と、深く冷たい霧が年中立ち込める辺境の時計都市ルミリオン。この街の住人は、誰もが己の頭上に浮かぶ数字を気にして生きている。それは「時の刻印」――神が定めた、残り寿命を示す残酷なカウントダウンだ。


「……あと三年、か」


 十八歳の少女ステラ・クロノスは、作業用エプロンのポケットから、文字盤の砕けた古い懐中時計を取り出した。祖父ギデオンが遺したその時計は、針が不規則に逆回転し、まるで何かの危機を告げるように小刻みに震えている。

 ステラには魔力がない。だが、ルミリオンで最も腕の良い時計師だった祖父の技術と、壊れた機械に触れるとその過去の記憶が流れ込んでくる『時の声を聞く力』だけが、彼女のすべてだった。


 数日前から、ルミリオンを中心に「時震」と呼ばれる時間の局所的な歪みが発生していた。時間の流れが急激に加速して草木が一瞬で枯れ果てるかと思えば、次の瞬間には静止する。その原因が、街の地下深くに眠る「ルミリオンの地下大遺跡」にあると確信したステラは、祖父の遺品である絶対に錆びない『黄金のゼンマイ』を携え、単身で闇の中へと降りていった。


 地下遺跡の空気は重く、真鍮と古びた魔導回路の匂いが満ちていた。巨大な真鍮製の歯車が壁一面で複雑に噛み合い、チクタクと心臓の鼓動のような音を響かせている。ステラが狭い通路を抜け、遺跡の心臓部である「砂時計の祭壇」へと足を踏み入れたその時、異様な光景に息を呑んだ。


 そこには、到底この辺境には現れるはずのない、大陸の頂点に君臨する四人の「世紀覇王」たちがいた。


 白銀の甲冑を纏い、千年の寿命を示す圧倒的な覇気を放つヴァルタイト帝国騎士団長、レオンハルト。漆黒の外套に身を包み、退廃的な美貌に冷酷な笑みを浮かべる魔界の魔王、アルフォンス。エーデルガルト魔導タワーの頂点に立ち、冷徹な瞳で空間の数式を解析する大賢者、ユリウス。そして、人間を遥かに凌駕する頑強な肉体と、頭部に一対の角を持つ古代竜族の王、ドラグニル。


 彼らの頭上には、千年の時を示す黄金の数字が眩いほどに輝いている。だが、祭壇の中心に鎮座する古代遺物『命の魂砂時計』は、赤い暴走の光を放ち、周囲の空間を歪めていた。


「何者だ、平民の娘が」


 レオンハルトの氷のように冷たい視線がステラを射抜く。その威圧感だけで、魔力を持たないステラは押し潰されそうになった。しかし、彼女の視線は祭壇の精密な魔導回路に釘付けになっていた。回路の主要ギアが激しく摩耗し、今にも焼き切れんばかりに火花を散らしている。


「そこを動かないで! その回路のギアが噛み合っていない。今すぐに調律しないと、遺跡全体の時間が崩壊するわ!」


 ステラは叫び、作業鞄からピンセットを取り出すと、祖父の『黄金のゼンマイ』を祭壇の露出した精密スロットへと差し込んだ。時計師としての本能が、彼女の身体を動かしていた。


 カチリ、と美しい金属音が響き、黄金のゼンマイが完全に合致した。しかし、その瞬間、遺跡の自動防衛システムが狂い出したように作動した。祭壇から赤い障壁が噴出し、ステラと四人の覇王たちを閉じ込める。


「愚かな。罠を起動させたか!」


 ドラグニルが激昂し、拳に超高熱の炎を纏わせて障壁を殴りつけた。レオンハルトが『誓約の白銀剣』を抜き放ち、白銀の闘気で結界を切り裂こうとする。アルフォンスの影の棘が空間を穿ち、ユリウスが瞬時に解析結界を展開して暴走を抑え込もうとした。


 だが、最強の四人が放った規格外の魔力は、祭壇の『命の魂砂時計』に最悪の形で吸収され、逆流した。砂時計が黄金の閃光を放ち、激しく回転を始める。その瞬間、四人の頭上に浮かぶ「時の刻印」の数字が、信じられない速度で逆回転を始めた。


「なっ……! 魔力だけでなく、私の『時(寿命)』が吸い取られている……!?」


 ユリウスが驚愕の声を上げる。彼の頭上に浮かぶ【0999:364:23:59:59】という千年の数字が、砂時計の砂が落ちるように激しく減少し、黄金の砂となって宙を舞う。それはレオンハルト、アルフォンス、ドラグニルも同様だった。四人の最強の命が、光の粒子となってステラの胸元へと一斉に吸い込まれていく。


「うあああああっ!」


 ステラは胸を引き裂かれるような激痛に襲われ、その場に崩れ落ちた。彼女の胸元、心臓の真上に、黄金の砂を湛えた美しい砂時計の紋章が刻まれていく。遺物『命の魂砂時計』が、彼女の肉体と完全に融合しようとしていた。


「小娘、何をした……! 私の力を、命を返せ!」


 ドラグニルが怒り狂い、ステラを掴んで吸引を止めようと手を伸ばした。しかし、ステラの身体から放たれた拒絶の魔力波がドラグニルを直撃する。ドラグニルの肉体が若返りと老化を不規則に繰り返し、急激な肉体の変異に耐えかねてその場に激しく吐血した。


「ドラグニル! くっ、身体が……動かん……」


 レオンハルトの白銀の甲冑が重く軋む。彼の美しかった金髪には見る間に白いものが混ざり、肌は張りを失っていく。アルフォンスの影の魔力は霧散し、ユリウスは激しい目眩に襲われて膝を突いた。彼らの頭上の数字は、すでに一日に満たない「秒生者(セカンド)」の領域――【000:00:00:10:59】まで墜ちていた。残り時間は、わずか十一分にも満たない。


 ステラは息を荒くしながら、ピンセットを握りしめたまま自分の胸元を見つめた。そこには、黄金の砂がチクタクと静かに、しかし確実に時を刻む音が響いている。世界最強の四人の覇王の寿命計四千年間が、すべて彼女の華奢な肉体の中に収められてしまったのだ。


 赤い暴走の光が収まり、遺跡に静寂が戻る。しかし、それは死よりも恐ろしい静寂だった。


 死の淵に立たされた四人の覇王たちが、急速に衰えていく肉体を震わせながら、憎悪と殺意に満ちた目でステラを見つめていた。彼らは残された最後の魔力を振り絞り、這うようにしてステラを取り囲む。


「……返せ。さもなくば、お前をここで八つ裂きにする」


 アルフォンスの影の刃が、震えながらもステラの喉元へと突きつけられた。レオンハルトの剣先が、彼女の心臓を狙う。彼らは本能的に理解していた。目の前の無力な少女を殺せば、あるいはこの呪縛から逃れられるのではないかと――。四人の最強の男たちによる、生殺与奪の権を握られた屈辱と、死への焦燥が、冷たい刃となってステラに牙を剥いた。

HẾT CHƯƠNG

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