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初代皇帝の直筆、不当なる差し押さえを却下せよ

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凍てつく冬の朝、エルム村の空気は硝煙と焦げた干し草の臭いで満ちていた。前庭の雪は、先ほどレグスが叩き潰したヴァルター侯爵の私兵たちの足跡と、飛び散った黒鉄の甲冑の破片で無残に汚されている。武力による侵略が失敗したその直後、まるで待ち構えていたかのように、不気味に軋む馬車の車輪の音が響き渡った。


 現れたのは、ヴァルター侯爵の紋章が刻まれた漆黒の馬車。そして、そこから降り立ってきたのは、グランツ家の債権を買い取り、執拗に不当な返済を迫る強欲な金貸しゴブセック・ローゼン、そして、ヴァルターの親戚であり汚職を繰り返す悪徳地方役人のマイヤー・シュミットだった。彼らの背後には、帝国地方裁判所の公式な印章を掲げた「差し押さえ執行官」と、武装した兵士たち二十名が整然と隊列を組んでいた。


「グランツ領主代理、ユリア・グランツ! これ以上の不法な抵抗は無駄だ! 我々は帝国法に基づき、このグランツ伯爵邸、および領土すべての『即時差し押さえ令状』を執行しにやってきた!」


 ゴブセックが不気味に細長い手で、公文書をこれ見よがしに掲げ、歪んだ笑みを浮かべた。首にかけた奇妙なルーペが、冬の薄日にぎらりと光る。


「大人しくこの屋敷から退去しろ! さもなければ、お前たち全員を、国家への反逆者としてその場で処刑する! タイムリミットは三時間だ!」


 マイヤーが汚職に塗れた冷たい声を響かせ、執行官たちに門を突破するよう指示を出す。ヴァルター侯爵が仕組んだ、武力侵攻に続く「法的な最終兵器」の到来に、自警団の面々は恐怖で身を硬くした。


 病み上がりのユリアは、冷徹に銀縁の眼鏡を押し上げた。感覚の仮縫いの代償により、指先にはまだ微かな痺れが残り、凍てつく空気の冷たさすら遠く感じられる。だが、彼女の頭脳は極限まで冴え渡っていた。この程度の「法的な脅迫」など、元宮廷会計士の彼女にとっては、数式の書き損じを指摘するよりも容易な仕事に過ぎない。


「……三時間ですか。ずいぶんと非効率な時間設定ですね。そんな短い時間では、我が家の減価償却資産の目録を作成することすら不可能です」


 ユリアは一歩前に踏み出し、冷たい微笑を浮かべた。その手には、グランツ家の分厚い『魂の家計簿』が握られている。


「ふん、減らず口を! これは帝国裁判所の公式印が押された令状だ! お前たち没落貴族に、これを拒否する権利などない!」


 マイヤーが傲慢に書類を突きつける。ユリアは眼鏡のフレームを軽く叩き、魔力鑑定回路を起動させた。レンズの奥で、令状に施された魔法インクの波形が青く光る。かつてギルバートが持ってきた偽の借用書と同じ、聖教会の闇市場特有の、時間経過で変質する魔力波形がそこにはっきりと記録されていた。


「マイヤー様、そしてゴブセック様。まず、その令状の不整合について監査をさせていただきます」


 ユリアは事務的なトーンで淡々と告げた。


「その令状は、帝国東部地方裁判所の管轄において発行されたものですね。しかし、帝国民法第四十二条に基づき、グランツ家は建国期からの高位貴族であり、その財産に関するすべての訴訟および差し押さえの管轄は、王都の『中央高等裁判所』に専属します。地方裁判所には、我が家の屋敷を差し押さえる法的な権限は一ペニー分も存在しません。つまり、その書類はただの無価値な紙屑です」


「な、何だと……!?」


 マイヤーの顔が微かに引きつる。ユリアは追撃の手を緩めない。


「さらに、発行日が『三日前』となっていますが、地方裁判所の公式な登録印は『昨日』の日付で押されています。手続きの順序が逆です。これは、公文書作成における重大な手続き不備、あるいは……意図的な文書偽造を疑うに十分な証拠となります。帝国法に基づき、この手続きに関わった役人は即座に資格を剥奪され、重労働刑に処されることになりますが、よろしいですね?」


「くっ、屁理屈を! 管轄がどうあろうと、債務の不履行は事実だ!」


 ゴブセックが焦ったように前に出た。小銭を弄ぶ細い指が不自然に震えている。


「元金五百ゴールド! それに、過去数年分の利息を合わせて、現在の一括請求額は千ゴールドだ! この金を今すぐ支払えない限り、担保権の実行として屋敷の占有権は我々に移る!」


「利息の計算についてですが、ゴブセック様」


 ユリアは家計簿のページをめくり、冷たい視線で彼を射すくめた。


「あなたの提示した契約書には、月利二十パーセントの複利が設定されています。しかし、帝国利息制限法第十二条において、年利十パーセントを超える金利は法的に無効であり、それを超えて支払われた金額はすべて元金の返済に充当されると規定されています。私は、あなたの過去のすべての取引履歴を再計算しました。我が家がすでに支払った過払い金利を元金に充当した結果、現在の法的な残債務は、正確に『四百八十ゴールド』となります」


「な、何だと……!? そんな計算があるか!」


「数字は嘘をつきません、ゴブセック様。そして、その四百八十ゴールドですが……」


 ユリアが軽く手を挙げると、背後から老執事セバスが、ずっしりと重い皮袋を抱えて現れた。袋の口が開けられると、中からまばゆい黄金の光を放つ『グランツ金貨』が雪の上にこぼれ落ちた。


「こちらに、金貨五百枚がございます。隣領のバルトロ商会との新事業に伴う前払い金、およびバルドル様の魔力回復薬の売上から、法的な債務を全額一括で返済いたします。お受け取りください。なお、差額の二十ゴールドは、今回の門扉破損に対する修繕費用として相殺させていただきますので、お釣りは不要です」


「ば、馬鹿な……! 没落したグランツ家に、これほどの現金があるはずが……!」


 ゴブセックは、雪の上に転がる本物の金貨を前にして、言葉を失った。彼の強欲な瞳が、計算外の事態に激しく揺れ動く。


「ふん、金が払えたからとて、調子に乗るなよ!」


 マイヤーが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。彼は懐から、もう一枚の不気味な魔力を帯びた公文書を取り出した。それは『隣領との不法境界線変更令状』だった。


「ヴァルター侯爵閣下のご意志により、このグランツ邸が建つ土地の境界線は、昨日を以て隣領の公有地へと変更された! お前たちがどれほど金を払おうと、この屋敷はすでに不法占拠された障害物なのだ! 執行官たちよ、この魔女の家を物理的に取り壊せ!」


 マイヤーの命令に、武装した執行官の兵士たちが剣を抜き、前庭へと踏み込もうとした。レグスもバルドルも、先ほどの戦闘と雪山登山の疲労で体が動かない。ルークが姉を守ろうと、再び刃の潰れた短剣を握りしめた、その時――。


「そこまでにしなさい、マイヤー・シュミット」


 前庭の入り口から、凛とした、しかし極めて冷徹な若い男の声が響いた。そこには、帝国皇帝の直筆の紋章が刻まれた、白銀の馬車が静かに停車していた。馬車から降り立ってきたのは、一糸乱れぬ官僚服を纏った、鋭い知性を宿した瞳の青年――帝国特使、マクシミリアン・フォン・ヘッセンだった。


「と、特使閣下!? なぜこのような辺境に……!」


 マイヤーの顔から、一瞬にして血の気が引いた。マクシミリアンは中立の立場から帝国の税収と不法行為を調査する、皇帝の「目」そのものである。


「ユリア・グランツ殿より、地方役人による不法な領地接収、および公文書偽造の疑いがあるとの緊急監査要請を受け、立ち会いに参った。マイヤー、お前が掲げているその『境界変更書』を見せてもらおうか」


 マクシミリアンが冷たく手を差し伸べる。マイヤーは全身を小刻みに震わせながら、書類を渡さざるを得なかった。マクシミリアンがその書類を一瞥し、眉をひそめる。


「これは、地方総督の署名だけで、帝国貴族院の承認印がないな。不法な境界変更だ。マイヤー、お前は国家の法を私物化し、不当な略奪を行おうとしたな?」


「ち、違います! これは、ヴァルター侯爵閣下のご指示で……!」


「言い訳は不要だ。武装兵たちよ、直ちに武器を捨てて退きなさい」


 マクシミリアンが厳かに命じた。しかし、マイヤーは追い詰められた獣のような目をぎらつかせ、背後の執行官たちに叫んだ。


「黙れ! 特使とて、この辺境で事故に遭えばそれまでだ! やれ! 魔女も特使も、まとめて消し去れ!」


 狂乱したマイヤーの命令に、汚職兵士たちが、特使マクシミリアンに向けて剣を振り上げた。一触即発の危機。その瞬間、ユリアの背後から、静かな、しかし大気を物理的に押し潰すような圧倒的な威圧感が放たれた。


「……不遜な羽虫どもが。我が女主(ユリア)の戦場を、これ以上汚すな」


 白銀の髪を揺らし、蒼氷色の瞳を冷酷に光らせた男――主神オーディンが、ゆっくりと前に歩み出た。彼は神力を失っているはずだった。だが、彼の背後に、一瞬だけ天を覆うほどの巨大な白銀の主神の幻影が発現した。


 オーディンが放ったのは、魔法ではない。かつて天界の頂点に君臨していた者としての、純粋な『王の威圧(微弱)』だった。その魂の絶対的な格の差が、前庭の重力を物理的に変質させたかのように、重苦しく兵士たちの肩にのしかかる。


「ひっ……う、あ、身体が……!」


「息が、できない……!」


 剣を構えていた汚職兵士たちは、心臓を直接鋼鉄の手で掴まれたような凄まじい恐怖に襲われ、一人、また一人と、その場に崩れ落ちて膝を突いた。彼らの手から、剣が雪原へと音を立ててこぼれ落ちる。オーディンの一睨みだけで、二十名の武装兵が、戦う気力すら完璧に奪われて平伏したのだ。オーディンは、ユリアを背後から守るように立ち、不敵な笑みを浮かべた。


 ユリアは、オーディンの威圧に平然としたまま、セバスから受け取った古い、黄金の魔力を帯びたスクロールを、マクシミリアンの前に静かに差し出した。


「特使閣下。我がグランツ家が、この土地において絶対の主権を持つ証拠として、こちらを提示いたします」


 スクロールが開かれた瞬間、そこからまばゆい黄金の光が放たれ、前庭の雪を優しく溶かした。そこに記されていたのは、建国期の初代皇帝の直筆の署名、そして、グランツ家の伝説の先祖アスタロテ・グランツの名だった。中央に押された皇帝の黄金印が、偽造不可能な、帝国最上位の法魔力を放って美しく輝いている。


「これは……初代皇帝の直筆領地認定書……!」


 マクシミリアンは、その絶対的な法的魔力を前にして、信じられないものを見る目で目を見開いた。彼は即座に帽子を取り、その高潔な公文書に対して、深く、敬意を込めて平伏した。


「この文書が示す通り、グランツ領は初代皇帝より授与された『永久不可侵の直轄聖域』である。地方裁判所の差し押さえ令状も、総督の境界変更令も、この絶対の主権の前にはすべて無効だ」


 マクシミリアンが厳かに宣言し、冷酷な視線をマイヤーとゴブセックへと向けた。


「マイヤー・シュミット、およびゴブセック・ローゼン。お前たちを、公文書偽造、不法侵入、および帝国特使への反逆未遂の罪で、その場で逮捕する。連行しろ!」


 マクシミリアンの随行武官たちが、平伏した兵士たちを押しのけ、マイヤーとゴブセックの腕を強引に後ろ手に縛り上げた。マイヤーの顔からは完全に血の気が引き、雪よりも白くなっていた。彼は無様に絶叫しながら、前庭を引きずられていく。


「ば、馬鹿な……ヴァルター侯爵閣下がお救いしてくださる! おのれ、没落令嬢めぇぇ!」


 その様子を、オーディンは鼻で笑い、錆びた領主の鍵を指先で弄んだ。ユリアは、去りゆく汚職役人たちの背中を、眼鏡の奥の冷たい瞳で見送った。彼女の家計簿には、今回の勝利に伴う、莫大な「法的な賠償金(キャッシュ)」の獲得データが、黄金の文字で静かに記帳されようとしていた。グランツ領主府の、完全なる法的勝利の瞬間だった。

HẾT CHƯƠNG

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