Nhạc nềnRetroRoman_Koharu

義妹の温もりと刃

Audio truyện
Chưa có audio. Bấm để tự tạo audio cho tập này.

死線は、常に音もなく足元から這い上がってくる。


 天照山の裏手に広がる鬱蒼とした森の中、木の天蓋を渡る「空中移動」を敢行した榊夜叉丸の肉体は、すでに限界をとうに超えていた。冷気を肺の奥深くまで吸い込み、心拍を極限まで落とす『寒氷呼吸法』の代償は重い。凍りついた肺胞が悲鳴を上げ、喉の奥からせり上がったどす黒い血が、泥染めの黒衣の袖を濡らしていた。さらに、頭上の杉の枝から自分を見下ろしていた黒川長老の密偵「闇鴉の梟」の追跡を辛うじて振り切り、大山門の関所を迂回して門番小屋へと辿り着いたときには、東の空が白み始めていた。


「がはっ……、ふぅ、はぁ……!」


 夜叉丸は門番小屋の狭い板間に倒れ込み、激しく喀血した。床に落ちる血を咄嗟にボロ布で拭い取り、荒い呼吸を整えようとする。だが、右足の激痛がそれを許さない。毒島竜二の身体検査を欺くために自ら鉄棒で叩き砕いた右足の骨は、化膿と内出血によって異様に腫れ上がり、泥染めの包帯の下で脈打つように熱を持っていた。お蘭から仕入れた『寒氷草』の麻痺効果は完全に切れ、いまや一本の巨大な錆びた釘を骨の髄まで打ち込まれたかのような凄絶な痛みが、神経をズタズタに引き裂いていた。


(早く……黒衣を隠さねば……)


 夜叉丸は震える手で般若面を外し、血と泥に汚れた忍び装束を脱ぎ捨てようとした。床板の一箇所にある隠し空洞へそれらを押し込もうとした、その瞬間だった。彼の『天照心経・静地』が、大山門の砂利道を踏みしめる、あまりにも聞き慣れた、そして最もこの場に迎えてはならない足音を捉えた。


 ――トトト、と、軽やかで、しかしどこか遠慮がちな足音。


(琴音……!? なぜ、こんな早朝に……!)


 義妹の白石琴音だ。彼女は毎朝、夜叉丸のために薬草を煎じて届けてくれるが、今日に限って訪れが早すぎる。足音はすでに門番小屋のすぐ外まで迫っている。床板を開けて黒衣を隠す時間はない。もしここで、血塗られた忍び装束と般若面を見られれば、彼女をこの血生臭い復讐劇の渦中に引きずり込むことになる。それだけは、絶対に避けねばならなかった。


 夜叉丸は極限の焦燥の中、狂気とも言える決断を下した。脱ぎ捨てたばかりの泥染めの黒衣を素早く丸め、自らの右足、腫れ上がった患部の上へと押し当てた。そして、その上から「鉄添え木」をあてがい、泥染めの包帯を力任せに巻き付けたのだ。


「うっ、ぐあああああっ……!」


 声にならない悲鳴が喉の奥で弾けた。化膿し、裂けた皮膚に、泥と血がこびりついた粗末な黒衣が容赦なく擦れ合う。変形した骨が内側から肉を突き破るかのような激痛が走り、夜叉丸の視界が真っ白に染まった。全身から脂汗が噴き出し、歯の根がガタガタと震える。だが、彼はその激痛を強引に脳の奥底へ押し込み、錆びた薪割り刀を傍らに引き寄せ、ボロ布団を被って横たわった。


 その直後、小屋の粗末な木扉が静かに開いた。


「お兄様、お目覚めですか? 少し早いですが、よね婆さんから温かい汁物を分けていただいたので、持ってまいりました」


 差し込んできた薄明かりの中に佇んでいたのは、色褪せた桃色の小袖を纏った琴音だった。彼女の両手には、湯気を立てる素朴な木椀が握られている。厨房の残り物の骨や薬草を数日間煮込んで作られた『よね婆さんの特製薬膳スープ』だ。その独特の滋味深い香りが、狭い小屋の中にふわりと広がった。


「おや……、お兄様、また熱が酷いのですか? こんなに汗をかかれて……」


 琴音は夜叉丸の青白い顔と、額に浮かんだ尋常ではない量の脂汗を見て、息を呑んで駆け寄った。彼女は木椀を床に置くと、懐から取り出した手拭いで、優しく夜叉丸の額を拭った。その手は少し荒れていたが、驚くほど温かかった。


「すまない、琴音……。少し、足の疼きが酷くてな。心配をかけた」


 夜叉丸は、いつもの「卑屈で無力な門番」の声を絞り出した。掠れた声は、演技ではなく本物の衰弱によるものだった。琴音の澄んだ瞳が、心配そうに自分を見つめている。その瞳を見るたびに、夜叉丸の胸は鋭い罪悪感で満たされた。


(この手は昨夜、人を殺めた。お前を騙し、お前を危険に晒しながら、俺は復讐の泥を這っている……)


 先代宗主・榊宗山から叩き込まれた『活人剣の教え』が、夜叉丸の脳裏に蘇る。――剣は人を殺す道具にあらず、弱き者を活かす盾なり。だが、いまの自分は闇に潜み、音を喰らう殺人鬼に過ぎない。この純真な妹弟子に自らの血塗られた正体が知られれば、その瞬間に彼女の日常は崩壊する。だからこそ、騙し通さねばならない。それが彼にできる、唯一の「盾」だった。


「よね婆さんがね、お兄様の足にはこのスープが一番効くって、夜明け前から火を絶やさずに煮込んでくれたんですよ。さあ、温かいうちに召し上がってください」


 琴音は微笑み、木匙でスープを掬って夜叉丸の唇へと運んだ。口に含んだ瞬間、濃厚な獣骨の旨味と薬草の微かな苦味が広がり、寒氷呼吸法で凍りつきかけていた五臓六腑が、じんわりと温められていくのが分かった。体内の冷気が中和され、肺の痛みが僅かに和らぐ。よね婆さんの無言の優しさが、夜叉丸の荒んだ心を静かに救うようだった。


 琴音は夜叉丸がスープを飲む姿を嬉しそうに見つめながら、何気ない仕草で自らの髪を整えた。その黒髪に挿されているのは、色褪せた、しかし精巧な彫刻が施された古い簪(かんざし)だった。それは彼女の実母の形見であり、夜叉丸だけがその真の価値を知っていた。その簪の内部には、天照宗の正統なる創始者一族にのみ受け継がれる極秘の鍵と、失われた内功の口伝が秘められている。彼女自身はその事実にまだ気づいていないが、この簪こそが、将来の門派再建における最大の「光」となるはずだった。


「お兄様、足の包帯、少しきつそうですね。よね婆さんから新しい泥湿布も預かっているので、巻き直して差し上げます」


 琴音がそう言って、夜叉丸の右足へと手を伸ばした。その瞬間、夜叉丸の全身の毛穴が恐怖で逆立った。


(しまっ――!)


 右足の包帯の下には、血と泥にまみれた黒衣が無理やり詰め込まれている。もし彼女が包帯を解けば、その血生臭い現実がすべて露呈する。さらに、そのとき、夜叉丸の『天照心経・静地』が、大山門の砂利道を踏みしめる「もう一つの足音」を感知した。


 ―― slither, drag. ズル、ズル、と、泥濘を這う蛇のような、不気味で粘り気のある足音。


 斑蛇の巳之助だ。あの狡猾な密偵が、複数の気配を引き連れてこの小屋へと近づいている。距離はすでに十歩もない。しかも、夜叉丸の鼻腔には、スープの香りの奥から、自らの右足から染み出し始めた「鉄錆のような血の匂い」が微かに届いていた。右脚に巻いた黒衣の血が、体温で温められて滲み出しているのだ。嗅覚の鋭い巳之助が室内に入れば、この血の匂いを一瞬で見破るだろう。


(防がねば……琴音の手を、そして奴の鼻を!)


 夜叉丸は咄嗟に、わざと激しく咳き込む演技をした。


「ごほっ、ごほっ……! あ、熱い……!」


 彼はわざとらしく身体を震わせ、琴音が持っていた木椀を、不自由な左手で「不器用」に叩き落とした。ガシャリと音を立てて木椀が床に転がり、中の熱い薬膳スープが、夜叉丸の右足の包帯と、床の泥の上に勢いよくぶちまけられた。


「きゃっ……!」


 琴音が驚いて声を上げた。床の上に広がったスープからは、薬草の強烈な、ツンと鼻を突くような独特の芳香が立ち上り、一瞬にして小屋の中を満たした。これで、滲み出していた血の匂いは完全に掻き消された。


「あ、ごめんなさい、お兄様! 私が無理に飲ませようとしたから……! 今、拭きますね!」


 琴音は慌てて床に膝をつき、溢れたスープを拭き取ろうと、再び夜叉丸の右足の包帯へと手を伸ばした。その手元は、黒衣が詰め込まれて異様に膨らんだ患部へと、まさに触れようとしていた。


 その瞬間、小屋の粗末な扉が、乱暴な力によって蹴り開けられた。


 バァン! と激しい音が響き、冷たい夜気が室内に流れ込む。琴音は小さく悲鳴を上げて身を縮め、夜叉丸は布団の中で目を泳がせ、恐怖に震える門番の表情を瞬時に作った。


 開かれた扉の前に立っていたのは、薄汚れた着物をだらしなく羽織り、腰に石膏の袋と拡大鏡を下げた小柄な男――斑蛇の巳之助だった。その蛇のように細い瞳が、スープの煙が立ち込める室内の様子を、冷酷な観察眼でゆっくりと見回した。


「おや……、失礼するよ、門番の旦那。朝早くから、ずいぶんと仲睦まじいことだ」


 巳之助は不気味な薄笑いを浮かべ、泥だらけの足で室内に一歩を踏み出した。その手には、微細な痕跡を逃さないための拡大鏡が、怪しく握られていた。

HẾT CHƯƠNG

Chưa có bình luận nào. Hãy là người đầu tiên!