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砕かれた骨、閉ざされた声

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夜明けの冷気が、天照宗外門練武場の湿った砂利を白く染めていた。昨夜の大嵐が残した泥の匂いと、大気に漂う濡れた鉄の臭いが、集められた下男たちの鼻腔を容赦なく突く。誰もが肩を震わせ、うつむいていた。その中で、榊夜叉丸は泥濘の中に両膝をつき、ただの「無能な門番」として這いつくばっていた。


 砂利が膝の皮膚を破り、じわじわと冷たい痛みが伝わってくる。だが、今の夜叉丸にとって、その程度の痛みは蚊に刺されたようなものに過ぎなかった。彼の右足のふくらはぎの奥――分厚い泥染めの包帯の下には、昨夜のうちに自ら塗り込んだ禁忌の毒『骨砕き粉』が浸透し、骨髄を内側から腐食させて泥のように脆くしていた。さらに、主要な経絡には痛覚を物理的に遮断するための数本の銀針が、肉の深奥へと深く突き刺さっている。


 一歩間違えれば、右足の完全な壊死、あるいは即死をもたらす自傷行為。それが、夜叉丸がこの場を生き延びるために自らに課した「盾」だった。


「お前が、あの有名な『跛行の門番』か」


 頭上から、鉄が擦れ合うような冷徹な声が降ってきた。新宗主・柳生宗玄の直属の側近であり、冷酷無比な執行官として恐れられる男――毒島竜二。顔の半分を覆う不気味な鉄の仮面の奥から、凍りつくような眼光が夜叉丸を見下ろしている。その右手には、鈍い黒光りを放つ特製の鉄警棒が握られていた。ただの鉄塊ではない。相手の体内に直接衝撃を浸透させ、骨を内側から粉砕する「砕骨勁」を媒介するための凶器だ。


「ひ、ひぃぃ……! 毒島様、お許しください! 私はただの、足の不自由な門番です! 昨夜は一晩中、足の激痛で小屋から一歩も動けなかったのです!」


 夜叉丸は泥まみれの顔を涙と鼻水で汚し、全身を無様に震わせながら命乞いをした。額を砂利に何度も擦りつけ、ただの「怯えた犬」を完璧に演じる。練武場の端では、義妹の白石琴音が血の気の失せた顔で、細い指を血が滲むほど固く握りしめて兄を見守っていた。彼女の目には、絶望的な恐怖の涙がたまっている。彼女をこの血生臭い復讐の連鎖に巻き込むわけにはいかない。そのためなら、自分の肉体がどうなろうと構わなかった。


 毒島は夜叉丸の言葉を一切信じていないようだった。鉄の仮面の奥の瞳が、夜叉丸の右足の包帯へと向けられる。包帯は『骨砕き粉』と、よね婆さんの特製薬膳スープの薬草の匂いが混ざり合い、異様な悪臭を放っていた。だが、毒島が探しているのは、そんな表面的な傷ではない。達人がどれほど無能を装おうとも、打撃を受けた瞬間に生じる肉体の無意識の防御反応――筋肉の微細な緊張や、経絡を流れる「気」の反射だ。


「本当に動かん足なら、もう一度叩き折っても悲鳴は上がらんな?」


 毒島が冷酷に言い放った瞬間、重い鉄警棒が、大気を引き裂くような風圧を伴って振り下ろされた。


 狙いは、夜叉丸の右膝の皿だ。


 激突のコンマ一秒前、夜叉丸は脳内のすべての雑念を消し去った。発動するのは、内功の極限状態――『経絡逆流・痛覚遮断』。


 ――ズ、ン!


 鈍く、重い破壊音が練武場に響き渡った。鉄警棒が夜叉丸の右膝を直撃した瞬間、砕骨勁の凄まじい衝撃波が皮膚を突き破り、骨髄へと浸透した。事前に『骨砕き粉』によって脆くなっていた右膝の骨が、物理的に木端微塵に再粉砕される。骨が砕け、関節が異様な角度へと歪んでいく感覚が、銀針による麻痺の奥深くでかすかに伝わってきた。


 だが、真の死闘はここからだった。


 衝撃が伝わった瞬間、人間の肉体は自己防衛のために、無意識に筋肉を収縮させ、経絡の気を患部へと集中させようとする。それこそが、毒島が狙っている「達人の証拠」だった。毒島は打撃の瞬間、鉄警棒を通じて夜叉丸の経絡の微細な収縮を感知しようと、全神経を集中させていた。


(逆流せよ――!)


 夜叉丸は「天照心経・静地」の内功を極限まで暴走させ、体内の気の流れを完全に逆転させた。患部へ向かおうとする「気」を強引に引き剥がし、残された左足を通じて大山門の泥だらけの大地へとすべて逃がす。神経の伝達経路を自らの内功で物理的にねじ切り、肉体反射(膝蓋腱反射)すらも強制的に消去した。


 彼の右足は、ただの「死んだ肉の塊」となった。気の防御壁もなく、衝撃は一切の緩和なしに夜叉丸の肉体を直接破壊していった。


「が、はっ……!」


 痛覚は遮断されていた。しかし、砕骨勁の余波は内臓を激しく震わせ、夜叉丸の喉元まで黒い血を突き上げた。彼はそれを堪えず、わざと泥の中に激しく吐き散らした。どす黒い血が、白い砂利の上に不気味な斑点を作る。


「う、うあああああっ! 足が、俺の足がぁぁぁ!」


 夜叉丸は泥の中に倒れ込み、狂ったようにのたうち回った。その悲鳴は、演技を超えた本物の肉体の悲鳴だった。骨が再骨折し、関節が完全に崩壊した右足を引きずりながら、砂利の上に血の跡を引いて這いずり回る。


 毒島は眉一つ動かさず、倒れ込んだ夜叉丸の右膝に、容赦なく自らの重いブーツを乗せた。そして、全体重をかけて、砕けた骨同士を泥の中でぐりぐりと踏みにじった。


 ――ゴキ、ゴキリ、と、耳を塞ぎたくなるような不気味な骨の軋み音が、静まり返った練武場に響く。


 夜叉丸の顔は脂汗で完全に濡れ、目は白目を剥きかけていた。だが、どれほど踏みつけられようとも、彼の右足の筋肉は一切の緊張を示さず、経絡の気も完全に死に絶えたままだった。ただの、本物の、救いようのない障害者の肉体。それが、毒島の足元にある真実だった。


「ふん……。完全に経絡が死に絶えているな。気の反射すら起こらん。ただの錆びた鉄くずか」


 毒島は冷笑を浮かべ、夜叉丸の足からゆっくりとブーツを引いた。鉄警棒を腰に収め、鉄の仮面の奥から、泥まみれで這いつくばる夜叉丸を一瞥する。


「時間の無駄だったな。巳之助、この男は容疑リストから外せ。こんな本物の廃人に、暴山様を倒せるはずがない」


 その言葉を聞いた瞬間、練武場の端で固まっていた下男たちや、琴音の胸に安堵の吐息が漏れた。毒島は踵を返し、衛兵たちを引き連れて練武場から立ち去っていく。その背中を見送りながら、夜叉丸は泥の中に顔を伏せたまま、激しい喀血を繰り返した。口の中から溢れ出る血が、泥水を赤く染めていく。


 最大の危機は去った。自らの右足を完全に破壊することで、毒島の疑念を完璧に欺いたのだ。だが、夜叉丸の意識は、極限の肉体破壊の代償により、急速に暗黒の深淵へと沈みかけていた。


(これで……いい……。琴音は、守られた……)


 薄れゆく意識の中で、夜叉丸は静かに目を閉じようとした。しかし、その瞬間、彼の研ぎ澄まされた「地耳」が、風に揺れる竹林の葉擦れの音の奥から、不自然な音を捉えた。


 ――ス、ス、と、濡れた砂利を這うような、極めて微細で執念深い呼吸音。


 それは、毒島と共に立ち去ったはずの斑蛇の巳之助の呼吸だった。奴は完全に去ってはいなかった。練武場の物陰、古い木の柱の影に身を潜め、拡大鏡を握りしめたまま、泥の中で気絶しかけている夜叉丸の「呼吸の微細な乱れ」を、蛇のような細い目で見つめ続けていたのだ。


 夜叉丸の背中に、冷たい戦慄が走った。意識を失うことは許されない。この「猟犬」の目が光っている限り、一瞬の油断も、二重生活の綻びも許されなかった。

HẾT CHƯƠNG

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