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火の海の仁王立ち

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炎の矢が夜空を染め、古い木造の梁に突き刺さるたびに、乾燥した木材が爆ぜる不気味な音が響き渡る。辺境の乾いた風に煽られ、鉄骨鏢局の孤境支部は一瞬にして猛烈な劫火の檻へと変貌しつつあった。立ち込める黒煙が視界を奪い、熱気が皮膚を焼き焦がす。


「小空、俺の背中から離れるな!」


鉄猛は、背中に太い鉄鎖で固定した「天啓の鉄匣」の重みを感じながら、背後に縮こまる六歳の幼子、小空を引き寄せた。小空は恐怖に目を見開き、鉄猛から渡された木彫りの小刀を小さな両手で壊れんばかりに握りしめている。その小さな身体の震えが、鉄猛の背中を通じて直に伝わってきた。かつて病床で死にゆく息子の手を握りしめた時の、あの無力感と悔恨が脳裏をよぎる。だが、鉄猛はそれを強引に振り払った。今度こそ、守り抜くと己に誓ったのだ。


「頑石! 阿飛! 敵の狙いはこの匣と小空だ。まともに相手をしておっては命がいくつあっても足りん。裏の地蛇道を開けろ!」


「合点承知!」


炎の壁の向こうから、地鳴りのような太い声が応じた。鉄骨鏢局の副頭領であり、長年の相棒である頑石が、無数の傷が刻まれた巨大な「玄鉄の大盾」を掲げて前方に躍り出た。その頑強な身体は盾の陰に完全に隠れ、押し寄せる火の粉や崩落する梁の破片を弾き飛ばす。しかし、鉄猛の鋭い眼光は、頑石の足取りが普段よりも僅かに重いことを見逃さなかった。長年の無理が祟り、その肉体が不治の病に侵されていることを、頑石は未だ鉄猛に隠し通そうとしていた。


「お、お師匠様! 敵が、正面の門を……!」


若い鏢師であり、鉄猛の唯一の愛弟子である阿飛が、青鋼の短剣を構えながら悲鳴に近い声を上げた。その顔は恐怖と煙で煤まみれになり、呼吸は乱れている。実戦経験の乏しい若者にとって、この地獄絵図はあまりにも過酷だった。


ズガァァァン!


凄まじい破壊音と共に、鏢局の頑丈な正面門柱が粉々に打ち砕かれた。炎と煙を割って姿を現したのは、人間とは思えぬ巨体を持つ男――黒風山寨の頭領、大山魁だった。その手には、大人の頭部ほどもある巨大な鉄製の戦槌「砕骨大槌」が握られており、燃え盛る炎を浴びて不気味な黒光りを放っている。


「がははは! 鉄猛、大人しくそのガキと黒い箱を渡せば、老いぼれの命だけは助けてやるぞ!」


大山魁の咆哮が、燃える建物の爆音すら圧して響き渡る。その背後からは、松明と刃を掲げた無数の山賊たちが、飢えた狼のように雪崩れ込んできた。


「鏢箱は依頼主の許可なく開けてはならない。それが鏢客の絶対の掟だ。山賊風情に渡すものなど、この大刀の錆以外にはない!」


鉄猛は右手で九環大刀を固く握りしめた。左肩の古傷が、夜気の冷え込みと極限の緊張によって、ずきずきと焼けるような激痛を訴えている。両手で刀を構える余裕はない。右手一本で、この重厚な大刀を操らねばならなかった。


「ほざけ、死に損ないが!」


大山魁が地を蹴り、巨体に似合わぬ速度で突進してきた。頭上で猛然と旋回を始めた砕骨大槌が、風を切り裂き、標的である鉄猛の脳天へと振り下ろされる。まともに受ければ、武器ごと肉体を粉砕される破壊力だ。


(避ければ、背後の小空が死ぬ……!)


鉄猛は一歩も引かなかった。彼は重心を極限まで下げ、足元を大岩のように固定する「千斤墜」を発動すると同時に、体内の内力を特定の筋肉に集中させて皮膚を一時的に鉄板化する「鉄骨功」を全身に巡らせた。皮膚が鈍い黒鉄色に変色する。


ギィィィン!


大槌と九環大刀が正面から激突し、火花が夜闇を照らした。金属と金属がぶつかり合う凄まじい衝撃波が周囲の砂埃と火の粉を吹き飛ばす。鉄骨功の防御力により大槌の物理的な直撃は防いだものの、その超人的な剛力の衝撃は、鉄猛の骨と内臓へと直接伝わった。


「ぐうっ……!」


喉の奥に熱い血が込み上げる。経絡が激しく軋み、左肩の古傷から「ミシッ」と不穏な音が響いた。しかし、鉄猛は歯を食いしばり、大刀の刃を滑らせて大槌の軌道を強引に横へと受け流した。大槌は空を切り、床の木板へと叩きつけられる。


「大山大槌撃――!」


大山魁が咆哮し、叩きつけられた槌から強烈な内力の衝撃波が床を伝って炸裂した。バリバリと音を立てて木床が破壊され、鉄猛たちの足場が崩れ去る。周囲の崩落が加速し、燃え盛る梁が次々と落下してきた。


「阿飛! 小空を連れて地蛇道へ走れ! 頑石、側面を固めろ!」


鉄猛は大刀の鉄環を「シャン、シャン!」と激しく鳴らし、その金属音で周囲の山賊たちの精神を威圧しながら、右手一本で「一刀両断」の剛烈な一撃を放った。半透明の刀気が前方の山賊数人を武器ごと両断し、大山魁を一歩後退させる。


その隙に、頑石が「金剛不壊盾術」を放ち、阿飛と小空を狙って放たれた無数の火矢を巨大な盾で完璧に防ぎ止めた。阿飛は小空の小さな手を引き、不規則な軌道を描く「蛇行歩」で山賊の死角を突こうとしたが、黒風山寨の副頭領、独眼竜の卑劣な不意打ちに阻まれ、前進を止められる。


「お師匠様! 敵の包囲が強すぎて、地蛇道の扉にたどり着けません!」


阿飛の焦りと絶望の声が響く。周囲は完全に火の海となり、天井の巨大な梁が今にも崩落しようとしていた。これ以上の戦闘を続ければ、敵に殺される前に全員が火災による窒息か生き埋めによって全滅することは明白だった。


その時、鉄猛の名字を授かった忠実な若い護衛、鉄三が前に出た。


「頭領! ここは俺が引き受けます! 小空様を、掟を……生きて届けてください!」


「鉄三、待て! 戻れ!」


鉄猛の制止の声も届かず、鉄三は我流の鉄骨功を全身に巡らせ、手にした刀を構えて山賊の群れへと正面から突っ込んでいった。多勢に無勢の槍衾が鉄三の肉体を容赦なく貫くが、彼はその痛みを無視し、自らの肉体を盾にして山賊たちの動きを強引に縫い止めた。


「阿飛! 走れぇぇ!」


鉄三の血を吐きながらの絶叫が、炎の中に響き渡る。その尊い犠牲が作った一瞬の隙を突いて、頑石が大盾で独眼竜を弾き飛ばし、阿飛は小空を抱きかかえて床に隠された地蛇道の重い石扉へと滑り込んだ。


上空から、完全に燃え尽きた巨大な天井の梁が、轟音と共に鉄猛たちの頭上へと落下してくる。物理的な崩壊の恐怖が、視界を赤く染め上げた。


鉄三は無数の刃をその身に受けながらも、仁王立ちのまま崩れ落ちる天井の梁をその背中で受け止め、鉄猛たちを逃がすための空間を必死に維持していた。彼の皮膚は焼け焦げ、骨が砕ける音が響く。


「頭領……生きて……!」


鉄三は最期の力を振り絞り、鉄猛と小空を地蛇道の入り口へと押し込むと、自らの遺体と大盾を使って地下道の重い石扉を外側から完全に閉ざした。ガガガ……と重い音が響き、鉄猛たちの視界から紅蓮の炎と、仁王立ちのまま息絶えた鉄三の姿が遮断された。

HẾT CHƯƠNG

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