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不敗のチェックメイト

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天魔山の中庭にそびえ立つ「試突の舞台」は、切り立った黒い巨岩を削り出して作られた巨大な円形舞台である。四方を囲む数千の鉄血魔兵たちの視線が、舞台の中央へと注がれていた。張り詰めた沈黙。風が冷たく吹き抜け、黒金天魔殿の禍々しい旗をはためかせる。


「覇王様、御体の調子が優れぬという噂、この羅刹、どうしても信じられませぬ。ゆえに、この場で我が内力を以て、直接その健勝をお確かめしたく存ずる!」


赤黒い重鎧をまとった巨漢――右護法・羅刹が、地を震わせるような足音とともに演壇へと登ってきた。その手には、斬った相手の血を吸って赤く輝くという、純度百パーセントの黒鉄で鍛え上げられた巨大な戦斧「血河」が握られている。猛獣のような双眸が、鉄仮面の奥にある玲央の瞳を執拗に値踏みしていた。


舞台の最上段、高座に腰掛ける他の三大護法たち――左護法・修羅、前護法・夜叉鴉、後護法・地獄極楽もまた、冷酷な笑みを浮かべてこの対決を凝視している。誰もが覇王の「死」あるいは「致命的な衰退」を疑っており、羅刹という最も狂暴な刃を使ってその正体を暴こうとしていた。


玲央は、重厚な「覇王の黒金外套」に身を包み、泰然自若として舞台の中央に立っていた。外套の内骨格が彼の病弱で細い身体を物理的に支え、一見すると天下無双の覇王そのものの体躯を形作っている。だが、仮面の内側では、玲央の呼吸は極限まで浅くなっていた。


(喉が、焼けるように熱い……)


声を偽装する劇薬『変声丹』の毒性が、玲央の喉を内側から破壊し、喘息の発作が今にも爆発しそうだった。玲央は「不動心」の瞑想を稼働させ、肺の痙攣と心臓の激しい鼓動を力ずくで押さえ込んだ。ここで一拍でも呼吸を乱せば、一流達人たちの「気色観察」によって凡夫であることを見破られる。


舞台の袖では、妹の美奈が看守の目を盗み、老医師・神谷玄庵から受け取った特殊な送風機を操作していた。送風機から放たれた無色無臭の香木『天香』の微粒子が、風に乗って舞台の中央へと送り込まれる。天香を吸い込んだ周囲の魔兵たち、そして護法たちの脳に、「底知れない強大な内力のプレッシャー」という完璧な錯覚が植え付けられていく。羅刹の足が一瞬、その見えない重圧に怯むように止まった。


だが、羅刹はすぐに獰猛な笑みを取り戻した。


「天魔殿の古き掟に基づき、覇王様に『試突(しとつ)』を要求いたします! 我が内力をその経絡に流し込み、健在なる覇気をお見せくだされ!」


試突。手首の脈門を掴まれ、内力を直接流し込まれれば、玲央の経絡が完全に閉塞していること――内力を一滴も持たないただの凡夫であることが一瞬で露見する。それは、風間一族全員の即時処刑を意味していた。


「――余の身体に触れることが、何を意味するか忘れたか、羅刹」


玲央は鉄仮面の振動板に声を共鳴させ、地鳴りのような重低音を響かせた。冷酷極まりない、生前の夜叉そのものの声。天魔殿の最古の掟「覇王の体に触れる者は一族皆殺し」という絶対のルールを盾にした、無言の威嚇。一瞬、周囲の魔兵たちが恐怖に震え、剛田率いる鉄血魔兵の矛が羅刹に向けられた。しかし、羅刹はそれを鼻で笑った。


「これは不敬にあらず、忠誠の証にございます! もし覇王様が我が試突を受け入れられぬのなら、それこそが『弱体化』の証明!」


羅刹が「血海魔功」を展開した。彼の全身から、血の匂いを伴う赤いオーラが濁流のように立ち上り、周囲の石床が熱気で微かに爆発する。超一流の達人が放つ、絶対的な暴力の気配。羅刹は玲央の手首を強引に掴み取るべく、巨大な戦斧「血河」を大きく振りかざし、弾丸のような速度で突撃してきた。


(来る――!)


玲央の視界の中で、時間が極端に引き伸ばされた。脳細胞が極限まで稼働し、『絶対予測』の数式が網膜の上に展開される。羅刹の右肩の筋肉の収縮、重心の極端な前傾、そして戦斧を握る指先の微動。すべてが一秒後の軌道を「青い光の線」として完璧に描き出していた。


(軌道は、右斜め上からの袈裟斬り。狙いは僕の右腕の脈門。速度は超一流。避ける動作が大きすぎれば、その瞬間に凡夫の身のこなしだと見抜かれる。避けるべき隙間は、わずか数センチメートル)


玲央は不動の姿勢を崩さず、ただ上半身を左にわずか二センチメートルだけ、静かに傾けた。


*ヒュッ――!*


空気を切り裂く戦斧の刃先が、玲央の鉄仮面の鼻先数ミリメートルをかすめて通過した。羅刹の目に、一瞬の驚愕が走る。一歩も動かずに自身の最速の一撃を避けた「覇王」の神技。だが、羅刹は即座に手首を返し、大剣の柄で玲央の手首を直接掴みにかかろうとした。


その刹那、玲央は外套の裾に隠した右足で、舞台の石床に埋め込まれた真鍮の隠しスイッチを、無音で踏み抜いた。


*カチリ*――。


舞台の下で、百地三太夫が敷設した「超強力吸着磁石」の鉛の遮蔽板が、物理的にスライドして開放された。大地の底に眠る天然の磁鉄鉱の、狂気的なまでの磁力が一瞬にして地上へと解き放たれる。


*ガツンッ!!!*


凄まじい金属衝突音が、試突の舞台全体を物理的に震わせた。羅刹が両手で握っていた純度百パーセントの黒鉄の戦斧「血河」が、目に見えない巨大な引力によって、猛烈な速度で石床へと叩きつけられたのだ。磁力は羅刹の腕力を遥かに凌駕していた。戦斧は石床に完全に張り付き、一ミリメートルたりとも動かなくなった。


「な……何ごとだっ!?」


羅刹は自身の内力の慣性と、戦斧が突然地面に固定された衝撃により、完全に体勢を崩した。彼の巨体は前方に激しくのめり込み、玲央の足元に向けて、無様にスライディングするように転倒した。石床に顔面を強打し、赤黒い重鎧が不格好な金属音を立てて火花を散らす。


その瞬間、玲央の全身にも激しい激痛が走った。彼の被っている「覇王の鉄仮面」もまた、特殊な金属で作られていた。舞台の下から湧き上がる強烈な磁力が、玲央の顔面の仮面を大地の底に向けて猛烈に引っ張り始めたのだ。仮面が顔の皮膚に食い込み、首の骨が悲鳴を上げる。一瞬でも首を曲げれば、仮面ごと地面に叩きつけられ、素顔と武功ゼロの正体が露見する。


(耐えろ……! ここで首を曲げれば、すべてが死に帰す!)


玲央は歯を食いしばり、内力を持たない首の筋肉を極限まで硬化させ、磁力の引き込みに力ずくで抵抗した。鉄仮面の内側で、激しい鼻血が溢れ出し、口元が鮮血で染まる。だが、玲央は「不動心」のポーカーフェイスを維持し、一歩も動かず、首一つ動かさずに、足元で這いつくばる羅刹を見下ろし続けた。


周囲の数千の魔兵たち、そして三大護法たちの目には、覇王が指一本動かさず、ただ一瞥しただけで、超一流の羅刹の武器を地面に縫い付け、彼を無様に転倒させたように見えていた。


「ば、馬鹿な……! 我が『血河』が、地面から抜けん……! これは、いかなる魔功だ……!?」


羅刹は死に物狂いで戦斧の柄を引っ張るが、百地の磁力罠は象をも引きずる強度を持っていた。戦斧はまるで大地そのものと一体化したかのように、微動だにしない。羅刹の猛獣のような瞳に、初めて本物の「恐怖」が宿った。彼にとって、理解できない力こそが最大の悪夢だった。


玲央はゆっくりと腰を落とし、這いつくばる羅刹の耳元に向けて、顔を近づけた。鉄仮面の奥から、変声丹によって増幅された不気味な重低音が、羅刹の鼓膜だけに直接吹き込まれる。


「羅刹よ。お前が霧隠の宿場町に隠した五万両の金塊、そして密かに養う五百の私兵……すべて余の『天魔機密簿』に記されている」


羅刹の身体が、物理的に跳ね上がるように硬直した。自身の最も深い裏切りの証拠を、覇王がすべて把握していたという事実。玲央は冷酷な笑みを仮面の下で浮かべ、さらに囁きを続けた。


「そして、お前の不敬な突撃の瞬間、お前の心臓にはすでに、天魔の呪印『黒天散(こくてんさん)』が打ち込まれた。余に逆らう鼓動を刻むたび、お前の五臓六腑は内側から溶け去るであろう」


「ひっ……あ、ああ……!」


羅刹は、恐怖のあまり喉から引き裂かれたような悲鳴を上げた。玲央が放ったのはただの言葉(ハッタリ)であり、黒天散など打ち込んでいない。だが、羅刹の脳は、覇王の「理解不能な神術(磁力)」と「自身の秘密の完全看破」によって、その嘘を100%の真実として受け入れてしまった。彼の心臓が恐怖で激しく鼓動するたび、微弱な胸の痛みが「呪いの発症」であると脳内で錯覚していく。


「覇王様……! 我が不敬、お許しくだされ! この羅刹、二度と覇王様に牙を剥くことはございませぬ!」


羅刹は戦斧を捨て、中庭の石床に何度も頭を叩きつけ、血を流しながら平伏した。数千の魔兵たちが、その圧倒的な覇王の威厳に、一斉にその場に膝を突き、嵐のような勝鬨を上げ始めた。


玲央は一歩も動かず、冷酷な目で彼らを見下ろしていた。仮面の内側で、再び熱い血が喉元までせり上がってくるのを感じながら。

HẾT CHƯƠNG

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