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夜会の決闘、車椅子の毒蛇

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グレイロード城の大広間は、退廃的な美しさと、肌を刺すような緊張感に包まれていた。天井から吊り下げられた無数の水晶シャンデリアが、揺らめく蝋燭の光を反射し、真紅の絨毯の上に不気味な影を落としている。歓迎夜会の会場には、上質な葡萄酒の香りと、魔族たちが放つ微かな血の匂いが混ざり合っていた。


アレン・グレイロードは、背もたれの高い魔導車椅子に深く身を沈め、静かにグラスを見つめていた。午前中の皇女ファラとの過酷な円卓交渉による代償は、彼の肉体に重い爪痕を残している。脳細胞の過熱により、アレンの右目の視力は未だほとんど失われたままであり、視界の右半分は暗い霧に覆われていた。だが、彼はその致命的な弱点を完璧に隠し、氷のように冷徹な微笑を崩さずに車椅子に座っていた。


彼の背後には、寡黙なメイドであり、今や絶対の忠誠を誓った「影」であるカレンが静かに控えている。彼女の細い指先は、いつでも袖口の漆黒のダガーを引き抜けるよう、微かに緊張していた。


「ふん、これが『三重政略結婚』などという大それた真似を目論んだグレイロードの当主か。噂以上の死に損ないだな」


大広間の喧騒を切り裂くように、傲慢な足音がアレンの前に立ち止まった。現れたのは、ルザリア吸血帝国使節団の好戦派貴族、バルタザール・フォン・ルザリアだった。銀髪を短く刈り込み、漆黒と真紅のルザリア軍服を纏った彼は、一騎当千の戦士としての圧倒的な肉体的威圧感を放っている。その真紅の瞳は、車椅子に座るアレンを完全に虫ケラとして見下していた。


バルタザールは周囲を見回し、不敵な笑みを浮かべた。


「ところで、アレン殿。我が元老院の忠実な友である、貴公の叔父バルトの姿が見えぬようだが? まさか、この病弱な餓鬼が、裏で卑怯な真似をして彼を幽閉したわけではあるまいな?」


バルタザールの問いに、大広間にいた他の吸血鬼や人間の貴族たちが一斉に沈黙し、アレンに視線を注いだ。アレンの喉元に、見えない刃が突きつけられた瞬間だった。もしここで動揺を見せれば、バルトの幽閉が露見し、それを口実にルザリア側が武力による領地介入を宣言するのは明白だった。


だが、アレンはただ微かに首を傾げ、懐から一つの小さな物体を取り出して絨毯の上に転がした。金属質の乾いた音が響き、それはバルタザールの爪先の前に転がった。極細の毒針が仕込まれた、歪んだ真鍮の指輪――「バルトの毒殺指輪」だった。


「……これは何だ?」


バルタザールが眉をひそめる。アレンは右目の暗闇を悟らせぬよう、左目だけでバルタザールの表情を冷酷に射すくめた。


「我が領内の裏切り者バルトが、私を毒殺するために嵌めていた指輪です。バルタザール閣下、この指輪に仕込まれた『禁忌の黒毒液』の魔力波長は、あなたがルザリア本国で好んで使用している毒薬と、寸分違わず一致しているようですが?」


「貴様……!」


バルタザールの顔が、怒りと驚愕で一瞬にして強張った。自らの陰謀が、この車椅子の人間の手によって完全に暴かれ、証拠まで突きつけられたのだ。周囲の使節団の間に、ざわめきが広がる。


「無礼な人間めが!」


バルタザールは激昂し、腰の魔導剣の柄に手をかけた。


「我が元老院に対する不当な侮辱、断じて許さぬ! アレン・グレイロード、我が誇りにかけて、貴公に『血の決闘』を申し込む! 拒絶すれば、この場で貴様の首を跳ね、グレイロードを我がルザリアの鉄蹄で踏み潰してやる!」


周囲の空気が凍りついた。「血の決闘」は、吸血鬼の古い掟に基づく絶対的な儀式だ。魔力を持たぬ人間がこれを受ければ確実に死を意味し、拒絶すれば領主としての権威は完全に失墜し、即座の武力占領の大義名分を敵に与える。アレンの背後で、カレンの身体が微かに浮き上がり、ヴァンの重厚な足音が近づいてくるのが分かった。だが、アレンは左手で彼らを制した。


アレンは、懐にあるエリザベートの「血誓の短剣」を左手で静かに握り締め、車椅子に座ったまま冷酷な微笑を浮かべた。


「いいでしょう。その決闘、お受けします。……車椅子から動く必要すらありません」


「死ね、虫ケラが!」


バルタザールが咆哮した。彼が両手を掲げると、周囲のテーブルに置かれていたワイングラスから赤黒い葡萄酒が、そして彼の掌から滲み出た真祖の血が虚空へと吸い上げられた。それらはアレンの頭上で渦を巻き、大気を焦がすほどの熱量を持った、天災規模の「血の槍(ブラッド・ランス)」へと急速に形を変えていく。大広間の窓ガラスが、その凄まじい魔力圧力によって物理的に軋み、ひび割れ始めた。


アレンは静かに目を閉じた。右目の暗闇の奥で、彼の脳細胞が超高速で回転し始める。盲目の師オズワルドから伝授された魔力演算。アレンは「感覚共有(リンク・センス)」を起動し、バルタザールが放つ圧倒的な血の魔力の流れを、脳内で一本の「数式」として可視化した。バルタザールの身体から頭上の血の槍へと繋がる、赤く輝く魔力の供給線。その中心に存在する、魔力構築の起点――『結節点(ルーン・ノード)』の位置を、ミリ秒単位で完全にロックオンした。


バルタザールが冷酷な笑みを浮かべ、血の槍をアレンに向けて振り下ろそうとしたその瞬間。


アレンは、右手に携えていた世界樹の枯れ枝で造られた「当主の杖」を、微かに持ち上げ、その先端をバルタザールの結節点へと向けた。


「『魔脈遮断(ルーン・カット)』」


アレンの指先から、目に見えないほど細く、青白い逆位相の魔力波が放たれた。それは大気を切り裂き、バルタザールの魔力供給の結節点へとピンポイントで突き刺さった。


パリィン!


ガラスが砕け散るような澄んだ音が、大広間に響き渡った。バルタザールの頭上に浮かんでいた巨大な血の槍が、一瞬にして光の粒子となって霧散したのだ。


「な……何だと!?」


バルタザールが驚愕に目を見開いた。だが、彼の驚愕はすぐに絶望へと変わった。構築を途中で物理的に遮断された強大な魔力エネルギーが、行き場を失い、バルタザール自身の魔力回路へと濁流のように逆流したのだ。


「が、はっ……あ、あああああっ!」


バルタザールの全身の血管が、皮膚の表面に黒く浮き上がり、次々と破裂した。彼の真紅の軍服が、自らの体内から噴き出した鮮血によって一瞬にして染まっていく。バルタザールは悲鳴を上げながら床に崩れ落ち、無様にのたうち回りながら大量の血を吐き出した。魔力回路が内側から完全に焼き切られたのだ。


大広間は、静まり返った墓所のような静寂に包まれた。車椅子から一歩も動かず、ただ杖を向けただけで、一騎当千の吸血鬼貴族を自滅させた人間の少年の姿に、ルザリア使節団の戦士たちは恐怖に身体を震わせ、一歩も動くことができなかった。


アレンは激しい頭痛と、魔力過負荷によって左腕の感覚が完全に消失していく凄まじい消耗に耐えながら、冷酷な視線を床のバルタザールへと向けた。彼の髪の毛先は、さらに白銀の色を深めていた。


その時、真紅のドレスを翻し、吸血鬼の女王エリザベートがゆっくりと歩み出てきた。彼女の真紅の瞳は、床で這いつくばるバルタザールを冷酷に見下ろしていた。


「バルタザール、身の程を知りなさい。我が夫であり、グレイロードの主である男に牙を剥くことは、この私に対する明確な反逆と同義よ」


エリザベートの指先が微かに動いた瞬間、床に這いつくばっていたバルタザールの首が、音もなく血の檻によって刈り取られ、真紅の絨毯の上を転がった。真祖の女王の冷酷極まりない処刑と、アレンに対する歪んだ独占欲の表明が、夜会の夜を血の深淵へと染め上げていった。

HẾT CHƯƠNG

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